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7.悪夢のプレゼント

 薄紫の荒野に歩を進めるのは、背中を丸めた、ずんぐりとした赤銅の機体。
 周囲に僚機らしき影はない。
 いるのは、たった一機だけ。
「……ここが、次の目撃地点ですか」
「うん。調査始めてくれって」
 カメラに映し出された薄紫の世界を眺めながらコトナが問えば、返事ははるか上空から来る。
 そちらを向いて視線を絞れば、出来る限りの高空を舞うリーティの姿が見えただろう。けれど、どこから誰に見られているかも分からない。コトナはそんな物などいないかのように振る舞いながら、辺りの調査を開始する。
「他と変わりませんね。同じ足跡が、途中でいきなり現れて、またいきなり消えている」
 足跡は神獣のような生物的な物ではなく、アームコートに近い角張った硬質の物だ。何かの調査か、それは辺りをぶらぶらと歩いた後、再び唐突に消えている。
 跳躍の時のような強い踏み込みもない。
 それこそ階段を上るときのように、ごく自然に上へと登っていくようにさえ見えた。
「地下の様子はどうです?」
 コトナが呟くのは、普段は使わない秘匿回線である。犯人達が使っている可能性もゼロではないが、それでも通常回線を使って傍受されるよりはいくらかリスクが低い。
「爺ちゃんは何も出てきてないって。ソフィアやアーデルベルトの所も同じだよ」
 単独調査をしているコトナと同じように、ソフィアも単独調査を行なっている。そちらにはもちろんセタが上空でサポートに付いているから、仮に何か起きても十分に対応出来るはずだった。
「地下と連絡が直通で取れないのは面倒ですね」
 今までの調査と代わり映えしない薄紫の世界をひとつひとつ確かめながら、合間に呟くのは大した事もない雑談だ。
「ま、こればっかりは思念通信覚えるしかないんじゃね?」
 電波が届かない地下とのやり取りは、思念通信の使えるリーティの役割である。アームコート用の通信機は神獣にもすぐに乗せる事が出来たが、神獣の生体部品と密接な繋がりを持つ思念通信器官は、簡単にアームコートに乗せる事が出来なかったのだ。
 携帯式の思念通信器の研究もイズミルでは行なわれているとは聞いたが、まだ理論研究の段階で、試作品も出来ていないという。
 現状では、テレパスの神術を身に付けるのが最短というのが、技術研究班の出したいささか情けない結論だった。
「そうですね。訓練あるのみですか……」
 そう呟いた、瞬間だ。
 背筋にちくりと走る感覚に逆らう事なく、コトナはその身を半歩前へ。ぐるりと機体をひねると同時、左の盾を大きくかざす。
「…………っ!?」
 神揚製の金属で補強された盾を揺らすのは、今までに感じた事もない強烈な衝撃だった。
「コトナ!?」
 もはやこそこそと秘匿回線で話す必要もない。
 通信機の出力を最大にしながら、コトナは敵の間合からガーディアンを素早く引き離す。
「リーティはムツキさんにも伝えて下さい。こちらコトナ、現在所属不明機と交戦中!」
 音も、気配すらもなく。
「出現機体、ソル・レオン」
 コトナの背後からその刃を叩き付けたのは、赤い獅子の兜を被る、彼女もよく知るアームコートの姿。
「機体の太刀筋から、ファーレンハイト元少尉と推測されます!」
 必要な情報を最低限の言葉で紡ぎ終え、コトナは三度目の豪剣を受け流す事に意識を集中させる。


 それとほぼ同刻。
「もうっ! 何なの、まだコクヨクにも慣れてないってのに!」
 背中に鋭角な翼を持つ騎士の斬撃を躱すのは、翼の生えた鷲頭の獣。太い四つ足で大地を蹴るように空を駆けるそれは、帝都から持ち込まれた柚那の新しい神獣である。
「……ああもうっ!」
 調査任務という事で、機体に慣れる意味もあって出してきたのは良いのだが……いきなりの戦闘に巻き込まれるなど、予想してもいなかった。
「柚那は無理しないで!」
「悪いわね!」
 そんな柚那と翼の巨人の間を割り込むように駆け抜けて、リーティがすれ違い様に放つのは風の刃だ。
 軽い一撃だったが、相手のバランスを崩すには十分だったらしい。吹き飛ばされた翼の巨人はそのまま錐揉みしながら地表へと一直線に落ちていく。
「セタはソフィアの援護に行ってくれ!」
 落ちていく機体が体勢を整え直す前に、もう一撃。
 黒い翼を力一杯にダイブさせながら、神獣の体内に据え付けられた通信機に怒鳴りつける。
「ごめん、後は任せる!」
 声はするが、姿は見えない。
 滞空性能や機動性を重視したリーティ達の神獣と違い、セタのMK-IIはあくまでも飛ぶ事だけに特化した機体だ。現状は空中で使える武器もなく、もちろん増幅した神術を放つような仕掛けも付いていない。
 既にその機体は地上のソフィアの援護に向かったのだろうと判断して、リーティは思考の中からセタの事を排除する。
「落ちちまえーっ!」
 上方から下方へのひと息の落下に、神術を加えてさらに加速。鋭い爪の備えられた脚の蹴撃を盾で受け止めた翼の巨人は、再びバランスを崩し、不規則な回り方をしながら大きく跳ね飛ばされる。
 あれだけの急落下に、さらに衝撃が加わったのだ。恐らく中の駆り手は意識を失っているだろう。
 既に機体を立て直す余力など残ってはいないはず。
 リーティの攻撃は重さも威力もそれほどではないが、バランスを崩すには十分な威力は備えている。この高さでの空中戦で制御を失えば、もはや助かる術はない。
「なら、もう一撃!」
「え、あ、ちょっと!?」
 さらに追撃とばかりに鷲頭の獅子から放たれたのは、獅子の如き鬣を燃やした炎の弾丸だった。
 数発のそれはリーティを追い越し、翼の巨人に吸い込まれるように叩き付けられて、辺りに爆音を撒き散らす。
「…………あーあ」
 明らかにやりすぎだ。
「で、あいつらがその敵って奴? むちゃくちゃ分かりやすく出てくるじゃない」
 薄紫の世界を灰に染める爆煙を見据えたまま、鷲頭の獅子はゆっくりと体勢を立て直す。神術の集中に気を取られ、少しだけバランスを崩したのだ。
 だが。
 薄紫の風が静かに吹き抜け、爆煙を払えば……。
「え…………」
 そこに何事もなかったかのように浮かぶのは、盾と剣を構えた翼の巨人。
「嘘……だろ……?」
 神獣のように、自身でバランスを取る機能があるのだろうか。一瞬そうも思うが、目の前の翼の巨人は、先ほどと全く変わらぬ勢いでこちらに向かって来るではないか!
「っていうか、無傷!?」
 目の前の相手は、装甲に少々の傷と焦げ跡が付いただけで、まともなダメージさえ受けていないように見えた。
 神獣並の飛行能力と、アームコート並の重装甲。
「冗談。こんな化物相手なんて、勘弁してくれよ!」
 まだ飛ぶ事に慣れていない相方と、決め手となる一撃を持たない自分。さらに相性最悪の敵まで前にして、リーティは思わずそんな悲鳴を上げるしかない。


 振り下ろされた刃を弾き、受け流すのは、赤銅色の大盾だ。
「応答なさい! ファーレンハイト元少尉」
 相手のプライドに火を付けるよう、あえて『元』のひと言を強調して呼びかけるが、相手はその挑発に乗ってこない。
 使っているのは通信機ではない。滅びの原野でも使えるように調整された外部スピーカーだ。相手がアームコートに乗っている以上、外の音声は拾えるはずだが……。
「……返答なしですか」
 通信機も全帯域を受信出来るように調整しているが、そちらもアーデルベルトやソフィア達の声が時折聞こえてくるだけで、アーレスの声は聞こえてこない。彼が念話などを覚えていない限り、他のエリアを襲っている機体と、何らかの連絡を取っていると思ったのだが、それもどうやら違うらしい。
「…………っ!」
 答えの代わりに容赦なく繰り出される太刀筋は、メガリ・エクリシアに来てから事あるごとに目にしていたアーレスのそれと同じものだ。
 戦技教導官として多くの新兵達の動きを読み取り、見守ってきた彼女にとって、それを見分ける事はさして難しい事ではない。
 故に、目の前の赤い獅子に乗るのはアーレスであり、その刃を受け、流す事も何とかなる……。
 ……はずだったのだが。
(……一撃が重い。ガーディアンも補強はしているはずなのですがね)
 全身に掛かる打撃の重みは、今までのソル・レオンよりもはるかに重く、強いもの。
 コトナのガーディアンも主要部分の強化や補強などは行なっているし、盾を傾けて衝撃は出来るだけ逃がすように構えている。それでさえこれほどのダメージが残るなら、正面から受け止めるなどそれこそ自殺行為だろう。
「流石に、少し厳しいですね」
 呟く間にも、目の前の赤い獅子は剣を掲げ、それを一気呵成に叩き付けてくる。
 だが次の一撃が払ったのは、コトナの大盾ではなく、視界の外から飛んできた十字の刃の一撃だった。
「日明殿! ご無事でござるか!」
 その眼前に素早く飛び込み、次に放つのは煙幕だ。
 薄紫の世界の中、もくもくと立ちこめる黒い煙に赤い獅子を閉じ込めるように、半蔵はその周囲を跳び回る。
「半蔵。助かりました」
 とはいえ、半蔵のそれも時間稼ぎにしかならない。
 今のうちにコトナ達が出来る事は……。
「では、さっさと逃げましょう。済みませんが、転がしていただけますか?」
 負ける気のしない相手ではあるが、今の戦力で勝てる相手ではけっしてない。
「三十六計でござるな。承知!」
 ごろりと丸まったコトナの機体を、半蔵は力一杯に転がし始めるのだった。


続劇

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