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2.執政者たち

 十数畳ほどの部屋は、大きな執務机と居並ぶ本棚にスペースの大半を占領されていた。
 空いたスペースには申し訳程度の応接セットが置かれ、来客をもてなす体裁が気持ち整えられている。
 このさして広くもない一室が王家直轄領の領主の部屋だと言われて、信じる者はあまりいない。だが、これが王家直轄地スクメギ領領主の、執務室兼応接室だった。
「幼児化の魔法……キッドですね」
 書類の山積みされた執務机についたまま、少女は応接セットに座る男にそう答えた。
 長い黒髪に透けるような白い肌。清楚な容姿におとなしめのドレス姿がよく似合っている。ラッセ……純血種の意を持つ、人間の娘だ。
「ご存じなのですか? イルシャナ殿」
 男は先程のリーダーだった。魔法はすでに解けたのか、もとの中年の姿に戻っている。
「学生時代の友人です。少なくとも、こちらの敵ではない……はずですが。おおかた子供扱いしたのではありませんか?」
 ふぅ、と物憂げにため息をつき、少女。
 彼女こそがイルシャナ。ココ王家大臣の娘にして、現王の妹姫の第一子。王位継承権でいえば、王家三姫に次ぐ第4位にあたる。
 そして、この部屋の若き主でもあった。
「はぁ……少しばかり」
「それに気を付ければ、キッドは警戒する必要はないでしょう。引き続き、盗賊団の監視と人員補充に力を注いで下さい」
 そう言われ、男はやれやれ、といった風にため息をついた。盗賊団の監視に戦線の立て直し、おまけに小娘の探索。今でさえ駐留軍として機能しているのが不思議なほどなのだ。この上得体の知れない魔法使いの警戒まで押し付けられては、本当に体が壊れてしまう。
 だが、わずかに和んだ空気は再び凍り付く事になる。
「なりませんな。不安分子を放っておいては」
 しゅうしゅうとまとわりつくような息づかいと、ぬめるような声色。
 いつの間に姿を見せたのか。分厚いローブをまとった小柄な影が、入り口にあった。
「こ、これはリヴェーダ殿……」
 イルシャナと共に先日スクメギに赴任したヘビ族の老ビーワナ、リヴェーダ。ここでは若く政治に不慣れなイルシャナの補佐役……という立場にいるが、その正体がただの王宮占術師なのは誰もが知っている。
 おおかたの見解は、第1王女シーラとの政争に敗れたイルシャナの監視役、といった所だ。
「挨拶は宜しい。貴公らにはそのキッドとやらの監視もお願いいたしますぞ?」
「なっ……!?」
「リヴェーダ! キッドは!」
「閣下のご友人とて、味方とは限りますまい。それに人手不足なら、冒険者でも何でも雇えば宜しい。で……」
 ガタッと立ち上がった男とイルシャナの抗議を一言で切り捨てておいて、領主補佐の老爺は言葉を続けた。
「クラム・カインの件はどうなりましたかな?」
 ローブの奥から覗くのは、爬虫類の……ヘビの瞳。老ビーワナの粘り付く、心の底まで滑り込まれそうな視線に、熟練のリーダーですら圧され、小さく息を飲む。
「そ……その、キッドとかいう輩に邪魔されまして。西の方に向かったのではないか? という情報を掴めただけです」
「ふむ。西ですか……」
 老爺は気配すら感じさせず壁に貼られた地図まで歩み寄ると、ウロコに覆われたカサカサの指をつい、と滑らせる。
 スクメギを通り、荒野を抜けてやがて西へ。
 そこには、一枚の紙片が赤いピンによって留められていた。『グルーヴェ野営陣』という文字がバツで消され、『盗賊団陣営』と書き直されている。
 彼らがスクメギに姿を見せたのは、つい先日の事。グルーヴェからの公式声明では、彼らは野盗の群れが武装化したものだと伝えられている。だが、彼らが使っているのは間違いなくグルーヴェの制式装備であり、彼の国で発掘されたばかりの新型兵器。
 もっとも、そう言われたからこそ、ココ王国はグルーヴェとの本格的な戦争に雪崩れ込まなくて済んでいる、という皮肉な一面もあるのだが。
「運命の娘がグルーヴェの者達に渡るのは好ましくありませぬが……はたして」
 そう言ってしゅるしゅると嗤う蛇の老爺と無言の幼い領主代理を交互に見渡し、男は不満げに一礼するしかなかった。



続劇
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