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−ARASHI−
(その2)



Act3

「酷いものですね……全く」
 辺りの惨状をぐるりと見回し、青年は呟く。だが、その言葉に相槌を打てる者はこ
こにはいない。
 いや……いた。
「貴公も似たような事をやっていると思ったが? シオン・ヴァナハよ……」
 燃え上がる幌馬車の一群と立ち上る死臭の中からゆっくりと姿を見せた、ローブの
男が。そして、それに従うかのように現れる、小さな影。影の方はサイズからして子
供であろうが、ローブとフードに覆われていてはいかなシオンとて中身までは分から
ない。
「今日は何が狙いです? クワイプ……」
 炎から生み出された気流が、シオンの白く長い髪を無造作に揺らす。
 ヴァートの加減と密度から、既にローブの男が虐殺者と呼ばれる男……しかも、そ
の『本体』である事は見抜いていた。何故このような場所に『本体』が出張ってきた
のかは分からないが、『本体』を倒せばクワイプ・ルガーディアという虐殺鬼をこの
世から抹消する事が出来る。
「……いえ、愚問でしたか。あなたは目的のために殺すのではなく、殺す事自体が目
的だった……そうですものね」
「左様。だが、今日は目的があるぞ……色々と、な」
 クワイプはそう答えると、ローブの内側から一本の杖を取り出した。どことなく不
吉で凶々しい雰囲気を漂わせる、不気味に節くれ立った白い杖を。
「……また新たに手に入れた道具のテストですか……くだらない」
 辺りの惨状を歩きで一巡りしながらぼやくシオンを気にする事もなく、クワイプは
その杖を軽く一振りする。
 瞬間。
 ぎぃ…………
 辺りに倒れていた死体の一群が、ゆっくりと起きあがったではないか。最初に襲わ
れた隊商の商人、駆けつけて返り討ちにあった傭兵、そして、馬車を牽いていた馬ま
でが。
 半ば焼け焦げて肉がくすぶっているもの、腕や足の数が足りないもの、武器を提げ
たもの、首のないもの。異様な死人の群が、漿液の詰まった皮袋……瞳で、シオンの
方を無感情に見つめている。
「……ゾンビ程度で私を倒せると思ったのですか?」
 シオンがたんっ! っと足下を一蹴りすると、青年の足跡が蒼白い光芒を放ち、そ
の輝きを浴びたゾンビ達がぼろぼろと崩れ去っていくではないか。
「別に。これで貴公を倒そうなどと思っているわけではないよ」
 結界術に死人が滅ぼされても、クワイプには特に感慨はないようだ。
 再びクワイプが杖を振ると、今度は幌馬車の向こう側に死人の群が現れたらしい。
炎の燃える音に重なって、力無く人が歩く音が聞こえてきた。
 そして、三人の人間の声も。
「これは、奴ら用だ。そして、貴公には……」
 炎の照り返しから生まれる深い闇に覆われたフードの奥。クワイプはそこで、その
闇よりもなお暗い、邪悪な笑みを浮かべた。


 燃える、幌馬車。
 血の臭い。
 そして、迫り来る死霊ども。
<……ユイカちゃん……>
 少女の最も奥にしまい込んだ記憶の欠片が、ゆっくりと組み上がっていく。
<ごめんね……。こんな事に巻き込んじゃって……>
 蘇ってくる。
<けど、あたしが行けば許してくれるって……あの人が……>
 蘇る……
「ユイカ……ユイカってば!」
 突如、意識の中に響き渡る声。必死に呼びかけてくる相棒の声が、少女の遊離した
意識を元の体へと引き戻してくれる。
「朱鳥……」
 悪夢の欠片を振り払うように小さく頭を振り、ユイカは押し殺すような声で返事を
返した。
「ごめん。今日は、美学なんて言ってられそうにない……」
「ユイカ……」
 朱鳥は知っているのだ。ユイカの、暴走せんばかりの怒りと悲しみの訳を。
「加減、無しで行くから」
「うん……」


「ちっ……。何でこんな所にゾンビどもがっ!」
 身長ほどもある大剣を縦横に振って相手を薙ぎ払いつつ、スタックは叫ぶ。
 辺りに生存者がいないとも限らないから、スタックの得意とする範囲攻撃魔法は使
えない。無論、ユイカや朱鳥の範囲攻撃もだ。
「ユイカ、そっちは大丈……夫…………」
 その刹那。
 青年は、言葉を失っていた。
 ユイカはゾンビの懐に飛び込んだ瞬間にいかなる秘技を使ったか、相手の腰骨を打
ち砕き、その反動でもって今度は胸元に一撃を叩き込んで肩胛骨と頸骨をまとめて粉
砕する。体を支える骨を失ったゾンビはもはやまともに動く事すらままならならず、
朱鳥が化身した炎の羽衣に容赦なく灼き尽くされてしまった。
 武器を持って攻めてくる相手には、もっと容赦がない。剣を振り下ろしてくる相手
は剣の運動エネルギーを利用して腕を一気にねじ切り、槍で突いてくる相手に至って
はいきなり炎の羽衣で包み込み、そのまま灼き尽くす。
 戦いは圧倒的……いや、あまりにも一方的だった。
「あいつ……あんなに強かったっけか……」
 既に、スタックに向かってくる死霊はいない。スタックを攻めるような余裕のある
奴はおらず、ユイカを攻めるだけで手一杯なのだ。
 そこに至って、青年はようやく気がついた。
「嘘だろ……。何で、あいつが後ろから攻撃してんだよ……」
 もともとユイカが使っている格闘技は暗殺格闘技だ。当然、背後攻撃などの効率の
良い戦い方……ユイカに言わせれば、卑怯な戦い方……が戦法の中心を占める。その
卑怯だと言い張って使わなかったような技達を、遠慮なく使っているではないか。
「行くわよ。生き残りが誰かいるかも知れない」
 羽衣を包んでいた炎を消し、ユイカが静かに呟く。
 最後のゾンビを灼き尽くした残りの灰が、暗い夜空に静かに舞い上がった。


Act4

<お願い……この人達だけでも、助けてあげて下さい……>
 幌馬車の燃え上がる炎の中、幼い娘の声が響く。しかし、その声は年相応どころか、
並みの大人ですら持ち得ないほどの気品と威厳を備えていた。
<それは構いませんが……条件は……お解りでしょうな>
 燃え盛る炎により生み出された闇をそのフードの奥にまとわせた男の言葉に、女の
子はコクリと頷く。
<行っちゃダメ!>
 倒れたまま、叫び声を上げる少女……ユイカ。右腕は死霊どもとの戦いで折れ、足
にも大きな傷を負っている。朱鳥の化身した気鎧も、ユイカ達の技量を遙かに超える
敵の攻撃によって、ボロボロになっていた。
<朱鳥……行けるかどうか知らないけど、あれ、使うよ!>
<当然でしょ! あの子を渡さないで!>
 ユイカを守るように覆っていた気鎧がすぅ……っと消え、ユイカはゆっくりと立ち
上がる。が、そのままユイカは力無くくずおれてしまう。
 既にヒビの入っていたらしい左足が、ついに折れてしまったのだ。
 それと同時に、ユイカの傍らにボロボロの服をまとった朱鳥が現れる。気鎧を形成
する力すら、既に残ってはいない。
<ユイカちゃん……ううん、ユイカお姉ちゃん、朱鳥お姉ちゃん。私、行きますね>
<行っちゃダメ! 行ったらどうなるか、分かってるんでしょ!>
 女の子は返事もせずににっこり笑うと、ユイカと朱鳥の唇に、自らの唇をそっと重
ね合わせた。せめてもの、思い出にと。
<私がここからいなくなったら、治癒術が掛かるようにしておきました。酷い怪我さ
せちゃって、ごめんなさい……>
<怪我なんてどうでもいいよ! あたしの……あたし達の可愛い妹を守るためだも
ん! こんな……こんな怪我くらい!>
 だが、もうユイカ達に動くだけの力は残されていない。体も、ヴァートも、限界を
とうに超しているのだ。せいぜい、何とか無事な左腕を伸ばすのが精一杯。
<それだけ言って貰えれば、私……十分です。ユイカお姉ちゃん……お姉ちゃんが美
学を貫き通す事が出来るように……それから『あの力』を使わなくても済むように、
私、いつもお祈りしてますね>
 そして少女は、護衛の傭兵達を全て虐殺したローブの男に連れられ、何処ともなく
姿を消した。
<ルシィオ…………>
<ほんとは私……ユイカお姉ちゃん達の事、ママみたいに思ってたんですよ>
 最後に少女が笑っていたかどうかは、涙に滲んで見えなかった。
続劇
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