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15.曝かれたジョーカー

 兵達の出撃が終われば、そこに訪れるのはほんのひとときの静寂だ。がらんとしたハンガーにどこか感慨深げに身を置くのは、車椅子をからりと揺らすプレセアと、それに付き添っていたヴァルキュリアだけ。
 とはいえ、いつまでもぼんやりとはしていられない。
 殊にプレセアは補給部隊を統轄する主計准将であり、また司令官補佐と並ぶ今のこの地の最高責任者だ。片付けるべき仕事は山のように残っている。
「おはよー。みんなは?」
 そんな彼女に掛けられたのは、どこか緊張感のない、柔らかな声。
「おはようございます。もう出発なさいましたよ」
「何だよ。起こしてくれれば良かったのにー」
「良くお休みでしたから。それより、まだ何かありますの?」
 いつもなら帰還後の用意を始めている整備兵達も、この三日間の激務が堪えたのだろう。ごく少数の当直の者を除き、その大半がククロのように宿舎のベッドで泥のように眠っていた。
 ククロも身体を休めていても、何も言われないはずなのに……。
「むしろこっからが本番かなー」
 だが、ククロは疲れなど感じさせない様子で楽しそうにそう呟くと、プレセアの車椅子を鼻歌交じりに押していく。
 やがて辿り着いたのは、ハンガーの奥、最も人通りの少ない場所だ。
「これは……何だ?」
 そこに無造作に置かれていたのは、人に似た形を持つ異形の物体。
 先日の戦闘で鹵獲されてきた、神獣の身体の一部であった。
 ククロが個人的な研究用に拾ってきたのだろう。それ自体は特に珍しいことでも何でもないし、これまでにもなかったわけではない。
「ここ見てよ」
 嬉しそうに指差した場所。神獣の身体の一部に埋め込まれているのは、キングアーツではさして珍しくもない物だった。
「これ……義体のコネクタですわよね?」
 人間の生身の部分と義体部分の継ぎ目や、アームコートとの接続部に使われる部品である。主に神経組織の接続を司り、文字通り義体を自身の手足とするためには欠かせない。
 もちろんこの場にいる三人にも数多くのコネクタが身体の各所に埋め込まれており、その恩恵は日夜を問わず受け続けている。
「そそ。神獣にアームコートの部品を付けて、どうやったら制御出来るかなーって思ってたんだけど……」
 そこから伸びるケーブルを無造作に腕のコネクタに繋ぎ、軽く手を握れば……。
「まあ……」
 神獣の身体の反対側に繋がれた金属製の太い腕が、ククロのそれと同じように動いたではないか。
「神獣にも神経は通ってるからね。どこにどんな神経が通ってるのかを調べるのはちょっと面倒だったけど、後は簡単すぎて逆にびっくりしちゃった」
「だとすると、アームコートの部品を付けた神獣や、獣の身体を持つアームコートも作れるという事ですの?」
 アームコートはキングアーツの、神獣は神揚独自の技術だ。今この時点で二つの技術を結び付ける術は、どこにもない。
 ……はずなのに。
「そういうこと。それってすごくない?」
「……凄いなどというものでは」
 けれどもし、ククロの発見した事を生かす機会が出てきたならば……。
 この発見は、一つの革命とでもいうべきものだった。


 踏み出した一歩は、嵐をまとう黄金の竜から比べれば、吹けば飛ぶほどに小さな一歩。
「鳴神殿!」
 半蔵自身のいつもの愛騎ですらない。
 何の調整も改良も施されていない、ごくごくありふれたコボルトの一歩である。
 だが、雷の雨の中、それは確かに一歩を踏み出していた。
「半蔵か。……何だこの通信機とやらは。アレクの騎体から拝借したが、彼奴らの話が全く聞こえんではないか」
 掌に載るほどの小さなそれは、ばりばりという異音を吐き出すだけで、他には何の声も聞こえてこない。先ほど叫んだ時に辺りのアームコートから反応があった辺り、こちらの声は聞こえているようだったが……。
 それでは、向こうの言いたいことが分からない。
「それはまあ……対策は施しておりますゆえ」
 鹵獲されたライラプスやメディックの通信機が敵に利用される可能性は、シャトワールが敵陣に付いた時点で考えられている事だった。ゆえに彼等は普段通信機では使わない周波数帯で会話を行い、エレを介した偽情報を流し、起点となる情報は符牒を使って傍受されても問題ないようにしていたのだ。
「成る程、やはりただの愚か者ではなかったと見える。ならば貴様が俺の言葉、奴らに伝えよ!」
「承知。何をお伝えすればよろしいでござるか?」
 鳴神の主張は、至極分かりやすいものだった。
「八達嶺の街を貴様らの鉄の塊で蹂躙すること、まかりならん! 誰か一人でもこの場を通ると言うならば、この俺を屍と変えてから進むが良い!」
 それ以上の言葉はない。
 キングアーツのお伽噺に出てくる黄金の竜は、街の偉大なる守護者、最強の門番だと伝えられていた。黄金の雷で悪を払い、黄金の翼で力なき民を護るのだと。
 その昔話を体現するかのような、その言葉、その姿。
 八達嶺の門を護る、黄金の竜。
「半蔵。あのドラゴンに乗ってる人、強いのよね……?」
 ソフィアの言葉に、半蔵は小さく頷いてみせる。
「鳴神殿は本来、このような所にいるはずのない御仁。恐らく、八達嶺で三本の指には入ろうかと」
 それでも、自らの主に遠慮しての三本だ。
 本気の鳴神と万里が戦えば、果たしてどちらが勝つかは……万里の忠実な臣下としては、あまり考えたくない所であった。
「最悪、プレセア殿の用意して下さった撤退経路を……」
 作戦が決まったその晩から、効率よく撤退できる経路の準備を始めてくれていたのだ。本来ならばアレクを連れて通るはずの場所だが、いざとなればこの時点で使う事も考えなければならないだろう。
「……ここまで来て!? 全員でかかれば……」
 呟くジュリアが構えるのは、今までの倍以上に大型化された大弓と、それを引くに相応しい太さとなった右腕だった。ククロに応急で改造してもらったそれも、完全に物にしたとは言いがたいが……それでも、文字通り一矢報いることくらいは出来るはずだ。
「そうね。ここは……」
 ジュリアの言葉に、ソフィアは小さく首を振り……。
「僕が行こう」
 黒金の騎士が抜こうとした片手半を止めたのは、太く長い槍を備えた、深い蒼の機体であった。
「セタ!?」
「リフィリアさん。後の指揮は任せて良いかな? 君なら出来るよね?」
「あ……はい。ですが……」
 先ほど言われたばかりではないか。
 目の前の黄金の竜は、八達嶺でも三本の指に数えられるほどの強敵だと。
「ですが……何?」
 穏やかにそう問われ、リフィリアは言葉に詰まる。
 確かに黄金の竜は強いと聞いた。だが……。
 リフィリアは、セタが本気で戦っている所を見た事がない。
 常に穏やかに微笑み、ソフィアを脇から支えるような立場にいるが……一度たりとも、訓練の時でさえ、本気らしき彼を見た事がないのだ。
「ちょっとセタ!?」
「姫様は、何をしたいんだい?」
 穏やかな問いに、やはりソフィアも答えられない。
 いや、何をしたいか……何をすべきか分かっていたからこそ、答えられなかった。
 彼女がしたい事が黄金の竜と戦う事なら、セタも止めはしなかっただろう。けれど、彼女がしたい事……するべき事は、もっともっと先に進んだ所にある。
 故に、セタは一歩を踏み出した。
「ほう。貴様一人が相手をすると申すか。……成る程、本来はこうなるわけか」
 ノイズの合間から聞こえてきた青年の声に、鳴神は呵々と笑ってみせる。
「声が聞こえないと話も出来ないしね。というわけで、僕がお相手させていただくので、構わないかな?」
 全ての帯域を満たす声でそう紡ぎ、セタは長槍を静かに構えた。
「聞こえなかったか? 誰一人として、ここを通す気は……」
 だが。
 ないと叫ぶより早く、懐にあるのは蒼い疾風。
 予想外に迅い一撃に大きくその身を避けさせれば、そこに生まれるのはアームコートにさえ十分すぎる間隙だ。
「リフィリアさん! 半蔵さん!」
「総員、全速!」
「させるか!」
 鳴神の避けた隙間。琥珀色の霧の中へ次々と飛び込んでいく巨人達に向け、鳴神は巨竜の口を大きく開けるが……。
「させてもらうよ!」
 やはり鋭く突き込んできたセタの槍撃に、足止めの雷撃を放てないまま。
「セタ!」
 そして、一行の殿を務めるのは黒金の騎士だ。
「姫様。また後で!」
「約束だからね!」
「僕は出来る約束しかしないよ。姫様も知ってるだろう?」
 穏やかなその言葉に、重厚な騎士はその首を小さく縦に振り、霧の中へと消えていく。
 残されたのは、怒りに狂う黄金の竜と、槍を構えた蒼い騎士だけだ。


続劇

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