闇の中。
少女に掛けられるのは、静かな声。
「沙灯……」
呼ばれるのは、少女の名だ。
それを呼ぶのは……いつもの、彼女の主である狐の姫君ではない。
「あなたは……誰?」
彼女自身。
鷲の翼に、翼と同じ色の短い髪。
纏う服も、顔も同じ。
「…………」
違うのは、瞳の色と指の先。
沙灯の金ではなく、銀の瞳。そして、すいと伸ばした左手にはめられた、小さな瑠璃色の指輪。
「…………誰?」
彼女によく似た少女は、鏡合わせのように立つ少女に手を伸ばしただけで、それ以上何も言おうとはしない。
「沙灯……沙灯………」
夢の世界に響くのは、声。
それを呼ぶのは、知らない声ではない。
沙灯のよく知った……。
「………あ」
沙灯がゆっくりと目を開けると、少女を覗き込んでいたのは見慣れた顔。
「おはよ、沙灯」
穏やかに微笑む、狐の姫君。
「ああ、おはよう。万里」
そんな主にそっと手を伸ばし。
沙灯は、穏やかに微笑み返すのだった。

第2回 前編
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