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Welcome to Labyrinth!
第4話 迷宮へようこそ!(その2)



 「えー? あのアールグレイ、まだ残ってたんだぁ? いいヤツだったから、す
っごく美味しかったでしょ」
 闇の中、声が響く。快活な、まだ年若いであろう女性の声だ。
 「ま、紅茶を美味しく入れられるような娘に悪い子はいないわよ。そゆわけで、
あたしは賛成だな」
 くすくすと笑い、娘は『何か』に対して賛成の意を返す。
 「私も構わないと思いますけど? その方、困っているのでしょう? 困ってい
る方は放っておけませんもの」
 二人目の声も、女性。こちらも年若い感じではあるが、先程の声よりも幾分か落
ち着いた、清楚なイメージを感じさせる声である。
 彼女もどうやら『賛成』のよう。
 「困っているからと言っていちいち助けていてはキリが無かろう。私は掟に従い、
出て行って貰った方が良いと思うが?」
 三人目の声は男性だ。質実剛健を絵に描いたような、生真面目そうな声。
 「けど、あの子、管理人権限を貰うとか貰わないとかって話なんでしょ? もし
管理人権限がその子に移ったら問題なしなんじゃないの?」
 「うむ。その条件付きならば、承認しても構わないが……」
 快活な声のすかさずの反論に、生真面目な声はしぶしぶ……と言った感じで返事
を返す。
 「あー、俺はンな事ぁどーでもいいから。あの迷宮に誰が住もうと、俺に何の被
害が及ぶわけでもナシ」
 今まで黙っていた、四人目の声が唐突に口を開いた。
 だが、彼はあまり迷宮の事に関心がないようだ。
 「ま、あんたらで適当に決めてぇな。それじゃ、俺は俺で忙しいから。じゃな」
 無責任……というか、無関心な言葉を投げやりに放つと、4人目の声の主はその
まま気配を消してしまう。
 「南方は私達の担当区域に比べて、規格が整っていないと言いますから……。あ
の方もお忙しいのでしょう」
 「ただ無責任なだけだろう。全く、我々代理人としての心構えが足りぬ輩だ……」
 清楚な声に、生真面目な声は不機嫌そうに応じる。
 「それじゃ、あたしらだけで決戦投票しちゃいましょう。いいわね?」
 少女のその声に、沈黙があたりを支配した。闇の中央に浮かんでいたウサギはそ
れを肯定の証と取り、ようやく口を開く。
 「ならば、迷宮の結界施設の強化は決定事項として、もう一つの件の多数決を行
う」
 今のウサギにはあの奇妙なイントネーションの気配など微塵も感じられない。
今の彼の声は、強い意志を感じさせる、青年の声。
 「あの半獣人の娘を迷宮に置く事について、賛成の者」


 ウサギが迷宮を去って、数日が過ぎた。
 「あら?」
 玄関を掃除しようと思った少女は、ふと掃除用具一式を抱えていたその手を止め
る。
 「何かしら? これ……」
 いつの間に置かれていたのか。閉じられた扉の前に小さな……少女の掌に載るく
らいの大きさの箱が、ぽつりと置かれていたのだ。
 「私……宛て?」
 箱に付けられた宛先を示すカードには、誰の名前も書かれてはいなかった。だが、
その代わりに何やら可愛らしいタッチで少女そっくりの似顔絵が描かれている。
 「開けていいかな……でも、幽霊さんが来るのを待った方がいいよね。うん」
 センスの良いリボンに手を掛けたまま、少女はどうしようかと迷う。
 結局、今日の仕事は一向に手に着かなかった。


 「俺のことなど気にせず、さっさと開ければ良かったのに」
 少女のベッドに腰を下ろしたまま、青年はあきれ顔で呟く。
 「でも、幽霊さんと一緒に開けたかったから……」
 そういうさりげない少女の心遣いが、青年とて内心は嬉しいのだ。照れくさいか
ら、単に苦笑を浮かべるのみでしかないが。
 「ま、いい。早く開けて見ろ」
 「あ、はい」
 青年にも少女にも、当然ながら中身の予測はある程度付いている。だが、その内
容が良い知らせか悪い知らせか……。正直、少女もそれが恐くて一人で開けるのが
嫌だったのだろう。
 幅広のリボンをするりと解き、箱の蓋にそっと手を掛ける少女。
 今までの人生で一番……と言っても良いほどの緊張が、少女を支配していく。
 「それじゃ、開けます……」
 ゆっくりと力を込め、少女は閉じられた蓋を……開いた。
 「……空?」
 緊張の糸がぷつりと切れたのか、少女は呆然と呟く。
 箱は、空だった。
 全くの。
 「まさか……。あの連中がこんなミスをするとは……」
 幽霊の方も呆気に取られたままだ。
 だが。
 「空じゃないわよ。残念ながらね」
 突如響く、若い女性の声。
 それと同時に、空箱の上に何かの影の姿が像を結び始める。
 「あなた……は? あなたも幽霊さん?」
 箱の上に幻のごとく浮かぶ15cmほどの女性の姿を見、呆然としたままの少女
はぽつりと呟いた。


 「ごめんなさいね。私達も意外と忙しいものだから、こんな立体映像でお邪魔す
ることになっちゃったけど……」
 セミロングの銀髪を揺らし、女性は少し困った風な声で口を開いた。女性の年は
よく分からない。美女のようにも見えるし、可愛い少女といった感じにも見える。
とらえどころのない、不思議な女性だ。
 「あんたか……。で、こいつの判決はどうなった?」
 「結論急ぎ過ぎよ、あなたは……。そんなんじゃ、女の子にもてないんだから」
 幽霊の言葉に苦笑しつつ、銀髪の女性は姿勢を正した。
 「まあ、そちらのあなたも気にしてるみたいだから、手短に言うわね」
 先程までの気さくな口調とは全く違う凛とした声で、女性は言葉を続ける。
 「我ら5名の代理人の協議の結果、賛成3、『管理人権限の委譲』という条件付
きでの賛成1、棄権1……。よって、協議は条件付きで可決されたものとする」
 「え? それじゃ……」
 女性は軽く両手を打ち合わせると、再び弾ませるように両手を開いた。
 その腕の中に広げられているのは、スカーフか何かだろうか。一枚の、薄い黄色
の布だ。
 「この契約の証を受け取る事で、汝をこの『迷宮』の正式な管理人の一人として
認めるものとする。なお、管理人権限は現管理人から『鍵』を受け取る事により略
式で委譲される。現管理人、異議なき時は『鍵』をこの場に顕わす事にて異議無し
とせよ」
 「異議なしだ」
 懐から小さな鍵束を取り出し、幽霊は答える。
 「少女……えっと、名前……何だっけ?」
 ふとさっきの気安い口調に戻り、女性が少女に問う。
 「あ……。あの……私……」
 「ほら、早く」
 今行っているのは、魔法的手続きを踏んだ正式な契約である。施術を行っている
女性の消費する魔法力は、意外とバカにならないのだ。
 だが、そんな気配を感じさせる事もなく、女性は優しげな表情で少女の言葉を促
す。
 「あの……名前……な……」
 「メイだ」
 (え?)
 突如掛けられた声に、少女は唖然とする。
 その名を聞き、女性はにっこりと笑った。
 「ではメイ、汝は契約を行うか? 異議なき時は、我と現管理人より、二つの契
約の証を受け取る事で異議なしとせよ……」


 「あの……」
 代理人の女性が帰った後。
 ベッドにぺたんと腰を下ろし、少女は傍らの青年に小さく声を掛けた。
 メイド服の襟元からは薄い黄色の布が覗いている。
 「ああ、さっきは変な事言って悪かったな。が、あのままでは契約が中断されて
しまっただろうから……」
 契約が中断されてしまっては、少女は管理人となる事が出来ない。だから、幽霊
はとっさに思いついた名前を口にしてしまったのだ。
 迷宮から取って、メイ。我ながら、あまりに適当な名前だと苦笑してしまう。
 「いえ、ありがとうございました」
 「?」
 少女の意外な発言に、幽霊は怪訝そうな表情を浮かべる。
 「私、名前……なかったんです」
 寂しげに呟く、少女。
 「……そうか」
 この迷宮には自分と探索者、そして少女の三人しかいない。特に幽霊と探索者と
少女の三人が一緒にいる時はなかったから、わざわざ名前で呼ぶ場面がなかったの
だ。
 だから、全く気が付かなかったし、気にも留めなかった。
 彼女に名前がないことに。 
 「あの、幽霊さん。私、幽霊さんの付けてくれた『メイ』っていう名前、ほんと
に貰っていいんですか?」
 「は?」
 「私、名前を付けて貰うのが夢だったんです。ずっと、ずぅっと……」
 幽霊から貰った鍵束を何となく弄びつつ、少女は言葉を続ける。
 「だから、すっごく嬉しいんです。夢が叶って」
 それに、彼女には『居場所』が出来たのだ。果たすべき『役割』と共に。それは、
少女が望みもしなかった……手に入るとは思っていなかったから、望んでいなかっ
たのだが……もの。
 「好きにしろ」
 ひょいと立ち上がると、幽霊はそのまま窓の外へ出て行ってしまった。
 「それではメイ。良い夢を」
 たった一言、その言葉を残して。



 『書庫』
 闇の中に隠れて見えないそこの天井から、一枚の紙切れがひらひらと降ってくる。
 どうやら、少女……メイが見逃した、三枚目の紙のようだ。その後に来た幽霊が
翼を広げた際に、天井へと巻き上げられてしまったのだろう。
 その紙切れは文字の書いてある面を表にして、床の上へと静かに舞い降りた。
 『少女よ。汝の願いは最良の手段で叶えられるであろう。これから続く汝の生活
に、大いなる幸いが有らん事を』
 そして、机の上から新たに書かれた紙が、もう一枚。
 『メイ、我らが迷宮へようこそ!』
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第一部・了
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