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13.向かうもの、逃げるもの

「む……」
 黄金の竜の放つ雷を受け流したのは、周りと同じ翼の巨人。
 流れるようなその刀捌きは、明らかに周囲の無人のバルミュラとは違う物だった。
「この手応え、有人機か。誰だ!」
 ニキ達と共に逃亡した、残り少ない一般兵のものではないだろう。だとすれば、自ずと数は絞られてくる。
「我輩の剣、既にお忘れですかな?」
 外付けされたスピーカーで声を放てば……返ってきたのは音ではなく、頭の中に響く思念だった。
「貴様か、ニキ・テンゲル!」
 声ではなく、答えは思考。
 それと同じ早さと反応速度をもって、ニキの周囲には雷帝の雷が降り注ぐ。
「容赦ありませんな!」
「もはや貴様とは問答など不要! このまま雷帝の雷に灼き尽くされるがいい!」
 前の戦いで、必要な問答は終えてしまったのだ。
 既に袂を分かった以上、後は武人の誇りを持って打ち倒すしかない。
「ロッセ・ロマ! 鳴神は我輩が押さえる。今のウチに他の侵入者どもを制圧せよ!」
 咄嗟にニキが放ったのは、イズミル勢に掌握される事のない暗号通信ではなく、戦場でひたすらに使い慣れた思念の波であった。彼の想いは周囲の神揚兵士にもまるまる聞こえていたが、だからこそそれは威圧や牽制としても機能するのだ。
 イズミルの攻撃部隊の要は、中央に撃ち込まれた黄金竜にある。
 先ほどの強力な砲撃を放った飛行型からも、次射はない。
 ならば圧倒的な一体を倒せないまでも、動きを封じさえすれば……その間に、ミーノース側が圧倒的な物量で押し切れるはずだ。
「ふん。我らをその程度と侮るか。……プレセア!」
 だが、それはあくまでも今までの戦力で比べればの話。
「既にそちらに向かわせてありますわよ」
 通信機から返ってくるのは、後方で全体の指揮を取っているキングアーツの准将の声だ。
 それと同時に叩き切られ、切り裂かれるのは、ニキ達の周囲にいた無人のバルミュラだった。
 一体は巨大な棺を背負った黒い機体。
 一体は虎の頭蓋を仮面とした、白い騎体。
「ヴァルキュリア、珀亜! 俺が此奴を潰す間に、機械人形どもを端から叩き潰せ!」
 以前の戦いは完全な奇襲で、敵の正体も分からなかった。
 けれど今は出来うる限りの対策を取り、戦力も一軍に集結させている。
「了解!」
「承知!」
 一度取った遅れも、二度は取らない。
 例え鳴神一体が押さえられようとも、それだけで力負けする事などありはしないのだ。


 黒大理の細い廊下を駆け抜けながら。
「ねえねえ、千茅!」
 ソフィアが声を掛けたのは、後ろに続く千茅である。
「何ですかっ!」
「万里の部屋までの道って、こんな感じだったっけ?」
「あぅぅ、もっと短かったと思うんですけど……」
 千茅も本当は万里の部屋に行こうとしたはずなのに、なぜか先にソフィアの部屋に着いてしまったのだ。
 自分としては方向音痴という自覚はなかったのだが、もしかして方向音痴だったのだろうか……と、内心自己嫌悪していた所である。
「だよね……」
 道は続いているが、明らかにおかしい。
 そもそもネクロポリスの道は最低限の物が分岐もなくあるだけで、むしろこの部屋数と通路の構造でどれだけ人が住んでいるのかと不安になるほどだったのに……。
「…………」
 そんな調子で走っていると、やがて背後から聞こえてきたのは咆哮にも似た叫び声だ。
「…………ねえ、何か聞こえた?」
「これって、ファーレンハイトさんの声じゃないですか?」
 こういう時の嫌な予感は、得てして良く当たるものだ。
 次に聞こえてきた叫びは明らかにアーレスのもので……しかもこちらに近付いているように聞こえていた。
「……ものすごく怒ってるっぽいわね」
「まあ、勝手に逃げ出しちゃいましたからねぇ」
 千茅に言わせれば、棚でぶん殴ったくらいで壊れる扉の方が悪いのだ。
 捕まっている者は、隙があれば逃げるものなのだから。
「とりあえず逃げましょ。丸腰でアイツの相手なんて勘弁だわ」
 頼みの棚も、扉を壊したときに相打ちで壊れてしまった。さすがのソフィアも、丸腰で後ろから飛んでくる怒りの声に相対するほど無謀ではない。


 沙灯の手元に現れたパネルに映し出されたのは、複雑極まりない迷宮の地図。
「万里、こっちに千茅さんが……」
 それが導くままに進めば、やがて扉が見えてくる。
 だが、そこから現れたのは……。
「…………おお?」
 千茅ではなく、大きな瘤の出来た頭を撫でながら歩く、犬に似た顔をした中年の男だった。
「バスマル! 千茅はどこです!」
「小官が知りたいですな。タロの食事を運んできたら、そこの棚で殴られて……気が付いたら逃げられた後だ」
 まだ意識がはっきりしているわけではないのだろう。少しぼうっとしたままのバスマルの言葉に従って部屋の中を覗き見れば、確かに部屋の中に熊の少女の姿は見当たらなかった。
「それより、お前が殿下を連れているという事は……」
 捕虜を連れているにしては、拘束している様子もない。加えて千茅を探しに来たという事は……。
「く……っ」
 刀の柄に手を掛けたバスマルを前に、万里は軽く両手を構えてみせる。
 万里はそれほど神術は得意ではない。体術の心得も少しはあるが、刀を持った歴戦の武官相手に立ち回れるかどうかは怪しい所だ。
 しかし、彼女の後ろには沙灯もいる。
 彼女に力を貸し、逃亡の手伝いをしてくれた相手を見捨てるわけにはいかなかった。
 だが。
「あーーーーーーーっ! 万里ーーーーーーーーーっ!」
 そんな万里のさらに背後から黒大理の廊下を振るわせるのは、懐かしくさえある少女の力一杯の声だ。
「昌……っ!」
「それにアンタは確か……ッ!」
「ちっ!」
 万里は無手だが、昌は武器も防具も備えた完全武装だ。それに沙灯を加えた三人を相手に、いくらなんでも勝てるなどとは思わない。
「逃がさないわよ! セタ!」
「分かっているよ」
 一瞬の判断で背中を見せて走り出すバスマルを前に、昌の脇を抜けて駆け出すのは細身の青年だ。
「殺しちゃダメよ!?」
 真っ黒の通路に忍び込んで迷い続け、ようやく見つけた手がかりなのだ。ここで一時の怒りに任せて殺してしまっては、元も子もない。
「締め上げて、姫様の居場所を吐かせないといけないからね。……死なない程度にしておくよ」
「分かってるならいいわ!」
「よくない!」
 セタの様子からすれば、バスマルの追跡は一人で十分だろう。
「さて……と。それじゃ……」
 呟いた昌は腰の短い刀を引き抜き、そっとその相手へと向けてみせる。
「今の貴女は、敵なのかな? 味方なのかな?」
 相対する鷲翼の少女は、静かに昌を見つめたまま。


続劇

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