21.違える、選択肢 通路に立ちこめた煙がようやく晴れたとき、リフィリアの周囲に立っているのは白猫の性質を備えた娘だけだった。 (ジュリアはどちらを追ったか……) 念のために預かっておいたジュリアのハンカチに臭覚センサーを近付ければ、どうやらジュリアはさらに奥へと向かったらしい。 ただ分かるのはそこまでで、ジュリアが追ったのが誰の匂いなのかは分からない。 「で、あたし達は誰を追うの?」 「ジュリアが追っていない方だ」 先ほどの半蔵達の会話を辿れば、半蔵が陽動、本命はシャトワールとキララウスの二人だろう。彼らはリフィリア達の来た側を目指していたようだから、引き返せば追跡は出来る。 「それはいいけど、あのハゲと以下略みたいなヤツが相手じゃ、探知は使えないわよ?」 そもそも探知はある程度の範囲の中の気配や存在を感知する術だ。良く知る相手ならある程度の絞り込みも出来るが、面識のない相手から特定の相手を見つけられるほど都合の良い術ではない。 「これがある」 そう言って剣の先からリフィリアが取り上げたのは、引き裂かれた小さな布きれだった。 先ほどリフィリアが切りつけた相手の服の一部である。 あの二人のどちらの物かは咄嗟のことで分からなかったが、追えばどちらかの所には辿り着くだろう。 リフィリア達は、臭覚センサーの示す方……今来た道を、慌ただしく引き返していく。 幾度も曲がった黒大理の廊下を小走りに駆けるのは、半蔵のフォローであの場を切り抜けたシャトワール達である。 「お前、どこに向かってるんだ? アーレスは広間に行けって……」 この戦いの鍵となるのは、広間の戦いをどちらが押さえるかに掛かっていた。ミーノース側に人が全くと言って良いほどいない以上、居住区の迷路は敵の歩兵を迷わせるための時間稼ぎにしか使う事が出来ない。 「今更広間に行っても、バルミュラの消耗戦に巻き込まれるだけでしょう? 今の人海戦術で兵が一人二人数が増えても、意味はありませんよ」 「まあ、そりゃそうだろうが……」 しかもその人海戦術を仕切っているのはロッセである。彼以上の指揮が出来る者が加わるならともかく、戦う事しか出来ないキララウスや指揮経験のないシャトワールが加わったところで、一気に戦局を覆す事など出来はしない。 「なら、もっと有効な策があるではありませんか」 やがてシャトワールが辿り着いた広い場所に、キララウスは思わず息を呑む。 「おい、お前、まさか……!」 確かに居住区は、あらゆる場所が展開されているとは聞いた。それは、いつもなら彼らの行けない場所にも繋がっているという事で……。 彼らの眼前にいたのは、白い仮面を付けた人物。 「…………何用か」 「失礼いたします、陛下」 このネクロポリスを司る、神王その人であった。 黒大理の広間の壁に覗く通路。広間を見渡せるそこから戦場を見下ろすのは、黒豹の脚を持つ青年だ。 「ロッセ殿!」 「……バスマルですか」 そんな彼に背後から声を掛けたのは、居住区を抜けてきたバスマルである。 「酷い目に遭った……。そちらはどうなっておりますか?」 捕虜に殴られて気絶させられた挙げ句、侵入してきた敵将に追い回され……果ては、道さえ気付けば見覚えのない構造になっていたのだ。ロッセの所まで辿り着けたのも、それこそただ運が良いだけにしか過ぎない。 「全体はまだ数で押していますから、この場ではそれなりに優勢でしょうが……内部はどうなっています?」 バルミュラにはまだ相当な余裕がある。別に出し惜しみしているわけではなく、広間に対して兵力が多すぎるため、一斉に投入出来ないだけだ。 そういう意味では、敵方の戦術は成功していると言っても良いだろう。 「通路は迷路のようになっておりましたが、イズミルの連中が散々入ってきております。あの状況では、捕虜は取り戻されたと考えるのが妥当でしょう」 「そうですか……。なら、我々も動く準備をしましょうか」 敵の目的は既に達せられた。取り戻した姫君達と調査部隊が戻ってくれば、敵側に戦いを続ける意味はない。 「動く……? まだ策があるとおっしゃるか?」 「あまり良い気分ではありませんが、シャトワールの策に乗ります。こちらにも翼はありますからね」 そう呟いて彼が視線を向けたのは、彼らの後ろに用意された翼を持つ騎体であった。 置かれた騎体は二つ。 「テルクシエペイア……」 一つは瑠璃色の翼を持つ半鳥半人の神獣。 そしてもう一体は……。 「持ち込まれた時から若干改良しましたがね。……貴方はそちらのアエローに乗ってください」 「あ、ああ……」 本来ならば瑠璃が乗るべき、半鳥半人のシュヴァリエだ。 「何か? アエローの乗り方は分かるでしょう?」 バスマルに向けるロッセの視線は、覚悟を覚えたバスマルでさえぞくりと身を震わせるほどのもの。 「……そ、そうだ。ニキ殿はいかがなされた?」 アエローの話題は、ロッセとバスマルにとっては本来禁句中の禁句である。露骨に話を誤魔化そうとしたバスマルにロッセは小さく息を吐き、視線を広間の戦いへと戻してみせる。 「今のところは鳴神殿と互角に戦っていますがね。……加勢に向かうなら、止めませんが?」 「……やめておきましょう」 恐らくその場に向かうと言えば、ロッセは彼に後ろのどちらの騎体も渡してはくれないだろう。 バスマルの実力では本気を出した黄金竜とまともに戦えるとも思えなかったし、周囲には半年前に猪牙の将と相対した珀牙の妹や、かつて珀牙を倒した黒いアームコートまでいる。初戦では相手もこちらの動きが分からないから優位に立てたようだが、この戦いでは既にその手も通じないだろう。 「……ニキ殿はそこを死に場所と定められたのでしょう。無粋は致しますまい」 成り行きでこんな場面に居合わせてしまったが、バスマルも正直命は惜しいのだ。 |