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6.HappyBirthday!

 話の場所を酒家へと移し、湯気の立つ料理を前にしても、一同の話題はさして変わらない。
「……翼の巨人の存在は気になるが、焦るでないぞ」
「ありがとう。分かってはいるんだけどね……」
 鳴神の言いたい事も分かる。相手があぶり出せないからと言って、ソフィア達が囮になるのが拙速と思われるだろうことも。
「もうすぐ調印式ですしね」
 キングアーツと神揚の話し合いはこの半年、ごくごく平穏に進められていた。イズミルでの技術協力や交流も順調だし、これといった諍いもない。
 そしてもうすぐ、正式な形での和平が結ばれるのだ。
「……だよね」
 しかしプレセアの言葉に、辺りの反応は必ずしも明るいものではない。
「……もはやあの夢は、半年も前に終わったのだ。未だ何を怯えるものがある」
 彼だけではない。この場にいる誰もが、あの夢の中の調印式で起きた悲劇は知っていた。
 そこで万里は命を落とし、ソフィアは身体を失って……やがて、夢の終わりに至った事も。
 だが今は、あの悲劇の発端となったアレクも生きているし、凶刃を振るった環もメガリ・エクリシアで普段通りに過ごしている。
 もはやそれは、過去の物だ。
「それはそうですが……。あの件を差し引いても、まだ懸念事項は多く残っていますから」
 夢の中とは違う、半年前の戦いの末、行方をくらましたままの反逆者達。そしてもう一本の凶刃を振るった神揚の軍師もまた、いまだ行方が知れないままだ。
 さらに謎の存在ともなれば、不安材料はむしろ夢の中よりも数を増しているとさえ言える。
「はいはーい! ちょっとその辺、開けてねぇ!」
 そんな重苦しい場を吹き飛ばすように掛けられたのは、この店の主の声だ。
「どうしたんですの?」
 注文は席に並んでいる物で全てのはず。タロはおまけを付けてくれる事も多いが、その時もこんなにいきなりやってくる事はないはずだ。
「はーい! ケーキでーす!」
 タロの言葉で開けられた中央に、タロに続いてやってきたジュリアがどんと置いたのは、ひと抱えもあるような大きなホールのケーキだった。
「ククロさんがオーブンっての作ってくれてさー。キングアーツの料理も作りやすくなったんだよねぇ。……ククロさんは?」
 食事やお菓子をまとめ買いしに、数日に一度は顔を出すはずなのだが、ここしばらくは来ていない。いつもの調子なら、今日あたり顔を出すだろうと思っていたのだが……。
「今日は八達嶺に行ってるのよ。こんな事になるんだったら、明日リフィリアと一緒に行ってもらえば良かったわね」
 イズミルの研究施設では日々、様々な実験が行なわれている。その合間を縫って頼んだ用事だから、こんな時間になってしまったのだ。
「で、このケーキは何のケーキなんですか?」
「前に食べて欲しいって言ってた、試作のお菓子ってこれ?」
 確かにソフィアも、タロからのその申し出を快く受けはしたが……試作品にしてもサービスにしても、これは少々大盤振る舞いが過ぎる気がする。
「違うよ。それはまた今度。……今日のケーキは、ジュリアからの話。ね?」
 ちらりとタロが視線を向ければ、ジュリアは嬉しそうに頷いてみせた。
「ええ。コトナ、今日ってお誕生日でしょ?」
「……そうでしたわね」
 プレセアが以前見たコトナの調書でも、彼女の誕生日は確かに今日だった。普段ならそのくらいの事はいくらでも覚えていられるのだが、怒濤のような仕事に忙殺されていて、完全に失念していたのだ。
「え? そうなの!?」
 それはプレセアだけではない、傍らのソフィアも同じ事。
「ああ……そんな事もありましたね」
 なにより当の本人が、一番他人事のようだった。
「……お前、自分の事だろう」
 鳴神ほどの歳になれば、一年が過ぎるなどあっという間だ。誕生日と言われても、もうそんな時期か、程度の感覚しかない。
 だが、目の前の少女は彼の娘と言っても差し支えない程度の歳なのに……。
「別に十でも四十でも変わりませんし……」
 ドライすぎる感想に、さしもの鳴神もため息を吐く。
「なになに? 誰の誕生日だって!?」
 そんな誕生日に盛り上がる酒家に入ってきたのは、白猫の性質を持つ娘である。
「ああ。私です」
「……柚那? お前、今日の便で帝都から帰ってくるはずじゃなかったのか?」
 夕方、ククロ絡みの打ち合わせもあって八達嶺と連絡を取った時、飛行鯨の到着は夜になるだろうと聞いていた。それに乗っているはずの彼女が、どうして今ここにいるのか。
「明日の調査でコトナちゃんの顔見たかったから、飛んで来ちゃった」
 ふわりと笑って誤魔化す柚那だが、いかに快速の飛行型神獣で飛ばしてきたとしても、時間が合わなさすぎる。
「何だ、テメェも来るのか」
 怪訝そうな顔をしている鳴神の隣で、やはり微妙な顔をしているのは、エレであった。
「新型騎の調整もあるのよ。別にあんたの顔なんか見てもしょうがないって。……で、幾つになったの?」
「軍に入ったときに歳は数えないようにしましたから。身長が三センチ伸びたのは覚えているのですが……」
「私と同じだから、十九だろう」
 リフィリアとコトナは同い年だから、コトナが誕生日を迎えた時点で、ひとつ上という事になる。
「そっか。十九歳おめでとう! コトナ!」
「はあ。まあ、ありがとうございます」
 周囲からの祝いの言葉を他人事のように思いながら、コトナはぼんやりとそう答えてみせるのだった。


 それは、黒大理の広間にいた誰もが予想し得ない言葉。
「いいのか? 俺が出たら、確実にバレるぞ」
 誰も知らないシュヴァリエだからこそ、敵対する勢力でありながらも、未だ謎の存在ままで済んでいるのだ。しかしアーレスがソル・レオンで出れば、ただそれだけで彼らの存在を把握されてしまうだろう。
 今の話の流れとしては、敵に悟られないように、行動を潜めようという流れだったはずだが……それをロッセは、真っ向から否定する策を出したのだ。
「知らせない事よりも、知らせる事に意味がある」
「……いきなり奇襲を掛けた方が楽だろうが」
 顔が知られれば、素性が知られる。
 素性が知られれば、策を解される。
 策を解されれば…………その対策を、練られてしまう。
 ならば気付かれないうちに策を進め、気付かれぬように攻め込んだ方が良いのではないか。
「ですが、新しい慣らし運転や、シュヴァリエの戦闘力を確かめておいた方が良いのでは?」
 だが、ロッセの言葉にも、理がないわけではない。
 アーレスが覚醒してまだひと月も経っていない。体調や感覚は半年前と変わらないと言われていたが、改修を終えたソル・レオンの力も、率いろと命じられたシュヴァリエ達の実力も把握できてはいないのだ。
 それに、何より……。
「……名乗りは上げて良いのか」
「通信、念話、暗号など、一切の交信は禁止です。シュヴァリエの損失も絶対に出さないように。……それで構わないなら、明日にでも出てもらって構いません。シュヴァリエへの指揮と出撃の流れは、キララウスかニキにレクチャーしてもらって下さい」
 謎は謎のまま、攻めろという事だろう。
 もちろんアーレスの顔に浮かぶのは、暴挙とも言える策の否定ではなく、それを噛み千切るかのような愉しげな微笑みだ。
「分かった。……ちょっとからかってくる」
 戦いに出る事自体に反対していたわけではないのだ。むしろ出て良いというなら、喜んで挑むのがアーレスという男だった。
 来た時と同じ荒い足取りで黒大理の広間を後にしたのは、早速キララウス達にシュヴァリエの事を聞きに行ったのだろう。
「いいのですか? そんな、こちらの手の内を晒すような真似をして」
「いいのよ。何か考えがあるんでしょ、ロッセ」
 シャトワールの問いにも、瑠璃の肯定にも、ロッセは返事を寄越さない。
 ただ穏やかに微笑み、瑠璃を抱きかかえたまま、彼もその場を後にする。
 残されたのは、最初からこの場にいた二人だけ。
「沙灯さん」
「はい」
 呼ばれた名前に答える沙灯だが、それきりシャトワールからの返答はない。
 広い広い黒大理の広間に落ちるのは、まさに死者の都に相応しい沈黙だけだ。
「…………また、時巡りのお話ですか?」
 その妙な沈黙が耐えきれなくなったのだろう。小首を傾げ、どこか不安そうに問いかける沙灯に、シャトワールは小さく首を振る。
「いえ、何でもありません。良い夢を」
 そのまま静かに立ち上がり、シャトワールもゆっくりとその場を去って行く。
「あ……はい。おやすみなさい」
 残された沙灯も背の鷲翼を広げ、静かに上空の通路へと舞い上がるのだった。


続劇

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