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5.母の戦い、子の戦い

 炎にまみれて落ちていくのは、翼を備えた獅子の神獣だ。
「ったく、そっくりな量産型とか気分悪いッ!」
 空を駆けるそいつらを腹立たしげに落としているのは、翼を備えた鷲頭の獅子である。騎体が量産化されるだけならまだしも、それが敵に回るというのはお世辞にも気分の良いものではない。
 さらに言えば、翼の獅子たちが守る存在も、柚那の気持ちを一層ささくれ立たせるものだ。
 西海に浮かぶ島の中央。
 傘を差したかのようにそびえる、大樹の姿。
「世界樹……まさか、また見る羽目になるとはね」
 島の端に着陸したホエキンから飛び降りながら呟くのは、ソフィアである。周囲になまじ比較対象がある所為か、ウナイシュ島の清浄の地に生える世界樹は、かつてイズミルで目にしたそれより一回り以上は大きく見えた。
「セタ。セノーテの反応は?」
「妨害が酷いけど、世界樹の最上部のようだね。……前の世界樹と同じ構造だとするなら、例の所にいるんじゃないかな」
 イズミルの世界樹は、最上部の広間に神王を取り込んだ枝が伸びていたのだ。そこから主である神王の意思をくみ取り、世界樹はこの世界に再び大後退を起こそうとした。
「ありえるわね。バスターランチャーやブラスターで狙うのは……ちょっと厳しいか」
 細かな狙いが付けられるならともかく、照準を誤ればセノーテに当ててしまう。それでは、この作戦を発動させた意味がない。
 その時だった。
「ソフィア、世界樹の上に転移反応! あれは……犬の神獣?」
 ソフィアの脇で周囲の警戒を行なっていた銀色のアームコートが、はるか空の上を指差したのは。


 ウナイシュ島にそびえる世界樹のさらに上。
 開かれたゲートから忽然と姿を見せたのは、赤毛の猟犬の意匠を備えた騎体であった。
 この世界ではまだ存在しないはずのトリスアギオン。ペトラの駆る、ライラプス弐式である。
 シャトワールの支援を受けてゲートに飛び込んだまでは良かったが、一歩を踏み出せば空の上。自由落下の中で眼下を見据えれば、そこには島を覆うような巨大な樹が生えている。
 あれが奉達の言っていた、世界樹だろう。
「っととと……!」
 とはいえ、見とれてばかりもいられない。
「ええっと、確かシャトワールさんが……っ」
 騎体を四つ足から二脚に変形させ、操縦席の一角に増設されたパネルを叩けば、背中に広がるのは直線的な翼である。この数日の修復の合間に、シャトワールがバルミュラの飛行ユニットを移設してくれたのだ。
「よし!」
 バランスを取って、飛翔を開始。ハーネスの鞘から引き抜いた双刀で向かってきたセキヨクの一騎を叩き斬れば、通信機から声が飛び出してくる。
「ペトラ! ペトラ・永代!?」
「ソフィア様!」
 聞き慣れた声だが、いくらか若い。ネクロポリスに残った彼女ではなく、こちらの世界のソフィアのようだ。
「セノーテの場所を送るわ!」
 その声と共に操縦席の一角に映し出されたのは、大樹の断面図らしき画像と、その頂に記された輝く点だ。
「あなたが一番近いけど……行けそう?」
 ソフィアからの問いかけに、迷う事などありはしない。
 そのためにペトラはここまでやってきたのだ。
「行きます!」
 力強くそう叫び、山頂の一角を塞ぐ翼の獅子を切り開こうと双の刃を構えたその時。
「良く言った! 小僧!」
 神獣の群れを薙ぎ払ったのは、力強い声をまとう雷の奔流であった。
 無論それも、ペトラのよく知る声。
「鳴神のお爺さま!」
「む……お主に祖父と呼ばれる覚えはないぞ?」
 ソフィアとタロの娘であるカズネなら、祖父と呼ばれるのも分かる。しかしペトラは万里とアレクの息子であり、タロのように義理の息子という繋がりさえもない。
「す、すみません。以前お会いした時、万里の息子なら孫も同然って……」
「……そういう事か」
 困ったようなペトラの弁解に、自分なら言いかねないと鳴神も思わず苦笑い。
 いきなりこれだけ大きな孫が出来るのは少々妙な気分だったが、よく考えればそれ以上に大きな息子が二人も出来て五年しか経っていないのだ。孫がいきなり出来るのも、似たようなものだ。
「……それ、前にムツキの爺ちゃんも万里やオレに似たような事言ってたよ?」
「……勘弁してくれ」
 けれどリーティのその言葉には、苦笑いも本当の嫌悪の表情へと変わる。
「そういえば、母様たちは?」
 ソフィアも、鏡領から鳴神も応援に来てくれた。
 ロッセ達もネクロポリスで戦っている。
 そんな中、九尾の白狐と灰色の騎士の姿がどこにも見当たらない。
「あやつらは別の戦場に立っておる。……貴様は、母親の心配などしている暇があるのか?」
 そう。
 彼の戦いは、ここからなのだ。
 他人を心配する余裕など、今のペトラにあるはずもない。
「ありがとうございます! お爺さま!」
 ペトラは鳴神に大きく返事を寄越すと、バルミュラの翼を世界樹の頂へと向けて一気に加速させる。


 そして、それとほぼ同刻。
 黒く長い髪と狐の耳を備えた娘の姿は、西の戦場でも、イズミルでもない、はるか南の地にあった。
 イズミルや八達嶺のそれよりもはるかに長い回廊を進み、やがて足を止めたのは……見上げるほどに巨大な、扉の前。
「万里様。この先は……」
 そこまでやってきたのは、万里一人ではない。奉と肩を並べる神揚貴族の娘と、キングアーツの全権を預かる大使の二人が脇に付いている。
 しかしこの扉の先は、彼女達とて易々と足を踏み入れられる場所ではない。
「ええ。昌、コトナ。ありがとう」
「別にお礼言われるような事じゃないわよ」
「ご武運を」
 二人に小さく礼を口にし、万里はその地に一歩を踏み入れる。
「……万里・ナガシロ、入ります」
 最深部まで、歩みにして二十歩ほど。
 扉の内に広がる空間は、今までの回廊と比べればそれほど大きな場所ではない。しかしそれが強い圧迫感となって、謁見する者に襲いかかる。
 扉から五歩ほどを進んで膝を折り、万里はその先の玉座に向けて静かに頭を下げた。
「お久しゅうございます……父上」


続劇

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