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「余剰出力ナシでいきなり火力全開か。容赦ねえな……」
 渦巻くは焔。
 迸るは疾風。
 牙剥くは氷刃。
 溢れ出る魔力は、蒼き戦衣まとう娘が魔術書を振るうたび、姿を変えてハルピュイアへと襲いかかる。
 天翔る魔獣に、はいりを追い詰めていた頃の優勢はどこにもない。灼かれ、裂かれ、凍って壊死した翼には、崩れかけた躯を空中に何とか留め置く程度の力しか残ってはいなかった。
 何しろ相手は、自分より迅く、自分より鋭く、自分より強い力を容赦なく振るっているのだから。
「これでっ!」
 これでもまだ甘いと思いながら。怒りの心そのままに、葵は魔術を叩き付ける。
 トドメとばかりに現われたのは、天貫く巨大な雷光の槍。
 大気さえ震わせる轟撃の後。ぐらりと大地に墜ちていくのは、かつて魔獣だったものの成れの果て。
「はいり!」
「う、うん! スペルリリース!」
 葵の言葉に我に返り、はいりは右腕の鈴を凛と鳴らした。
 それと同時に衣の赤が浅黄色へと替わっていく。
 黒く覆われた両腕に電子回路を模したパターンが疾走し、結界服の構造変更完了を合図する。
「アイゼンフォーム!」
 かつてローリが使ったような、鋼を喚ぶ力は使えない。けれど、人工精霊アイゼンのもたらす二次的な能力は、その手の中に宿っている。
 強き鋼を下して制す純然たるパワーと、重き鋼を支えて護る圧倒的な防御力。
「くらえぇっ!」
 二つの力を拳に乗せて、はいりは落ちてくるハルピュイアに必殺の一撃を叩き込んだ。
 闇が、砕け散る。


魔少女戦隊マイソニア
〜華が丘1987〜

leg.4 三位一体との対決

 終業の鐘が鳴った。
 それからほんの少し過ぎれば、市立華が丘小学校の下駄箱は下校の児童達で溢れかえる。
「それにしても、葵ちゃんがいてくれて助かったよ」
 その光景をぼんやりと眺めながら、はいりはぽつりと呟いた。
 一刻も早く帰りたい者は混雑する下駄箱へ果敢なる突撃を決行するが、それを嫌う生徒は混雑の周りで人波が落ち着くのを待っている。
 無論はいり達は、後者の組だ。
「私も夢中だったけどね。何とかなって良かったわ」
 既にあの戦いから三日が過ぎていた。
 はいりに続き、葵もソニアに変身する力を手に入れた以外は……特に何事もなく、魔物が襲ってくる気配も今の所ない。
 唯一気になっているのが、風邪をこじらせたローリがいまだに学校に来ない事だったが……。はいりも毎日顔を出すのだが、姉たちから芳しい報告を得ることは出来ていなかった。
「そろそろ空いてきたね。ニャウも待ってるだろうし、行こうか」
 今日はニャウが話があるとかで、校庭の一角に呼び出されている。柚と葵ははいりと帰る方向が真逆だから、はいりの家に集まるわけにもいかないのだ。
「……あれぇ?」
 上履きを脱ぎ、下靴を出そうとして……柚は間の抜けた声を出した。
「どしたの、柚」
「わたしの靴がない……」
 葵が覗き込めば、確かにあるはずの靴がない。
「……またあいつらかっ!」
 予想通り。
 外にいるのは三人の男子の姿。これ見よがしに手にしているのは……大神と書かれた運動靴だ。
「瑠璃呉ぇっ! あんたら、柚の靴、返しなさいよっ!」
 はいりは何の躊躇もなく全力ダッシュ。迷い無き直進に驚いた男子達も、蜘蛛の子を散らすように走り出す。
「はいりちゃん、上履き、はいたままだよーっ!」


「……ったく、あのバカ男子ども」
 鉄棒にぶら下がった姿で、はいりは腹立たしげに声を上げる。
「まったくね、信じられないわ」
 鉄棒に身をもたせかけている葵も、苛つきを隠せない様子だ。
「まあ、俺もやったクチだから、あんま言えんけど……あんまり、悪気はないんだぜ?」
 校庭に並ぶ鉄棒の傍ら。そんな二人を眺めながら、ベンチ代わりの丸太の上に丸まった猫モドキはやれやれと呟いた。
「……猫も靴をくわえて集めたりするの?」
「ウチの犬はよくやるわね、そういえば……」
「ウチの子はしないよ? 猫だけど」
「だから、俺ぁ大人だって言ってんだろうがっ!」
 三者三様の非道い言いぐさに、思わず声を上げる。
「はいはい」
 葵に軽く流され。丸太の上、ふてくされたように丸まり直す。
「そうだ、ニャウ」
「何だ? 靴のネタだったら承知しねえぞ」
 恨みがましげに呟けば、はいりは「違うよ」と苦笑する。
「このソニアの鈴って、あと三つにも分かれるの?」
 はいりの腕に掛けられた四連の腕輪は、その数を減じ、三連になっていた。失われた一連は、今は葵の腕にはめられている。
「ああ。ブルームとアイゼンが残ってるだろ」
 ソニアの鈴には、中央に爪先ほどの小さな宝石が埋め込まれていた。そこに、核であるソニア……人工精霊が封じられているのだという。
 有機物を司るブルームは赤。
 無機物を象るアイゼンは黄。
 そして葵の持つ、精神を統べるモータルは青。
 宝珠に拘束されたソニアを解放できる者こそが、戦士の姿をまとい、ソニアを武器化させた精霊武装を操ることが許されるのだ。
「じゃ、残りの一つは?」
 かつて一度だけ見たローリの戦いでも、彼女は四つめの力を使っていなかった。
 四つめの宝珠は紫。その中にも、何らかの力を持つ人工精霊が封じられているのだろうか。
「精霊武装も出せんお前がルナーを使いこなせるか。諦めろ」
「ひっどーい!」
 ランドセルを背負ったまま、鉄棒を逆上がりでくるりとひと回りし、はいりは抗議の声を上げる。慣れているのか、制服姿で回ってもスカートがひるがえる気配もない。
 だが、ランドセルのロックを掛け忘れていたか、中に入っていたノートや教科書が盛大に撒き散らされる。
「あーっ!」
「ああもう、何やってんのよ……」
 そんな呑気な光景を眺めながら。
「……まあ、少なくともアイゼンは、使える奴がいりゃあ分けるって手もあるな」
 いればの話だが、と、ニャウは口の中だけで言葉を転がした。
 ローリにはいり、それに加えて葵と、ソニアの資格者が三人も現われただけでも奇跡的なことなのだ。これ以上の偶然が重なるなど、とても思えない。
「柚ちゃんが使えればいいのにねぇ……」
 砂まみれの鉛筆を筆箱に放り込みながら、はいりは隣でノートの砂埃を払っている少女に声を掛けた。
「わ、わたし……?」
 この流れで話が振られるなど、普通思わない。
「あたし、柚ちゃんなら一緒に戦っていけると思うんだ」
「うん……」
 屈託のないはいりの言葉に、柚は小さく呟き……。
「ダメよ。柚には危ないわ」
「……え?」
 遮る葵に、言葉を詰まらせる。
「やっぱり、そうだよねぇ……」
 苦笑いのはいりに柚が何か言おうとしたその時だ。
「よし、やっぱりあそこだ」
 ニャウが小さく呟き、丸まっていた身を立ち上げる。
「行くぞ、お前ら」
 そう言ったときには既に丸太を飛び降りた後。
 ランドセルの中身をかき集めている一同など、意にも介す気配がない。
「ちょっと待ってよ、ニャウ!」
「さっさとしろー」
 下校時間を迎えた校庭を、三人の少女達がぱたぱたと駆け出していく。


 柔らかな光差すバルコニーに流れたのは、優しげな女性の声だった。
「ハルピュイアも負けたの?」
 ウェーブの効いた髪をふわりと揺るがせて、美しい女は紅茶のカップを口へと運ぶ。
 一口すすれば、細い喉がこくり鳴る。
「は」
 傍らに立つのは、エプロンドレスを着た娘だ。すいと伸びた細身の長身に、その格好は良く似合っていた。
 不吉を形にしたような闇色の髪も、今日ばかりはどこにでもいる少女に見える。
「もう、魔獣部隊を全部注ぎ込んだ方が良くない?」
 ウェーブの美女の反対側。焼きたてのクッキーをかじりながら呟いたのは、ポニーテールの美少女だ。
 こちらは薄手のセーターにジーンズと、至ってラフな格好である。
 何の変哲もない、お茶の時間だ。
「ああ、貴女の魔獣達って、ローリに全滅させられてたんだっけ?」
 しかし少女が給仕に見せたのは、嘲るような黒い笑み。
「……くっ」
 悔しいが、反論も出来ない。
 トレーを握る手に力が籠もり、アルミのトレーがみしりと不吉な音を立てる。
「次の手は考えてあるのかしら? 言っておくけど、まだ私達は動けないわよ?」
「けど、後は何が残ってた? 見廻りのコボルト? それとも役立たずのゴブリン? 大地竜レイアはまだ創っている最中だっけ……」
 残された魔獣部隊は、情報収集や調査に特化した個体で、戦闘向きではない。それを知っていてなお、ポニーテールの娘は長髪の少女に問い掛ける。
「レイアは調整中だ……。ケルベロスを出します」
「そう。吉報を期待しているわ」
 ウェーブの美女はそれだけ言って、紅茶をもうひとくち。
「は」
 お茶会は穏やかに続く。
 陽光の中、奈落の闇を孕んだままで。


 公園を抜け、階段を上り、鳥居をくぐって……。
「華が丘八幡宮……?」
 ニャウに先導されて辿り着いたのは、学校の隣にある神社だった。
「ここが、ローリちゃんが探してた目的の場所なの?」
 学校から、五百メートルも離れていない。あまりにも近い場所にある捜し物に、一同は首を傾げる。
「正確には、ここの封印がな」
「封印?」
 ニャウは石段に座ると、少女達にも腰を下ろすように促した。
 既に周囲に人の気配はない。空間にズレを作り、現実世界への影響を消す力……結界を張っているのだ。
 これで、参拝客が来てもニャウ達の存在が気付かれることはない。
「ちょいと込み入った話になるが、いいか?」
 三人が座ったのを見て、ニャウは口を開……こうとして、首根っこをはいりに持ち上げられる。
「っていうか、抱えるな! こら、膝の上に乗せるんじゃねえっ!」
「いいじゃん。こっちの方が聞きやすいし」
 両手で押さえられては逃げることも出来ない。
「まったく……」
 諦めて、ニャウは口を開く。
「もう何十万年も前の話だ。この地球には、コスモレムリアっていう超文明があった」
「……なんか、いきなりインチキ臭い話になってきたわね」
 オカルト雑誌の表紙に載っているような話題に、葵は苦笑。
「うっせえ。俺だって説得力ねえと思ってるよ。文句あるか」
「まあいいわ」
 こんなものまで見せられちゃった後だしね、と呟き、葵はソニアの鈴を軽く揺らしてみせる。
 そもそも喋る猫や怪物が出てきた時点で、感覚は麻痺しているのだ。超文明が出て来たところでいまさら驚きはしない。
「でもそんな文明があったなんて、知らないけど……アトランティスとか、ムー大陸とか、レムリアとも違うんですよね?」
「そりゃそうだ。連中は宇宙に移住するとき、持っている文明を根こそぎ持って行ったんだから」
 彼の末裔は今は宇宙にいる。
 ニャウとの連絡役であるブロッサムも、本体は宇宙の彼方にあるはずだ。
「じゃ、何でいまさら……」
「簡単に言やあ、ゴミ掃除だな」
「ゴミ掃除!?」
 三人の頭の中に浮かんだのは、マスクと麦わら帽をかぶって、火バサミとビニール袋を手にしている姿だった。
 ソニアの戦闘装束とはあまりにもイメージが違う。
「ああ。聞いた限りじゃ、レムリアやアトランティスも、そのゴミを見つけた奴が築いた文明らしい」
「……な!」
「連中が放り捨てた空き缶と中に入ってた飲み残しのコーヒーが、俺達にとっちゃ貴重な神の薬だった、って感じだな」
 世界の神話を紐解けば、超常の力を与える聖なる酒や、神の力をもたらす聖杯の伝承は山ほどある。
 それが……超古代人の遺した遺産どころか、ただの投棄物だったとは。
「迷惑な話だね」
 途方もない話に言葉もない一同の中、はいりがぽつりと漏らした。
「……俺もそう思うよ」
 回収を押し付けられた身にもなってみろ、と小さく呟いてみる。
「で、その遺物の反応が、この辺りにある」
「へぇ……」
 華が丘八幡宮はごく普通の神社だ。
 千二百年の歴史を持つ由緒ある神社だが、それ以外にはさして特筆すべき所はない。幽霊が出るという噂くらいは聞いたこともあるが、そのくらいどこの神社でもあることだ。
「正確に言えば、この山全体が遺物らしい」
「……はぁ?」
 はいりは辺りをぐるりを見回してみた。
 八幡宮は山の頂上。視線を伸ばせば華が丘の町があり、さらに果てには海さえ見える。
「こんなでっかいものが……ゴミ?」
 標高数百メートル程度の小山だが、それでも空き缶とは随分とイメージが違う。
「でも、あの怪物達もこの山を狙ってきてるんじゃないんですか?」
「連中が狙ってるのは、別件の遺物の完全解放だ。この山そのものとは関係ない」
 柚の言葉に、ニャウは首を横に振る。
「ただ、ここの山から漏れ出す力を浴びるだけで、連中の遺物の解放を早められるらしくてな」
 要するに、トウテツ達はこの街にいるだけで優勢なのだ。それをせめて五分に持ち込むために、山を何とかする必要がある。
「山を動かすのはいくらソニアでも無理だからな。せめて力が漏れ出さないよう、封印せんとならん」
 封印されても引き分け、そうでなければ勝ち。
 もとより分の良い勝負に追い打ちを掛けるため、トウテツ達はローリの元に刺客を送り込んで来ていたのである。
「そんな人達に捕まって、ローリちゃん大変だったんだね……」
「……まあ、そうだな」
 ニャウの濁すような物言いに、葵は眉をひそめる。
「あの敵のこと、アンタは知ってるの?」
「……知ってりゃ苦労しねえよ」
 逸らした視線に、嘘の匂い。
 直感的に理解する。
 しかし、この猫はまだそれを話そうとはしないだろう。
 必要ではないから喋らないのだ。そう、納得する。
「でも、どうしてそんな話を?」
 葵が問うのをやめれば、入れ替わりに柚が問い掛けた。
「葵にゃ、ここの封印を手伝ってもらわにゃならんからな」
「え? あたしは?」
「お前は精霊武装使えんだろうが」
 封印には完全なソニアの力……精霊武装が不可欠だ。精霊武装を使えないはいりでは、封印を行うことは出来ない。
「うう……」
 そういう意味では、葵の存在は有り難いのだが……。
「じゃ、さっさと済ませましょうよ」
 結界も張ってある。葵もいる。当面の事情も聞いた。
 ならば、後は封印とやらを施すだけだ。
「もう少々準備が要るから、今日はまだ無理だ。今日はとりあえず話だけな」
 その言葉と共に、大気が動いた。
 吹き込む風は結界が取り払われた証。
「あ、そう」


 神社を降りた所で、葵と柚は、ニャウとはいりと分かれた。ニャウは封印の準備があるし、はいりの家は二人の家とは逆方向だ。
「葵ちゃん」
 ランドセルの向こうで揺れる二本のお下げを追い掛けて、柚はその名を口にした。
「何?」
 振り向けば、二つのお下げが尻尾のようになびき、頭の動きに追従する。
「ううん、何でもない……」
 それ以上は柚も無言。
 葵も無言。
 互いに黙ったまま、並んで歩く。
「……柚、戦うの嫌いでしょ?」
 先に沈黙を破ったのは、葵だった。
「……うん」
「怖いのも嫌いでしょ?」
「……うん」
 泣き虫だが、優しい柚。
 争い事を好まず、いつも静かに本を読んでいる柚。
 だが、その大人しさが故に、男子からはからかいの対象になる事が多かった。
「無理、しなくていいよ」
「……うん」
 だから、葵ははいりと誓ったのだ。
 彼女を護ると。
 泣かせる者を許さないと。
「柚は私とはいりが守るから」
 そう誓った自らが、心優しい彼女を戦場に連れ込むわけにはいかない。
「……ありがとう」
 呟く柚に、葵はにっこりと笑みを浮かべる。
「それじゃ、また明日ね!」
「うん」
 揺れるお下げを見送って。
「……違うんだよ、葵ちゃん……」
 柚は、届く事のない言葉を静かに紡ぐのだった。


 翌日、同刻。
「じゃ、始めるぞ……」
 神社に張られた結界の中、ニャウは静かに呟いた。
「ええ」
 既に葵はモータルソニアへの変身を終えている。右手にあるのは、精霊武装たる魔術書の姿だ。
「モータルグリフ起動。スキャニングモード、スタンバイ」
 放たれる言霊に応じ、魔術書の表面を無数の文字が走り出す。
 文字の加速が高まるにつれ、神社の社殿が淡い光に覆われていく。
「この山一つが、遺物ねぇ……」
 はいりと柚は少し離れたところから、輝きに包まれていく社を見上げていた。
 山全体が遺物だが、全体を封印で覆う必要はないらしい。中枢に位置する社殿をしっかり押さえておけば、それ以外の所も自然と大人しくなっていくのだそうだ。
「……パターン解析完了。シーリングモードへ移行」
 魔術書を駆けていた赤い文字は、いつしか蒼い文字に変わっていた。
 その時だ。
 結界に、揺らぎが生まれたのは。
「……はいりちゃん!」
 柚が指差した方を見れば、不可侵のはずの結界に誰かが入り込もうとしているではないか。
 姿の色は黒。
 人に在らざる巨躯と、禍々しい気配。
 そもそも常人には見えぬ結界に入り込もうとしている時点で、まともな存在ではない。
「はいり、葵は封印が終わるまで動けん!」
「分かってる! 解放っ!」
 猫の言葉と共に右の拳を前に突き出し、手首を支点に軽く一振り。
 凛、と響き渡るのは、世界を揺らす鈴の音。
 三人と一匹だけの結界世界にも、その音は高らかに響き渡る。
「私もすぐ行くから!」
「集中しろ、葵!」
 背中から聞こえる葵の言葉に、ブルームソニアは軽く手を振って走り出す。


続劇
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