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−Prologue−
「なぁ……ユイカ……」 「何よ?」  堅いベッドに大きな体を無理矢理委ね、青年は傍らの少女へと声をかけた。 「ここ、すげ……狭い」  返事はない。こんな状況で少女は眠ってしまったのだろうか…と青年が思っている と、小さな声で返事が返ってきた。 「あんまし大きい声出さないの。ルシィオが起きちゃう…」 「あ…悪ぃ……」  狭いベッドの中、細身の体を一杯まで青年の方へと寄せ、少女は先程よりも更に小 さな声で言葉を続ける。 「なら、もっと奥に来ればいいじゃない……。あたしは平気だもの」 「……お前が大丈夫でもなぁ……。俺の方が……」  青年の太い腕にしがみつくように回された、細い、小さな腕に、きゅっと力が込め られてきた。不安さを紛らわすために無意識にやっているのだろう。  こうやって頼れる相手が居なかったのかな……と、青年は少し思った。 「もう。あたしにいちいちそんな事言わせないでよ……。せっかくいい気持ちだった のに……」 「悪い」  窓から差し込む月明かりで、部屋の中は仄かに明るい。顔を少し横に傾けると、こ ちらに顔を向けていた少女が小さく微笑んでいるのが見えた。言うほどには怒ってい ないらしい。 「まあ、何とかするわ。それじゃ、お休み。ユイカ」 「うん。おやすみ……スタック」




−ARASHI−
(その4)



Act.6

 スタックは首を軽くひねって凝りをほぐすと、大剣の柄に巻いてある革布を巻き直
す作業を再開した。先日の戦いからこの方、暇を見てこまめにやっている作業である。
逃げたローブの男……虐殺者クワイプがいつ襲ってくるか分からない以上、準備して
おくに越した事はない。
「あー。痛た……」
 ルシィオと出会ってからの夜は、正直散々だった。
 「ルーシィ、みんなと寝るの」と無邪気な笑みを浮かべるルシィオに逆らう事も出
来ず、スタック、ルシィオ、ユイカ、朱鳥の四人で一つのダブルベッドに寝るハメに
なってしまったのだから。いくらユイカと朱鳥が小柄でルシィオが6歳児くらいの大
きさしかないとは言え、無駄に大きいスタックにとってはそれでも狭い。真ん中で嬉
しそうにユイカとスタックの腕を必死に掴まえていたルシィオを潰してしまうわけに
もいかないから、気も使う。
 正直、寝た気にならない。
「ぱぱぁ。何してるの?」
 と、スタックを睡眠不足になる羽目に追い込んだ張本人が彼の広い背中に後ろから
飛びついてきた。本来なら重量級のスタックが十数キロしかない体重での体当たりで
ぐらつくはずもないのだが、『ぱぱ』と呼ばれた事で一瞬体勢を崩してしまう。何し
ろスタックはまだ19歳なのだ。
「何だ。ルシィオか……」
 ルシィオ・フィファニア。生まれた時より神聖国家ファニアの祀る神に仕える大神
官となるべく育てられた、選ばれし子供。彼女もその例に洩れず、6歳にして優しく
聡明な大神官としてファニアの神殿に入る事となる……はずだった。
 二年前、何者かによって何処かへと連れ去られるまでは。
 だが、行方不明となっていた二年の間に何があったのか。そして、その選ばれし神
童が、なぜ自分の背中に乗っかって自分の事を「ぱぱ」なんて呼んでいるのか。スタ
ックの情報網でもそこまでの情報を得る事は出来なかった。
「ねぇ、ぱぱってばぁ……」
「剣の手入れ。危ねえから、落っこちるんじゃねえぞ」
 その問題のファニアに着いてから、既に三日が経つ。
 だが、行方不明のルシィオをいきなり神殿へと連れて行くわけにもいかない。そう
いうわけで、神殿を知っているユイカと朱鳥が街に出掛け、神殿と面識のないスタッ
クがルシィオの面倒を見るという生活が続いていた。ファニアは巡礼客が多いから、
泊まる宿だけは事欠かない。
「へー」
 分かっているのかいないのか。幅広の革布がキリキリと巻かれていく様子をルシィ
オは物珍しげに眺めているだけだ。返事などは思いっきり二つ返事である。
「ねぇ、ぱぱぁ。あのきれいな首飾り、なぁに?」
 が、すぐに飽きてしまったらしい。今度は傍らに置いてある彼のアミュレットに関
心を移し、再び青年に問いかける。
「ああ、あれを使って術を使うんだ」
「さわってもいい?」
 そう聞いてはいるが、既にルシィオはアミュレットを手に取った後だ。
「いいけど、壊すなよ。すっげー大切な物なんだからよ」
 苦笑しつつも、スタックは女の子にそう返した。大切な物という割にいきなり取り
上げたりしない辺り、この青年の人の良さを如実に物語っていたりする。
「君、ぱぱにすっごく大事に想われてるね。よかったね…」
 そっと瞳を閉じ、両手の中に納めたアミュレットに優しく語り掛けるルシィオ。ス
タックの話は全然聞いていないようだが、この様子だと壊す事はないだろう。
「ねぇ、ぱぱぁ」
「んー?」
 大人しくアミュレットで遊んでいるらしいルシィオに、剣の手入れも終盤に近付い
たスタックは適当に返事を返す。
「このあみれっと、ままからもらったの?」
 その手が、止まった。
「ん。ユイカがお前くらいの頃、あいつに貰ったんだが…」
 昔、『魔法が使えるようになるお守り』と言ってユイカがくれた物なのだ。後で彼
女の母親から内緒で聞いた話では、あのアミュレットを手に入れるために、ユイカは
大変な苦労をしたのだという。
「……何で分かったんだ?」
 だが、そんな話をこの子にした覚えはない。当然、ユイカや朱鳥もあの事件の真相
をスタックが知っているとは思ってもいないはずだ。
「えっとねぇ……このコから聞いたの。大切にしてくれて、嬉しいって。そっちのコ
もだよね。ままと一緒に冒険したときに、出会ったんでしょ?」
 手入れ中の彼の大剣を指し、にっこりと笑うルシィオ。
「あ、ああ……」
 女の子の言い当てた真実に、スタックは曖昧な返答を返すしかなかった。


Act.7

「……まさか……これをあの様な者どもに使う事になろうとはな。他の『使い手』ど
もに申し訳が立たぬわ……」
 無数の呪符が貼られた漆塗りの鞘から一本の短剣をすらりと抜き放ち、ローブの男
は低い声で呟いた。
「呪い……叫び……即ち其、怨嗟の声也……」
 足下に無造作に突き刺してあった長剣に、その短剣をそっと触れあわせる。
 刹那。
ギシィッ!
 長剣が、軋んだ。
 まるで、何かに怯え、恐怖に悶え苦しむかのように。
「苦しい……か? 苦しいであろう……な。ククク……」
 フードの奥に覗く口を僅かに歪ませ、男は笑う。
ギシ……ギィ……ギ………ギ………ィ…
 大地に突き立てられた長剣は、軋み続ける。触れ合わされた短剣から『流し込まれ
てくる』大量の負の感情に怯え、その声から何とか逃げ出そうと藻掻き続ける。
「だが、我が怨嗟の剣よりは逃れられぬ。いかな聖剣、魔剣の類とて……剣に意志あ
る存在宿る限り……」
 そして。
…………ぱきぃん……
 空虚な音を立てて、剣は真っ二つに折れた。
「そう。そうして、自ら命を絶つ以外はな……」
 精霊が自ら命を絶つ時に放つ音は、斯くも空しいものか。
 そのような想いを欠片も抱く事もなく、男……クワイプ・ルガーディアは静かな笑
い声を辺りに響かせていた。


「で、明日はその神殿とやらに入れて貰えそうなのか?」
 肉の塊の刺さったフォークを皿の上に置き、スタックは傍らの朱鳥に声をかけた。
「ええ。何とか……ですけどね」
 スタックにそう答えつつ、朱鳥は席の向こうでユイカと一緒にご飯を食べているル
シィオの方を見遣る。
「にしても、あれがユイカとはね……。俺が相手の時と、全然違うじゃねえか」
 彼の言うとおり、ユイカはルシィオと出会ってから、朱鳥もかくやという甲斐甲斐
しさで彼女の面倒を見ていたのだ。そんなこまめなユイカを見るのはスタックにとっ
ては初めてだったし、朱鳥もそれほど見たことがあるわけではない。
「私やスタックの時は思いっきり地が出るから……あの子。あ、別にルシィオに猫被
ってるわけでもないんだけどね」
 普段のユイカは、自らの信念に従う為、かなり『格好良い自分』を演じようとして
いるきらいがある。猫を被るなんて大嫌いと言い張る彼女だが、そう言っている時点
で幾分かの無理が生じているのだ。
 いつかその無理が大きな反動になって返ってくるのではないか…と、端から見てい
る朱鳥にとっては心配でならない。
「地……ねぇ」
 だからって蹴られたり殴られたりするのはいい気分じゃないんだが……。生まれて
この方ずーっと地だけで生きてきているスタックは当然のようにそう思ったが、流石
に場をはばかって口には出さなかった。
 その代わりに。
「『死んでる奴は死んだままにしておくのが一番良い』……。一体、あいつの場合は
どうなるんだろうな……」
 傭兵の間に伝わる古い古い諺をぽつりと呟き、ユイカと楽しそうに食事をしている
ルシィオの方に静かに視線を戻した。
続劇
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