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−ARASHI−
(その3)



Act5

「貴方……あの時のローブの男! 似たようなゾンビの感じだったから、まさかとは
思ったけど……」
 凄まじいまでの怒りを秘めた声で、ユイカは叫んだ。
「はて……。誰だったかな? 悪いが、そういう恨みの原因などいちいち覚えていら
れなくてね」
「ふざけないで! ファニアの大神官、ルシィオ・フィファニアをさらったでしょう? 
忘れたとは言わせないわよ!」
 ユイカと朱鳥の声が完璧なハーモニーを見せて響き渡る。その言葉に、ようやく何
かが思い当たったようだ。クワイプは成る程といった口調で、返答を返す。
「思い出した。ルシィオ嬢を引き取った時に、身の安全を交換条件にした子達だね。
あの後ゾンビどもに殺されたものとばかり思っていたから……気がつかなかったよ」
 クワイプの表情はフードの奥に隠れて見えない。だが、今の彼は間違いなく嘲笑を
浮かべているだろう。ユイカは本能的にそう思った。
「おあいにくさま。ルシィオの治癒術は完璧でね。体調さえ万全なら、あんなゾンビ
の群なんか敵じゃなかったわ」
「なら、今殺せば特に問題はないわけか……」
 既にユイカも朱鳥も戦闘態勢は完璧である。満身創痍で何もできなかったあの時と
は、違う。
 だが、その少女の前に一本の手が伸ばされた。
「何か用? スタック……」
 爆発寸前といった感で、傍らの巨漢の青年に言葉を放つユイカ。
「奴……クワイプっつーんだっけか? あいつは俺がやる。今の頭に血が上ってるお
前じゃ、絶対に勝てねえ」
 正直、スタックは見ていられなかったのだ。
 いつもの、何があっても捨てなかった大切なこだわりをかなぐり捨て、暗い復讐の
炎を瞳に宿した、痛々しい少女の姿など。
「勝てるわ。あたしの体調は万全だもの……」
「いーや、勝てねえ」
「勝てる!」
 と、スタックは一瞬にして自らの意見を翻した。
「そりゃ、勝てるだろ……いつものお前なら、確実にな」
 ハッキリ言って、目の前の相手の基本的な力量は大した事はない。スタックより少
し下か、同じくらいだろう。酒場のマスターの話では特殊なアイテムや多くの小技で
武装しているという話だったが、今の彼を覆うヴァートの流れからは何かアイテムを
持っている雰囲気は全く感じられなかった。
 更に言えば、口調もどことなくハッタリをかましているように感じられる。
 多分、何らかの事情でアイテムや武器などをまとめて失ってしまったのだろう……
と、スタックは予想を付けた。
「あたしはいつもと一緒よ!」
「いつもの、理不尽な理由で俺を容赦なくぶん殴って、図々しいワガママばっか言っ
てるユイカ・ランティアはどこ行った? お前はな……」
 いつも通りの余裕のある笑みを浮かべ、スタックは巨大な剣を構える。
「いつもの甘っちょろい美学にこだわってろ……って、あれ?」
 だが。
 その時点で、クワイプは何処ともなく姿を消していた。


「おのれ……おのれおのれおのれ!!!」
 クワイプは走っていた。
 あたりの死体をゾンビに変える魔杖、隠していた各種の魔法のアイテム、武器、そ
の全てが、シオン・ヴァナハには通用しなかったのだ。
 冷凍冬眠から出してきたばかりの『精神の器』を置いて来てしまったのも痛い。あ
れは確か最後の『器』だったはず。あれがなければ、自らの体がやられてしまっても
逃げる場所がない。
 だが。
「あの大剣使い……そして、小娘……くそおっ!」
 何よりも屈辱的なのは、あの程度の小物を相手に退くしかなかった事。クワイプは
あくまでも戦士であり、格闘家ではない。あの至近距離で魔術のみを頼りに戦士や格
闘家と戦うのは不可能だったし、何よりもその後にはシオン・ヴァナハもいた。
「シオン・ヴァナハは後回しだ。まず、奴らを………」
 万全の状態であれば、ほんの数分もあれば片付けられる相手だ。
 幾ばくかの自信を取り戻したクワイプは、森の奥へと姿を消していった。


「記憶の混乱と何やら魔法処置……まあ、この程度なら軽いものですか」
 腕の中で小さな寝息を立てている女の子を見遣り、シオンは小さく呟く。
 クワイプは逃げたようだが、あの程度の輩をいちいち追う気にはなれなかった。一
時は目障りにも思っていたが、あれだけつまらない道具にばかり頼るようでは……相
手にするにもたかが知れている。
 それよりも、今はクワイプが置いていった少女の方が気に掛かった。奴の手に掛か
っているのでは、クワイプの手駒として見て問題はないだろう。だが……
「……ぱぱ?」
 どうやら目を覚ましたらしい。
「いえ。もう少ししたら、貴方の両親が来ますから。それまで、もうちょっとお休み
なさい……」
「うん……」
 再び眠りについた少女をゆっくりと地面に戻し、青年はゆっくりと立ち上がった。
「さて、と。誰か来たようですし、私も引き上げましょうか……」
 仕掛けは全て済んだのだ。後は、結果を見届けるだけ。
 少女から不吉なクワイプのローブをそっと取り去り、青年も森の奥へと姿を消した。


「嘘……」
 ユイカは、倒れている女の子にゆっくりと近寄った。
「そんな……。何で、こんな所に……」
 小さな体をそっと抱き、その顔を確かめるように覗き込むユイカ。
 間違いなかった。
 その儚げな体も、抱き寄せた時の感触も。2年前に自らの前からいなくなった時の
ままの姿で、女の子は帰ってきたのだ。
 少女の瞳に、大粒の涙がたまり始め……一瞬で、決壊する。
「こっちは生き残ってる奴はいなかったぞ……って、誰か生き残りでもいたのか?」
 別の方向を探しに出ていたスタックと朱鳥を、ユイカは涙に濡れた笑顔で出迎えた。
「うん……。朱鳥も、こっち来なよ……」
「あ…………」
 そして、泣いている二人の少女と青年が見守る中、少女はそっと瞳を開く。
 ゆっくりと辺り……ユイカ達3人の顔を眺め……頭の中の眠気が全て吹っ飛んだか
と思われるほどの元気な声で、叫んだ。
「パパと……ママだぁ!」
続劇
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