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4.ネクロポリス強襲

 東の空から差し込むのは、朝を告げる穏やかな光。
 けれど、白木造りの一室に閉じ込められて何度目かの朝日を浴びても……少女の心が晴れることはない。
「また……か」
 呟くのは、そんなひと言だ。
 小さく身をよじれば、足元に鳴るのはじゃらりという鉄鎖の音。この部屋に閉じ込められたその時から、女の足をずっと拘束している鎖である。
 ただの鎖であれば、彼女の力で千切り、壁を抜いて脱出する事も出来ただろう。しかし神術によって強化された鋼と壁は、クオリア家特製の義体をもってしても打ち破る事は出来なかった。
 この先何が起きるかは、概ね予想が付いている。
 それが一番最後に起きたのは、五年前。
 それが一番最初に起きたのは、果たしていつの事だったろうか……。
 はるか昔から連綿と繋がるそれの、繰り返し。
 全ては、彼女が始めた事だ。
 最初の一歩を踏み出したからには、その全てを見届けろ、という事なのだろう。
 神として。
 王として。
 恐くはない。絶望もない。長い長い時の果て、既にそんな感情は擦り切れ、かさつきひび割れた跡が彼女の中に残骸として残るだけだ。
(……でも)
 そのはず。
 そのはず、なのに。
 冷えきった心の中に浮かぶのは、こちらに伸ばされた小さな手。
 穏やかな表情と……彼女を抱きしめる、細い腕の温もり。
 それを一番最初に感じたのは。そして最後に感じたのは……果たしていつの事だったろうか。
「……陛下。大変お待たせ致しました」
 そんな少女の想いを遮ったのは、扉の外から聞こえてきた、ぬらつくような老人の声だ。
「新たな玉座の用意が整いました。お手数ですが、ご足労願えますかな?」
 牢の扉を開け放った老爺の周囲には、強い神術の感覚があった。セノーテが何かすれば、即座に反応し、彼を守る……万全の備えというやつだ。
 老爺の護衛も兼ねているのだろう。部屋に足を踏み入れた大柄な男に促されるまま、セノーテは鎖に繋がれたままの足で立ち上がる。
「……ペトラ……」
 かつて神王と呼ばれた少女は小さく呟き、鎖に繋がれたか細い体を弱々しく抱き寄せるだけだ。


 死者の都を揺らすのは、翼の獅子から放たれる神術の炎。
 そして両脇を固めるように歩くのは、同じ姿をした白い虎型の神獣だ。
「イズミルめ。このような要塞を隠し持っておるとは……。ヒサの古文書とやらもあながちバカには出来んという事か」
 指揮機能を備えた上級機なのだろう。ひと回り大きな体躯の白虎型を駆る神揚の将は、操縦席の中で苛立たしげにそう呟いた。
 ヒサの一門に貸しの一つも作ってやろうという腹積もりで付き合った作戦だったが、どうやら老人の妄言というばかりでもないらしい。
「風然殿の命令だ。全て制圧しろ! 刃向かう者は女子供であろうと、容赦するな!」
 イズミルの将は主たる万里の影響もあってか、女性の将も珍しくない。女子供だからと油断すれば、痛い目を見るのはこちらのほうだ。


 衝撃に揺れる黒大理の回廊を歩きながら、苛立たしげに呟くのは黒豹の足の青年だった。
「……どうやら、向こうが一手早かったようですね」
 回廊の壁に映された画像は、最前線のものだろう。防衛用のバルミュラが応戦を始めているが、状況はそれほど芳しくない。
「セキヨク型に……量産型の白虎か。厳しいな」
 侵入してきた部隊の駆る神獣は、いずれもこの数年で量産化された騎体だった。
 イズミル戦役をくぐり抜けた上級機を量産ラインに乗せた騎体で、従来の量産機とは段違いの性能を誇る。かつてのように無人のバルミュラだけで圧倒する、というわけにはいかないだろう。
 不幸中の幸いか、奉達の神獣を置いてある場所はいまだ侵入者達の攻撃を受けてはいないが……。
「遅いわよ、二人とも!」
 神獣を置いてある広間の端に辿り着けば、既にソフィア達は自ら機体に乗り込み、出撃の支度を終えた所だった。
「転移術の奇襲って……わたし達が前にやったのと同じ手ですね」
 かつてのネクロポリス攻略戦で千茅達がこの地を攻め入った時、地上側から強引に空間をねじ曲げて奇襲を掛けた事がある。相手の神揚の兵達も、恐らく幾つかの神術を駆使して強引に入口をこじ開けたのだろうが……。
「ヒサ家は神王の家系ですから、ネクロポリスの情報も持っていたのでしょうね。……警戒してしかるべきでした」
 ネクロポリスに直接転移出来る術者など、イズミルでもそういない。だからこそペトラはその術者を求めて大揚に向かう事になったのだが……神王の大元であるヒサ家なら、それに関する文献が残っていても不思議ではない。
 恐らくはセノーテの奪取と合わせて、入念に準備された計画だったのだろう。
「……後はペトラだけか。タロ!」
「こっちには来てないよ。ダンと沙灯は連れてきたけど、隔壁閉めちゃっていいの?」
 タロも護身術程度の剣術は習っていたが、軍人として前線に立てる程ではない。それにこの地には、彼の他にも非戦闘員……守るべき者がいるのだ。
 前線に立つばかりが役割ではない。
 彼らを守るために後方に残ったヒサの娘もまた、彼女なりの戦いの場を選んだという事なのだろう。
「お願いします。瑠璃は……」
 だが、タロの口からもう一人のヒサの娘の名は出てこなかった。
「出るに決まってるでしょ。止めないでよ?」
 ロッセが気に掛けた術士の声が聞こえてきたのは、傍らの翼の巨人からだ。
「止めませんよ。……今は戦力は一人でも欲しい」
 無人のバルミュラもあるが、今の状況では余りにも心許ない。そして、後方に下がるべきはずなのに……タロの元にいない者が、もう一人いた。
「シャトワールは?」
「もう出ています」
 ネクロポリス式の通信機に響くのは、ノイズ混じりの人工音声だ。
「今、ペトラのライラプス弐式を連中の開いたゲートに放り込みました。……っ!」
 キングアーツや神揚の通信妨害を受けないはずのそれにノイズが交じるのは、シャトワールの駆るバルミュラが攻撃を受けているからだろう。
「ちょっと、無茶しないの!」
 いかに古代の英知を伝えるシュヴァリエとはいえ、無敵というわけではない。敵の集中砲火を受ければ、無事では済まないのだ。
「必要な事をしたまでですよ。……あの時と、同じです」
「……ったくもう。奉、千茅!」
 かつてのそれはシャトワールも神王と共に向こうの世界へ抜けきったが、どうやら今回はそこまで優勢には進まなかったらしい。
「分かりました! 支援に出ますっ!」
 増えていくノイズに焦りを感じながら、ソフィアに続いて千茅も騎体を広間の前へと急がせる。


続劇

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