14.収束戦線 正面から打ち込まれたのは、黒金の片手半。 背後から打ち付けられたのは、分厚い斧の一撃だ。 「…………」 相対する神王からの声はない。 ただ無言のまま、正面の斬撃を弾くのは抜き放たれた片手持ちの刃。後ろからの攻撃を受けたのは、腰から伸び、いまだ世界樹の枝と繋がる太い尻尾状の器官である。 だが、リフィリアの狙いはまさにそれ。 鞭のようにしなる尻尾が斧を打つ寸前、リフィリアは持っていた盾を捨て、斧を両手で握りしめる。 「おおおおおおおおっ!」 打ち込んだ斧が食い込むのは、尻尾の中程まで。 「硬い……っ!?」 ……けれど、そこまでだ。 力任せの一撃に機体が弾かれ、紅のアームコートは大きく後ろへと飛ばされる。 いまだ世界樹と繋がった器官である以上、何らかの弱点になると踏んだのだが……それは既に再生を終えて、傷口もどこか分からなかった。弱点なのは間違いなさそうだが、それを補う手段は十分に講じられているらしい。 「でも……っ!」 上空から迫る敵は、セタが引き受けている。 ならば、いまソフィアを支えられるのは彼女だけだ。 「セタ!」 その時だった。 既に近距離のやり取りにしか使えなかったはずの通信機が、ソフィアとセタ以外の声を放ったのは。 「……リーティ君か。ちょうど良い所だよ」 何らかの策でも備えていたのか。 既に武器の残弾も少なくなっていたセタは、何の迷いもなく纏っていた火器の数々を放り捨てた。 残るのは、初めから機体に付いていた巨大砲……バスターランチャーひとつだけ。 まるでそれが予定されていたかのように天高く砲を構え、唸りを上げるのは後部に新しく追加されたバルミュラの動力炉だ。 「ほらね、言った通りだろ!」 長砲身の先端から閃光が放たれるのと、そこに三騎の飛行神獣が差し掛かるのはほぼ同時。 まるで滝壺に雪崩れ込む大河の奔流の如く、リーティ達を追いかけていた緑の鳥型や翼の巨人達は放たれた光に飲み込まれていく。 「上空の残りは任せて良いかい、リーティ」 「ありがと! こっちは任せといて!」 最初から上空にいた鳥型達も、先程の砲撃に巻き込まれて大半が消滅していた。いかに空戦型神獣が非力とは言え、彼ら三騎なら十分に圧倒することが出来るだろう。 「ウィンズ少佐。あのような策が?」 敵を一点に引きつけて、大火力で一網打尽にする。戦術教本に載せても良いくらいの良策だと言いたいが、リフィリアはそんな作戦は聞いていないし……そもそも、リーティ達の動きは今まで全く把握出来ていなかったはず。 それとも、セタはリフィリアより強力な思念術でも学んでいたとでも言うのか。 「策……?」 けれどそんなリフィリアの問いに、セタは首を傾げるだけだ。 「そろそろ僕も前に出ようと思っただけだよ。偶然さ」 パージした装備の中から近接用の槍を拾い上げ、構え直すのと……。 「……まあ、少し遅かったみたいだけど」 異形の群れを引き連れた九尾の白狐と、鋼鉄の兵を引き連れた灰色のアームコートが戦場に姿を見せたのは、ほぼ同時。 既に何十合を交えたか分からぬ打ち合いが終わった時。 頭上から響き渡るのは、世界樹そのものを揺らすほどの轟音だった。 「……ちっ!」 投げては戻す投刃は既に鎖が千切れかけ、回収した黒い片手半も幾度も金の鱗に弾かれて、刃こぼれが酷い。 ミーノースの技術によって強化された機体のはずだが、その程度の強化では目の前の敵の実力にはいまだ届かない……という事なのだろう。 ならば。 「上も派手にやっておるようだな。……む?」 次の一手が来るかと思い身構えた鳴神の前で、アーレスが跳んだのははるか上方だ。 攻撃に繋げるための跳躍ではない。上に伸びる枝を蹴れば、背中に備わっていた推進器が咆哮を上げ、赤い機体をさらなる速さで上へ上へと押し上げる。 「だから、逃がさねえって言ってるだ……っ」 しかし、その程度ならエレの射程の内だ。 直上に銃身を向け、バレルをさらに延長する。銃身と共に伸ばされた射程の内に標的を捉えた、次の瞬間。 「…………消えた!?」 吹き出していた真っ赤な炎ごと、アーレスの姿が掻き消える。それは一瞬の出来事だったが、エレの照準を失わせ、射程内から逃れるには十分過ぎる時間だった。 「ほう。まだあんな技を隠しておったか。敵ながらあっぱれな奴よ」 「あっぱれはいいですけど、早く追わないと……」 鳴神は満足そうに笑っているが、実際は千茅の言う通りだ。頭上からの音からするに、先行したソフィア達の戦いは激しさを増しているようだし、そこにアーレスが乱入して事態が好転するとはとても思えない。 「そうだよ。ほら鳴神、乗せろよ」 「……雷帝を馬代わりに使う気か?」 アームコートを掴んで運んだことはないわけでもないが、流石に跨がらせて飛べと言われたのは初めてだ。別に鳴神や雷帝が拒否したわけではなく、そんな要求をする命知らずがいなかっただけなのだが……。 「後で気持ちいいコトしてやっから。千茅と!」 そう言う頃には、既に紺色の異形は黄金竜の背中に器用に跨がっている。 「えええっ!? ちょっと、ソイニンヴァーラさん……っ!?」 「……なら、千茅も早く乗れ」 呆れながらも千茅に促す鳴神だったが、熊の娘はいまだ黄金竜に近寄ろうともしない。 「あ、あの……」 「なんだ」 「その……。…………優しくして、くださいね?」 神獣の顔さえ赤くする千茅に、ため息を一つ。 「そこまで女に不自由しておらんわ! 行くぞ!」 鳴神は千茅のオークを咥えて乱暴に背中に乗せると、そのまま上層に向けて翼を広げてみせる。 周囲に降り注ぐのは、頭上を舞う飛行鯨の群れから放たれた爆弾の雨。 「それと、おまけにこいつもだっ! ブラスター!」 続く声にナーガの額が展開し……その内側から放たれるのは、滅びの光。 「うーん……。流石に、これ以上は厳しいかな」 巻き起こった爆発の赤にナーガを紅く染めながら、ククロはぽつりと呟いた。 滅びの原野にも似た薄紫の世界にいるのは、ククロと……目の前の爆炎から抜け出してきた神王の二人だけ。 放たれた斬撃を瞬時に生み出した大盾で受け止め、真っ二つにされたそれを放り捨てる。 「おお……っ」 神術加工の施された金属でイメージした盾だ。強度は十分なはずだし、恐らくコトナなら先程の一撃も容易く受け流せるのだろうが、ククロがそこまでするのは流石に難しい。 「……やっぱり一人じゃダメだな。誰かがいないと盛り上がらないや」 武器や技術を生み出すことは出来る。アイデアも、イメージもある。 しかし、それを使いこなす所までは追いつかない。アークの知識を得、全知となったククロでも、足りない物はいくらでもあるという事だ。 「……それが分かっただけでも、発見かなぁ」 既に頭上の領域の大半は黒。アークの浄化機構さえ奪われたククロに残された知識と能力は、ほんの僅か。 呟き大きく手を掲げれば、空間に音もなく浮かび上がるのはMK-IIの誇るバスターランチャーの大群である。 振り下ろすと同時に、一斉掃射。 けれど世界を荒野へと変える破壊の奔流は……たったひと振りの刃に受け止められ、そのまま切り裂かれていく。 「滅びの閃光を剣で切るのか!」 それは、ククロの想像を超えた回避法だった。 「ああ……君と、武器の開発をしたかったよ」 迫る刃を、ククロはむしろ嬉しそうに見つめ……。 「発見は、誰かに伝えねばな」 その刃が大きく後ろに跳んだのは、神王がククロとは別の一撃を感じたからだ。 「え…………」 この世界にいるのは、神王とククロの二人だけ。 そのはず、だったのに。 「……ムツキ!?」 現れた老爺の姿に、一時は神に等しき知識を手に入れた少年は予想外の声を上げるのだった。 |