-Back-

 結界世界に現れ出たのは、はいりに倍する巨躯を持つ怪人だった。
 三組の犬頭。
 尻尾には鎌首をもたげる毒蛇。
「あの怪物!」
 はいりの声に、三対の瞳がぎろりと少女をにらみ付ける。
「知ってるの? はいりちゃん」
 忘れようはずもない。
 あいつは……。
「ローリちゃんを連れて行ったヤツだ!」
 黒髪の魔女、トウテツの下僕。
 確か名を、ケルベロス。
 首と両肩の三箇所に頭を持つ、冥府の魔犬の名だ。
「あいつを倒せば、奴らの手がかりがあるかもっ!」
「はいりちゃんっ!」
 柚の制止を振り切り、走り出す。
「待て、はいりっ!」
 ニャウの静止さえ聞かず、はいりは加速を緩めない。
「てええいっ!」
 最初に放たれたのは右の拳。
 次に打つのは左の拳。
 さらに右を撃つと見せかけて、相手の反応に体を入れ替え、逆から左を叩き込む。
 全て腹への一撃だ。ケルベロスはブルームソニアの迅さに追いつけず、全弾直撃を食らっている。
「はぁぁぁぁっ!」
 最後は飛び上がって、三つの頭に跳び蹴りを放ち……。
「はいりちゃんっ!」
 吹き飛んだのは、ブルームソニアの小さな躯。
 境内の石畳に転がること二度、三度。石垣に体を叩き込まれ、ようやく望まぬ飛翔を終える。
「……くっ」
 結界服のおかげでダメージはない。
 けれど、石垣から抜け出した目の前にあるのは。
「ッ!!」
 ケルベロスの巨大な体。
 巨大な拳。
 避けるよりも迅く、直撃がきた。
 はいりは再び、石垣の中へ拳ごと打ち込まれる。
「かはッ!」
 結界服の超防御さえ貫く衝撃に、呼気が全て吐き出された。
「バカ猫!」
「ああ。封印作業は一時中断、はいりを援護してやってくれ!」
「言われなくても!」
 ニャウの声より先に魔術書を閉じ、光の消えた社殿を背にして葵も戦場へ走り出す。
「葵ちゃん……」
「柚、あんたは心配しなくていいからね」
 心配そうな柚に、笑みひとつ。
「……うん」
「バカ猫。柚のこと、頼むわよ」
「おう」
 走りながら魔術書を再び開き、疾走する文字の詠唱を開始した。
 生まれ出でた光弾が、はいりを襲う巨人へ猛然と襲いかかる。
「はいり!」


魔少女戦隊マイソニア
〜華が丘1987〜

leg.4 三位一体との対決

 一撃目は直撃だった。
「モータルグ……ってちょっと!」
 しかし、二撃目はもはや打つことすらままならなかった。
「葵ちゃん! その蛇、毒があるよっ!」
 尻尾の蛇と、両肩の首。その三箇所が長く伸び、こちらに向けて噛みついてくるのだ。
「早く言いなさいよ!」
 その三つを何とか避ければ、今度は本命の巨人の拳が飛んでくる。
「こいつ、魔法を使う暇を……!」
 呪文の詠唱には威力に応じた時間が必要だ。
 そのわずかなタイムラグを突き、三つの頭は容赦なく襲い来る。
「空に逃げるしかないか……はいり!」
 取れる策はもはや、上空の安全地帯からの魔法攻撃しかない。
 しかし、葵にはホウキを呼び出す時間すら与えられなかった。
「きゃーっ!」
 時間を稼いでくれそうなはいりも、ケルベロスの猛攻に回避ばかりを強いられている。
「アテに出来ない子ね……こうなったら一撃でっ!」
 残された策は、運任せの一撃必殺。
 長い長い詠唱を始める葵に、さらなる犬頭の攻めが襲いかかる。


 ニャウの張った防御結界の中。
 一方的な戦いを見つめながら、柚は静かに呟いた。
「……ニャウさん」
「ああ。戦いになってないな」
 どちらも相手の必殺打撃を、何とか避けきっている。
 しかし、それだけだ。
 連携はおろか単体での攻撃さえ潰され、反撃できそうな気配すらない。
「はいりちゃん、そこじゃダメだよぅ……」
 犬頭と蛇頭のフェイントに引っかかり、本命の拳を叩き込まれた。
「きゃあっ!」
 石畳の上に吹き飛ばされ、ごろごろと転がってようやく停止。結界服を着ていなければ、最初の一撃で粉々にされているところだ。
「はいりちゃん!」
「へへ……油断しちゃった」
 口元の血を拭い、はいりは力なく笑う。
「でも大丈夫だからね、柚ちゃん。スペルリリース!」
 ようやく隙を与えられ、はいりはフォームチェンジ。
 打撃力と防御力に優れたアイゼンフォームなら、少しはケルベロスにダメージを与えられるだろう。
「はいりちゃん、葵ちゃんを守るように動いて。葵ちゃんが魔法を使う暇が無くて、困ってるから」
「そっか! やってみる!」
 柚の言葉を胸に、はいりは再び戦場へ走り出す。


 襲いかかる犬頭を、はいりの拳が端から叩き落とす。
 その後ろにいる葵が魔術書をかざし、犬頭の先にある巨躯を指せば……。
 足元から伸び上がった蛇の牙が、魔術書の前に躍り上がる。
「葵ちゃん!」
 はいりの言葉より迅く、葵はバックステップで回避。
「はいり!」
 それと同時にはいりに打ち込まれるのは、ケルベロスの放つ巨大な拳だ。しかし葵の言葉に反応したはいりは、腕を交差させて一撃を何とか受け止める。
 間合を取って、仕切り直し。
「さっきよりはマシになってきたか……」
 二つの一対四だった戦いが、二対四になっている。
 互いに声を掛け合うせいか、二人の息の乱れも少しだけ落ち着いているように見えた。
「柚。お前、あいつに何吹き込んだ?」
「大したことじゃないよ」
「そうか……」
 再びの激突も、互いに痛み分け。
「だが、もう一息、足らんな……」
「うん……」
 何しろ相手は二つの腕に、三つの頭、五箇所で同時に攻めてくる。どれか一つに邪魔されれば葵の詠唱は止められてしまうし、五つの攻撃をはいり一人で防ぎきれるはずもない。
「葵ちゃんも、あんな長い呪文じゃダメだよ……」
 葵も体力が限界なのだろう。一撃で決着を着けるべく、詠唱の長い強力な呪文ばかり唱えようとしている。
 ダメだ。
 それでは。
「……柚?」
 傍らの空気の動きに、ニャウが見上げれば。
「わたし、葵ちゃんに伝えてくる!」
 そこにあるのは、立ち上がる柚の姿。
「おい、バカっ!」
 結界を抜け、柚は戦場へと走り出す。


「葵ちゃん!」
 聞こえるはずのない声に、葵は思わず耳を疑った。
「柚!?」
 結界で待っているよう言ったはずの少女が、こちらに向かって駆けてくる。
 しかもあろうことか、そこに迫るのは……。
「……くっ! 炎っ!」
 一詠唱で放たれた小さな炎が、柚に迫る蛇頭を撃ち落とした。、
「当たっ……た?」
 意外にも効果があったのか、蛇の頭はするすると本体のもとに引き戻されていく。
「葵ちゃん!」
「柚! バカ! どうしてこんな所に!」
 はいりの防御を抜けて迫り来る犬の頭に、最弱の火炎弾を乱射する。
 こんな怪物を柚のもとに近付ける気はない。相手にダメージが入らずとも、衝撃で時間が稼げれば十分だ。
「だって葵ちゃんが心配だったから!」
 続けざまに打ち付けられる灼熱の弾幕に、さしもの犬頭も悲鳴を上げる。
「心配しなくて良いの! 後ろで猫と一緒に待ってなさい!」
 さらにもう一斉射。
 犬頭を抜け、本体さえ穿つ打撃に、はいりに倍する巨躯が思わずたたらを踏む。
「葵ちゃんのバカっ!」
「……ゆ、柚?」
 その隙を突き、はいりが全力の一撃を叩き込んだ。
「わたしだって、葵ちゃんが心配なんだよ? いつまでも、守られてるだけなんて……嫌だよ」
 ついに泣き出した柚に、葵は掛ける言葉も見つけられない。
「守られるだけなら、一緒に戦いたいよ……」
「でも、戦うのよ? 怖いわよ? 痛いこともきっと……」
 この一戦だけでも、怖くて、痛くて、葵でさえ泣きたい程なのだ。
 しかし、横にはいりが並び立ち、後ろに柚がいるからこそ、彼女はこうして戦っていられる。
「葵ちゃんとはいりちゃんが一緒なら、痛くても平気だよ」
 それを、彼女は否定した。
 後ろで怯えるだけでなく、彼女の横で、共に痛みを分かち合いたいと。
「…………」
 そう、望んだのだ。
「だってさ、葵ちゃん」
 バックステップで下がってきたはいりが、悪戯っぽく微笑みかける。
「はいり……」
 見れば、ケルベロスは体勢を立て直すべく、攻撃の手を止めていた。ダメージ度外視だった葵の戦いが、ダメージ重視の動きよりも効果を上げていたのだ。
「……スペルリリース」
 はいりの放った言霊と共に、彼女の浅黄の装甲が本来の赤へと書き換わっていく。
「いいよね? 葵ちゃん」
 澄んだガラスのような音と共に外されたのは、黄色い宝珠の納められたソニアの鈴だ。
「…………柚が、いいならね」
「葵ちゃん……」
 差し出されたのは柚の前。
「はいりちゃん、わたし……」
「柚ちゃんなら、きっと使えるよ。大丈夫。あたしが保証する」
 傷だらけのはいりは満面の笑顔。
 いじめられっ子だった柚を包み込み、共に歩くことを望んでくれた最高の笑顔。
「……うん!」
 柚は、その笑顔を信じた。
 鈴を受け取り、右手にはめる。
 言霊も、動作も、しっかりと覚えていた。
「解放っ!」
 言葉と共に右の拳を前に突き出し、手首を支点に軽く一振り。
 凛、と響き渡るのは、世界を揺らす鈴の音。
 態勢を整えたケルベロスの前、その音は高らかに響き渡る。


「嘘だろ……ホントに変身しやがった……」
 浅黄色の装甲に身を包んだ少女を見遣り、ニャウは呆然と呟いていた。
 三頭の魔獣はモータルソニアの弾幕の前に、近寄ることさえ許されない。三人の連携が確立された以上、もはや相手に勝ち目はないだろう。
 しかし、問題はそんな所ではなかった。
「この世代の資格者はローリ一人のはず……この街はどうなってんだ、ブロッサム……!」


「はいりちゃんは前に出て相手を引きつけて。ブルームソニアの迅さなら、相手の攻撃は全部避けられる!」
「まかせといて!」
 柚の言葉に、はいりは一直線に駆けだした。
 驚くほどに体が軽い。こんな相手の攻撃など、当たる気さえもしなかった。
「柚、私は?」
 ケルベロスの攻撃を片っ端から避け、牽制しているはいりを目で追いながら、葵も魔術書を構えている。
「葵ちゃんは、できるだけ威力の大きな魔法を準備して」
「だって、私の魔法は……今みたいに小さい魔法を連発した方が良くない?」
 大きな魔法は詠唱に時間がかかり過ぎる。その間に一撃でも攻撃を受ければ、詠唱は初めからやり直しだ。
「大丈夫」
 呟き、柚は両手を伸ばす。
 漆黒の袖に走る電子回路状のパターンが淡く輝き、周囲に極小の魔法陣を無数に形成する。現れ出でた同数の機械部品が、アイゼンソニアの両腕に次々と接続されていき……。
 完成したのは、中口径の機関砲だ。
「準備できるまで、葵ちゃんはわたしが守るから」
 言葉と共に鋼の砲口が唸りをあげ、迫り来る犬頭を続けざまに叩き落とす。
「……言ってくれるじゃない!」
 天地を繋ぐ雷光が三頭の怪人を焼き尽くすのは、きっかり十五秒後の事だった。


 翌日。
「そろそろ空いてきたねー」
 人影もまばらになった下駄箱に、はいりの元気な声は良く響いた。
「今日は呼び出しはないの?」
 下駄箱に手を掛け、上履きをそっと脱ぎながら、葵ははいりに問い掛ける。
「さすがにないってさ」
 あの戦いの後。封印も無事に済み、ひとまずの脅威は去った。ニャウはトウテツ達の動きを探るため、新しい調査を始めるのだという。
 しばらくは戦いもない、はずだ。
 これでローリが学校に戻ってくれば、言うことはないのだが……。
「……あれぇ?」
 上履きを脱ぎ、下靴を出そうとして……柚は間の抜けた声を出した。
「どしたの、柚」
「わたしの靴がない……」
 葵が覗き込めば、確かにあるはずの靴がない。
「……またあいつらかーーーっ!」
 外にいるのは三人の男子の姿。これ見よがしに手にしているのは……例によって大神と書かれた運動靴だ。
「あんたら! 毎度毎度……っ!」
 はいりは何の躊躇もなく全力ダッシュ。迷い無き直進に驚いた男子達も、慌ててバラバラに走り出す。
「柚、どうするの?」
 既に下履きに履き替え終わった葵は、傍らの柚に悪戯っぽく問い掛ける。
「決まってるじゃない」
 答える柚は、一度は脱いだ上履きをしっかりと履き直していた。
 下駄箱に響く声と共に、柚も疾走を開始する。
「瑠璃呉くん! わたしの靴、返しなさいよっ!」


続劇
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