そこは戦場だった。 向かい合うは、白銀の鎧をまとった騎士と、分厚い甲冑で全身をよろう赤銅の重戦士。 わずかに足をずらし、間合を計る。 「もう一度言う」 響く、重厚な声。 それは白銀の騎士から放たれた……。 否。 騎士の肩から放たれた声だった。 「スクメギを我らに開放せよ」 騎士の肩鎧の上に、小さな人が立っているのだ。狼の貌をした奇怪な小人は、騎士の二の腕ほどの背丈しかない。 「バカか!」 荒ぶる声は対する重戦士から……。 それも否、だった。 赤銅の甲冑の上半身が開き、その中から現れた小さな人が叫んだのだ。 そう。 人が小さいのではない。 鎧の方が、人よりはるかに大きいのだった。 「なれば、実力行使になる」 騎士の肩の上、2mを越える巨大な蛮刀を構える狼面の男。 蛮刀に負けぬ巨躯を持つ男の動きを見取ってか、白銀の騎士も背中の銀翼と安定器……これも人間にはないものだ……をゆっくりと開き、加速の構えを取る。 まさしく、騎士に対する愛馬の動きの如く。 「上等だ……」 対する男もひげ面を歪ませると、甲冑の上半身をばたんと閉じ、右腕に鋳込まれた短槍を構えた。 もともとは岩盤を打ち砕く削岩杭だが、攻めに用いれば10mの甲冑をも貫く必殺の槍となる。 「やれるもんなら、やってみろ!」 荒野に咆吼。 「参る!」 加速。土煙が、もうと舞う。 巨大な重量物が激突する衝撃に赤い大地が揺れ。 赤銅色の腕と狼の面が、 蒼き宙を、舞った。 Excite NaTS #0 すれ違いの始まり 1.彷徨者、逃亡者 砂埃の舞う広い道を、少年が歩いていた。 年の頃は10を過ぎたくらいか。この世界でいえば見習い奉公に入ったばかりのお使いの小僧、といった雰囲気だが、彼の本当の年は当年取って15歳。 敬意を払い、少年と呼ぶ事にする。 「で……ここは……」 荒涼とした荒野を貫く広い道の真ん中で一旦止まり、ポケットをがさがさとあさり始める。 少年、と呼ぶにはあまり相応しくない幼さだが、まあ、いいだろう。 「あった!」 小さく快哉を上げ、ポケットの中からお目当ての物……このあたりの地図だ……を取り出す。 「さて、今の場所は……どこかいな、と」 地図の中央を貫く一本の線を指で辿り、そこを起点に今まで立ち寄った街の名前を指先でなぞっていく。 魔法の力か、少年の指の軌跡は輝く光の筋で描かれ、これまでの彼の経路を示していた。方向音痴なのか気分屋なのか、かなりフラフラと動いている。 「あと半日くらい、か」 目指す場所までは、もう少し。 「その前に……」 地図から顔を上げもせず、少年は魔力を込めた足で軽く跳躍。 その一瞬後に砕け散る大地を上空から醒めた目で見やり、ポケットに羊皮紙の地図をねじ込む。 「コイツを何とかしないといけねえみたいだな」 足元にあるのは5mほどの異形の生物。8つの脚と白い無機質な表皮。このフェアベルケンのいかなる生物とも異なる容姿を持つそれは、『魔物』と呼ばれる異界の何か、だ。 常人が狙われればひとたまりもない相手。しかも、10歳ほどの子供にとっては絶望的な相手だが……少年には幾ばくかの『力』があった。 「こういうのはアクアの方が得意なんだろうけどな……相手してやるよ。来いっ!」 ケープを払い、不敵な笑みでそうキメた瞬間。 『魔物』はあっさりと、爆発四散した。 「あー」 たんっ。 風に舞うケープの裾をひるがえし、少年はフェアベルケンの大地へ優雅に降り立った。 「えー、と」 優雅に降り立った割には、もてあまし気味に。 「……っつー」 帯びた魔力を手でぱたぱたと払いつつ、視線は目の前の『そいつ』に注がれる。 「あ痛ぁ……」 まず目に入るのは、背中から生えた純白の翼。それから細身の体と、鳶色のショートカット。 10の半ばは過ぎているだろう。 いずれにせよ、普通の女の子だ。羽根のある有翼系のビーワナなど珍しくもない。 「なんつーか……大丈夫か?」 「え? ああ、うん。痛いケド、平気」 ぶつかったのが痛かったのか、頭を押さえたまま女の子は少年の問いに答える。大きな瞳に涙が潤んでいるのが、なかなかに愛らしい。 「平気って……」 とはいえ、だ。 女の子は壁にでもぶつかったような痛がり方だが、そこらの冒険者でも苦戦するような『魔物』に直撃したはず。しかも、相手は爆発四散、こちらは無傷。 相手を爆発四散させるほどの高度な魔法なんか、少年にだって使えない。 そんな事を考えていると、女の子はようやく立ち直ったのか、すっくと立ち上がった。 「ごめんね。ちょっと、急いでたもんで」 えへへ、と笑う女の子は、とても魔物を体当たりで爆散させた張本人には見えない。 「へぇ……。それにしてもすげえな、あんた。あの魔物を一撃で」 「そ? あれくらい、誰でもやれるっしょ」 「……」 ……。 「じゃ、ボクはちょっと急ぐから。またね」 呆然としている少年を不思議そうな顔で見ていたが、飽きたのか、くるりと後を振り向いた。 「急ぐって?」 「追われてるの。じゃね」 え? と問いかける暇もなく。 少年の視界は一瞬白に染まり。 次の瞬間には嵐の如き豪風に巻き込まれ、15歳の小さな身体はくるくると吹っ飛ばされていた。 それからしばらくして。 「痛ぅ……。何だよ、あれ」 少年は砂まみれになった体を払いながら、愚痴をこぼしていた。 浮遊魔法を使えたから何とかなったものの、それがなかったら今ごろどうなっていたか分からない。良くて骨の2、3本は折れていただろう。 「ま、いいや。さっさと遺跡見物にでも行くか」 ふてくされるのも早いが立ち直りも早い。 「おーーーーーい」 そうやって歩き出そうとした所に、再びの声。 少年が声の主の方を眺めると、街道の向こうから数人の集団が走ってくるのが見えた。長い顔に馬のような耳、荒野での活動を得意とするロバのビーワナだ。 「何だ? オッサン達」 「おう、ボウズ。今この辺を、クラム……白い羽根の娘が飛んでいかなかったか?」 質問よりも、別の事が引っかかった。 「…………」 「何だ。見てないなら、いい」 返事のない少年に男達のリーダーらしき男は軽く手を振り、再び走り出そうとして、 「……俺はボウズじゃねえ」 ロバたちはだぶついたズボンの裾に足を取られ、ばたばたとその場に倒れ込んだ。 「な……魔法だと!? テメ、ガキ!」 見れば、しわの刻まれた腕も、顔も、幼い時のそれに変わっている。子供が大人サイズのズボンをはけば、裾に足を取られるわけだ。 「ガキガキって……今はオッサン達の方がガキだろ? や、オッサンなんて言っちゃ、悪かったかな? お・ち・び・ちゃん」 服に絡まったままバタバタやっている元大人達の額を軽く小突き。今やこの場で一番の年長者となった少年は、悠々と立ち上がる。 「この辺は魔物が出ても一撃でぶっ飛ばせるヤツが沢山いるんだってな。そいつらに助けてもらえよ。ハハハハハハ!」 少年はばさりとケープをひるがえすと、笑いながらその場を悠然と歩き出した。 「クラム。あいつが……白き翼の、運命の娘か」 |