11.空と大地の間には それぞれが、それぞれの戦いを繰り広げている頃。 イズミルに生えた巨大な大樹の根元を歩いているのは、目元を分厚い布で隠した老爺であった。 「風が……変わった?」 その彼が足を止めたのは、視界を断っているが故の異変に気付いたから。 穏やかに吹いていた……世界樹という異物を抱え込んでもなお穏やかに吹き続けていた清浄の地の風が、今は何か不安を抱えたかのように淀み始めている。 「……時間がないか。ククロ……」 恐らくは、ムツキには理解出来ぬ場所で戦っているククロも苦戦しているのだろう。 ……ならば、ムツキも急がなければならない。 大きくのたうつ根を跳んで、音もなく降り立つのは別の根の上だ。目元を隠しているはずなのに、その動きには何の迷いも淀みもない。 「…………」 だからこそ、目の前の相手を認めて止めた足も、ごくごく自然な振る舞いだった。 「…………」 キングアーツ人の人工肺の呼吸音。その中でも飛び抜けて独特なそれは、一度聞けば忘れるものではない。全身義体の中でも特に感情による起伏の少ない、まるで機械のように正確な呼吸の持ち主は……。 「久しいの。……シャトワール・アディシャヤ」 「はい。いつ以来でしたか」 老爺の言葉に、禿頭無毛の人物もさらに独特な人工の声で応えてみせる。 やはり、呼吸に感情の起伏はない。 「さて、いつだったか。なにぶん、物忘れが酷くてな」 視線を隠したまま、老爺は穏やかに笑ってみせた。恐らく目は何一つ笑ってなどいないのだろうが、分厚い布と皺に覆われた顔は、相対する者に表情を示す事を初めから考えていない。 「だからこそ、お主には聞きたいことが山ほどある」 シャトワールが老爺の気持ちを解する事が出来たのは、両の拳が構えられたからだ。 生来の右と、神揚人でありながら義体に置き換えられた左手が握られ、示すのは……戦いの意思。 「見逃しては……いただけませんよね?」 「見逃すと思うか?」 返事はない。 その代わりにムツキの頭上へと落ちてくるのは、翼の巨人の握りしめられた両腕だ。 「であろうな。小童が!」 拳を受け止めたのは、ムツキの足元を割り開いて現れた巨大な爪。本来なら大地を削り掘り進むべき爪が、鋼の両腕を力任せに弾き返す。 視界の全てを埋め尽くすのは、衝撃と共に放たれる砲弾と弾丸の嵐だった。 イズミルで開発されていた試作火器の数々だ。キングアーツでは強度不足で作れなかった物を神揚の金属や技術を流用して作った物が大半だが、中には明らかにククロの趣味としか思えないような奇抜な武器も交じっている。 「……凄いですね、ウィンズ大尉」 アーレスとの戦いをエレ達に任せ、樹上を進んでいるのはリフィリアを含めても三人だけ。しかしリフィリアは目の前から来る敵を倒すだけで、左右から襲い来る相手は全てセタの弾幕の餌食になっている。 「ああ。でも、もうそれほどは保たないよ」 セタが持ってきた武器はどれも試作品で、弾丸や砲弾の大半は専用の物だ。弾が尽きてしまえば、後は邪魔なウェイトにしかならない。 キングアーツで火器の類は発展しなかったが、神術という手軽な火力のある神揚でもまた、それらの武器はそれほど発達しなかったのだ。 「それまでに何とかするわよ! 一気に行きましょ!」 「ソフィア! やはり味方の増援を待った方が……」 傍らで片手半を振るうソフィアの言葉に、リフィリアもそう言いながら提げた斧を構え直す。 ソフィアの意思に押されるようにして、力任せに推し通れば……。 「ここは……」 やがて辿り着いたのは、広いスペースを備えた突き当たりだった。 「……行き止まり?」 道を間違えたのか。 ただひたすらに登りのルートを選び、枝を渡ってきたつもりだったが、正しいのは別の道だったのか。 それとも。 「どうやら……」 その最深部にあったのは、床から伸びる巨大な枝。 天を衝くほどに伸びたその枝の中ほどは大きく削れ、その内に収まるのは……。 「中枢のようだね」 世界樹から直接削り出されたかのようなシュヴァリエと、その胸部に融合する精悍な青年の半身だ。 (まずい。……早すぎる) 通信機は妨害を受け、いまだ通じないまま。 神王がどんな戦い方をしてくるのかは分からないが、珀亜達ですら苦戦したという。シュヴァリエも恐らくは通常機ではなく、先程のような上級機だろう。 それに対して、こちらの戦力はたったの三人。 戦うにしても時間を稼ぐにしても、状況は圧倒的にこちらに不利だ。 (……通じない。くそっ) いまだノイズを垂れ流すだけの通信機に舌打ちをひとつして、リフィリアは辺りにコールを送り続ける。 |