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10.三局の死闘

 撹乱目的の花火に続いて放たれたのは、噛み構えられた白鞘の斬撃。それを受け止めるべきタイミングで、頭上の枝を蹴って軌道を変えた白兎の短刀が振り下ろされる。
 しかし一糸乱れぬタイミングで放たれたその連携を、目の前の翼の巨人は一瞬の動きで受け止め、弾き返した。
「万里!」
 続けざまに閃光を放ち、連携を破られた二人は巨人の死角へと回り込む。
 だが、そこから放たれた同時攻撃も、空しく空を切るだけだった。空中への回避であれば沙灯や柚那が押さえにも回れるが、地上の動きのみで避けられてしまうのだ。
「ええ……。こっちの手の内が見抜かれてる……」
 今までに戦った翼の巨人よりもはるかに強い。単純な剣技や反応速度に関してもだが、何より万里達の戦いの癖を知っているかのような動きだ。
「だったら……」
「万里、それはまだダメ! それより……」
 噛み構えた白木の刃を鞘へと戻そうとした万里を押し留めたのは、パートナーの白兎。
 昌はちらりと視線を上に向け……ぶつかったのは、半人半鳥のシュヴァリエだ。
「……分かった!。こっちが合わせる!」
「うんっ!」
 突撃する万里に合わせて上空から放たれた炎は、先程の閃光と同じように万里の姿を隠し……。
 そこから来るだろう万里の一撃。それを迎え撃とうと放たれた巨人の斬撃を止めたのは、白鞘の刃ではなく、小さな二本の短刀だった。
「残念でしたっ!」
 翼の巨人の大剣を抑えたのは昌。
 万里の姿は前ではなく……後ろにある。
 巨人の背中を深く切りつけ、近接に飛び込んだ二人が離れると同時、上空からの炎の弾丸が巨人に向けて降り注ぐ。
「やった……?」
 即席の連携だが、少なくとも手応えはあった。
「さっすが。よく見てる!」
「ありがとう……ございます」
 昌も沙灯も、自分の動きをしっかりと見てくれている。その事に嬉しくも申し訳ないと思いながら、万里は前を見据え……。
「万里!」
「……っ!」
 爆煙の中から迷いなく万里に打ち込んできた翼の巨人にカウンターで叩き込まれたのは、万里や昌の視界の外から放たれた炎の獅子だ。
「ありがと、柚那!」
 改めて敵と距離を取り直し、万里は白鞘を構え直す。
「けどアイツ、こっちの攻撃が通じてない……?」
 外見はそこらの翼の巨人と変わらないが、反応速度も防御力も桁違いだ。万里と昌の連携は見抜かれているし、この様子だと先程の三人の連携も次は通用するかどうか。
 だが。
「万里様ー」
 緊張を増す一同の中、ただ一人だけ気の抜けた声を放つのは、少し後方に控えていた鷲頭の獅子の駆り手だった。
「こいつ、あたしに任せてくれないかなぁ?」
「……柚那?」
「任せるって、いくら何でも一人じゃ……」
 万里と昌、沙灯の三人がかりで苦戦する相手だ。いかに柚那の神獣が帝都で建造された最新鋭機とはいえ、たった一人でどうにかなる相手ではないだろう。
「そいつ、ちょーっと取り立てなきゃいけない貸しがあってね」
 昌の心配などまるで気にしていない。柚那はいつもの調子でそんな事を口にするだけ。
「それに、こんな所でグズグズしてる暇はないでしょ?」
「それは……」
 確かにそれは真実だ。
 こうしている間にもククロは押され、大後退の発動は近付いてくる。たった一体の翼の巨人に足止めを食らっている場合ではない。
「……分かった。無理しないでね」
「分かってるわよ。ヤバくなったら本営に逃げ帰るから、後ろから追いかけてきたらゴメンね?」
 その言葉と同時に放たれたのは、彼女の意思に従って動く炎の獅子。重ねるように昌が目くらましの爆発を幾つも放ち、万里達はその場から離脱していく。
「さーて」
 残ったのは翼の巨人と、鷲頭の獅子の二体だけ。
 翼の巨人もそれを望んでいたのか。
 それとも、彼女の殺気に足を動かせずにいただけか。
「……改めて、死んでもらいましょうか」
 周囲に無数の炎を生み出して、柚那は目の前の相手の名を呼んだ。
「バスマル!」
 かつて彼女が逃がし、いまだ捕らえる事の出来なかった相手の名を。


 降り注ぐ矢を抜け、迫る刃を四本続けてかいくぐる。
「こいつ……刃が通じない!?」
 九尾の黒狐の斬撃は、確かに巨人の翼を捉えたはずなのに……まるで八達嶺を包む琥珀の霧を斬った時のように、刃には何の手応えも伝わってこない。
「神王ってヤツはこんな技まで使えるのか?」
「違う……」
 呟くのは、やはり反対側の翼を切り裂いたはずの珀亜である。
「……彼奴、神王ではない」
 最初に漂わせた気配は、明らかに以前刃を交えた強者のそれだった。けれどそう感じたのは、刃を一合交わすまで。
「なら、誰だというのだ」
 確実な、そして回避に特化した身のこなし。的確に急所を狙う効率的な攻撃法。
 周囲に纏う幻の衣。
 そのいずれも隠そうとしているが、体の芯まで刻み込まれたその癖は、いかなる場においても隠しようがない。
 故に、それは……。
「……半蔵」
「ははは。さすが珀亜殿。お見事でござる」
 珀亜の呟きを否定することもなく笑い飛ばしたのは、眼前の翼の巨人自身であった。
 否。既に幻の衣を脱ぎ捨て、いつもの黒いコボルトに姿を戻している。刃が空を切るのも当たり前だ。翼の巨人の姿そのものが、本物ではなかったのだから。
「半蔵……どうして……」
「拙者は神王様に足止めを任された身。ここで戦わぬわけにもいかぬでござろう?」
「やはり、この先に神王が……」
「おおっと。……これ以上は言うわけにはいかんでござる」
 わざとなのか、それとも罠か。半蔵はオーバーアクション気味に口を閉ざすと、改めて両手を組み、複雑な印を結んでみせる。
 もともと半蔵の神獣は、戦闘よりも撹乱や偵察に向いた機体だ。本来の姿を見せた今、正面から打ち合う気は初めからないのだろう。
「なら……」
 そんな半蔵に向け、アレクは剣を引き抜くが……彼を止める細い腕が、一つ。
「アレク様。先に行ってください」
「……ジュリア?」
「半蔵は、私が何とかします」
 宣言と共に地面代わりの大樹の枝を揺らすのは、銀の機体が背負っていた巨大な棺がその場に置かれたからだ。
 内に詰め込まれているのは、地上の武器庫から回収してきた武器の数々である。
「要りそうな物があったら持っていって下さい。残りは全部……半蔵を止めるのに、使いますから」
 その中から幾つかの矢筒を機体に取り付け、ジュリアは弓の具合を確かめている。
「ジュリア殿。でしたら私も……」
「珀亜はダメ。神王相手に、しなきゃいけない事があるんでしょ?」
 優しくジュリアに諭されて、珀亜はそれ以上の言葉を返せない。
 確かに珀亜には、神王を相手にすべき事がある。だからこそ、目の前の翼の巨人が神王自身ではないと見抜く事も出来たのだから。
「そういうことだ。すべき事があるなら、先に進め。ここは……」
「悪いが、お前も先に行け。ヴァルキュリア」
 大鎌を構えた黒い重装機の前に進み出るのは、九尾の黒狐……奉だった。
「お前はククロもいるだろう。体も探してやれ」
「……むぅ」
 ヴァルキュリアは操縦席にククロを同乗させている。この先は何が起こるか分からないし、彼女の力もククロの知識も、必ず必要になるはずだ。
 何より、ククロの本体を救うという目的もある。
「一緒に行けなくてすまんな、アレク。……だが、馬廻衆の不手際は、同じ馬廻衆が雪がせてもらう」
 万里から任されたアレクの護衛は、珀亜が果たしてくれるだろう。
 ならば奉がすべき事は、一つ。
「引き受けた。……行くぞ」
「通しはせぬでござ…………っ!?」
 だが、印を放とうとした半蔵を押し留めたのは、彼の退路を塞ぐように放たれた三本の矢。
「邪魔はさせないって……」
 そして正面に迫る、黒い大太刀だ。
「言っただろう!」
 鋼と鋼のぶつかり合う感触を確かめながら、奉は確かにアレク達が戦域から離脱する音を聞いていた。


 乱れ打ちされた弾丸を躱した所に待ち受けていたのは、黒金の片手半の斬撃だ。
 躱したのではなく誘い込まれたのだと気付く暇もない。鋭い一撃で翼を断たれ、体勢を崩した所に大上段からの戦斧が来る。
 それで、戦いはおしまいだ。
「え……もう終わりですか?」
 支援役のエレを守っていた千茅は、結局何もしないままだった。もちろん彼女のいる後方にまで敵の攻撃が来てはいけないのだが、それにしても拍子抜けである。
「こんなもんだろ。でも、これが神王なわけないよな?」
「思ったより速かったから、近衛とかそういう上級機だと思うけど……」
 本当なら、ソフィアの一撃で終わると思ったのだ。試作型の火器を備えたセタの誘導は完璧だったし、斬撃も狙い通りのタイミングだった。それでも胴ではなく翼に当たり、フォローのリフィリアがとどめ役になったのは……相手の性能がソフィアの想像を越えていたという事だ。
 片手半の先で装甲の一部をこじ開ければ、思った通り操縦席の中は空っぽだった。
「無人機でこれだけ強いと、少し面倒だね。……リフィリアさん、他のみんなと連絡は?」
「相変わらず取れませんね。出力は最大にしているのですが」
 世界樹の上層部に足を踏み入れてから、通信機はノイズを放つばかり。目に届く程度の距離なら問題ないが、他のルートを進んでいるアレクや万里達の動向は分からないままだ。
「みんななら大丈夫よ、きっと。それにもうちょっと歯応えのある敵でもいいくらいよ」
「不謹慎ですよ、ソフィア様」
「なら、お姫さまがた……こういうのはどうだい?」
 そう言ってセタが構えたのは、背中に束で載せられていた大口径砲の一つだった。音もなく放たれた砲弾が白煙をひいて幹の一角に吸い込まれると同時、傍らで耳をつんざく轟音を響かせたのは、エレの機体の背中から伸びた大型砲だ。
 大型兵器が歩いてもびくともしない頑強な樹皮が炸裂し、その煙の内から飛び出してきたのは……。
「あれは……っ!」
 赤い獅子の兜を備えた、一体のアームコートだった。
「ちっ! 何で気付いた!」
「そんだけ殺気垂れ流してりゃ、誰だって気付くっつの! 乳首の先がチリチリすらぁ!」
 急拵えの動力炉の冷却ファンが回る甲高い風切り音を聞きながら、エレは両腕が換装された長銃の狙いを付ける。タイミングをずらした二連射は、どちらもアーレスの脇を抜け、後ろの幹で炸裂した。
「まあいい! ソフィアもいるなら、まずはテメェらから血祭りだ!」
 アーレスは爆発を背に、さらに加速。
 今回の計画で、ソフィアの優先順位も決して高くない。
 高くはないが……譲れないものも、ある。
「させると思うかい?」
「させるわけねえだろ!」
 それを遮るのは、セタとエレの構えた銃口と。
「当然だ!」
 世界樹の外殻を突き破り、アーレスへと横殴りに叩き付けられた黄金の一撃だった。
「鳴神、テメェ……ッ!」
「外から派手な狼煙が見えたのでな。何事かと思えば、面白い相手がいるではないか!」
 巨大な顎から放たれた雷で邪魔な枝を薙ぎ払い、黄金の竜は世界樹の中で我が物顔に咆哮を放つ。それはアーレスを威嚇するよりも、この戦いに歓喜の叫びを上げているようにさえ感じられるもの。
「ソフィア、貴様らは先に行け!」
「え、でも……」
「頭数ばかりおっても邪魔だと言っておる!」
 ただでさえ鳴神の黄金竜は巨大なのだ。縦横に暴れようとすれば、間違いなく味方を巻き込んでしまう。
 何より彼女達には、時間がないのだ。
「そうそう。ここは鳴神とアタシと……千茅、あんたくらいいりゃ十分だ!」
「わ、わたしですかあっ!?」
 確かに十分な連携の取れるソフィア達について行って足を引っ張るより、エレの援護に回った方が良いのだろうが……かといって千茅がどんな役に立てるかも見えてこない。
「そういうわけだ。行け!」
 鳴神も千茅を止めないという事は、二人には何かしらの考えがあるのだろう。
「行ってください!」
 だから、千茅もそう叫んだ。
 自分に見えない何かが、エレと鳴神には見えているのだろうと信じて。
「……分かった。みんな、終わったらパーティだからね!」
 そんな三人の声を受け、ソフィア達は世界樹の最上部に向けて走り出す。


続劇

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