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11.裏切りの赤い牙

 穏やかなメロディの流れる森の奥から北へ向かえば、やがて森を抜け、薄紫の荒野へと辿り着く。
「……ったく、甘ェなぁ。あの王子様も」
 代わり映えのしない陰鬱な空を見上げ、そう吐き捨てるのは、獅子の兜をまとうアームコートだ。
「アーレス……?」
 今日の護衛に彼と共に同行しているのは、口うるさい赤山羊のアームコート達ではなく、漆黒の重装を灰色の軽装に切り替えたヴァルキュリア。
 即ち、環の部下だけだ。
「ヴァルキュリア。お前は待機しとけ。環からは聞いてるだろうけどよ、後でちゃんと口裏合わせとけよ」
「…………ああ」
 出撃の前、確かに環から指示はあった。
 アーレスが例え何をしたとしても、余計な手出しは無用だと。
 ただ見ておくだけで……環に報告だけすれば構わないと。
「ハッ。さすが軍師様の腰巾着……いや、人形だな」
 そんなヴァルキュリアを見下したように一瞥すると、アーレスが機体の視線を向けさせたのは、西の方角……即ち、大きく広がる湖に向けてだった。
「……一キロはねえな」
 小さく呟いた、次の刹那。
 赤い機体の背中が大きく開き、備え付けられた砲門に似た機関が大地を揺らす咆哮を放つ。
 攻撃ではない。
 移動の手段だ。
 それを証拠に、圧倒的な推進力に前へと吹き飛ばされた赤い機体は一直線に大地を駆け抜け、湖へと飛び出した後もその勢いを緩めない。
「アーレス……! 貴様、何を……っ」
 背中のスラスターの推進力に任せて湖を一直線に駆け抜けて、やがて辿り着くのは湖面に突き出た岩塊だ。
 急速反転。
 曲がった膝をアブソーバー代わりに、岩塊を踏んで勢いを殺し……。
「黙って見てろって言ったろうが! 人形!」
 スピードがゼロになり、勢いを失った機体がぐらりと傾ぐと同時、背中の推進器が再び獅子の如き叫びを上げる。
 もはやそれは、跳躍ではない。
 しかし飛翔と呼ぶには強引に過ぎた。
 岩塊を頂点にした鋭角の軌道を描くアーレスの、今の視線の先にあるものは……広い広い、スミルナの森。
 今のそこに何があるかを、ヴァルキュリアは知っていた。
 恐らくはアーレスも知っているはずだ。
 いや、知っているからこそ、動いたのだろう。
「まだ……」
 強引すぎる機動の中、アーレスが振りかぶったのは右腕だ。そこに仕込まれた機関が小さくガチャリと音を立て、自らの用意が完了した事を伝えてくる。
「この戦争を終わらされちゃ、困ンだよ!」
 灰色の騎士の操縦席を揺らすのは、通信機から放たれたアーレスの叫び。
 灰色の騎士の機体を揺らすのは、湖面スレスレで放たれた、強烈に倍加された拳からの衝撃波。
 衝撃は広大な湖の湖面を大きく歪ませ、その反動は巨大な波濤を生み出して……アーレスの進路のはるか先へと突き進んでいく。
「……行っけぇぇぇぇッ!」
 この任務に就く前に、ヴァルキュリアが環に受けた指示は一つ。 
 アーレスが例え何をしたとしても、余計な手出しは無用しない事。
 ただ環に報告だけすれば構わないと。
「私は………」
 飛行出来るアームコートは存在しない。それ故に、仮にヴァルキュリアにどれだけの意思があったとしても、何をすることも出来ないのだが……。
「私……は………」
 岸へと突き進む波濤をどうする事も出来ないまま、灰色の騎士はその場に立ちつくす事しか出来ずにいる。

続劇

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