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凶風
-Magatsu Kaze-
(その2)



 「キミは……一体何者なの? 朱鳥をこんな目に遭わせておいて…答えなさい!」
 シオンとその槍の放つ猛烈な障気に当てられてしまった朱鳥を抱きしめたまま、
ユイカは叫ぶ。
 「私はシオン・ヴァナハ。しがない傭兵ですよ」
 辺りを取り囲む男達を見回しつつ、シオンはその質問にごくごく簡潔に答えた。
と、うずくまったままの朱鳥を見遣り、言葉を続ける。
 「おや……。そちらのお嬢さんには少し刺激が強すぎたようですね。貴方や向こ
うの子供は魔力を感じないようでしたから大丈夫だと思ったのですが……失礼」
 「何の事……?」
 魔力の流れを感じる事の出来ないユイカは首を傾げるだけだが、朱鳥の方は違っ
ていた。
 「障気を押さえてくれたみたいね…。感謝するわ……」
 「朱鳥……大丈夫なの?」
 ユイカの言葉に、朱鳥は小さく首を縦に動かす。さすがにまだ本調子ではないよ
うだが、蒼白だった顔にわずかに赤みが差し始めていた。
 「よかったぁ………………」
 うずくまる朱鳥を抱いたまま、安堵のため息をつくユイカ。
 「さて。そちらのお嬢さんが大丈夫になった所で、黒幕の方に御登場願いましょ
うか…。奇妙な刺青で樹封陣を使った調伏術士を始め、この方々を操っている張本
人の方をね……」
 その冷徹なシオンの声が放たれた瞬間、ユイカ達を囲んでいた男達の囲いの一角
が崩れた。
 背後から放たれた鋭い刃に全身を切り裂かれ、数人の男が力なく崩れ落ちる。
 「お初にお目にかかる…」
 『味方』である筈の男達の骸を踏みしめてに立つ、一人の男。額に怪異な刺青を
施した、やけに細身の男だ。
 「我輩の名はクワイプ・ルガーディア。そこのシオン青年と同じく、『最強』を
求める求道者だ」
 傲岸不遜を絵に描いたような瞳で、ユイカ達を見遣る。
 「何が求道者だ……『虐殺者』めが………」
 嫌悪感を僅かに込めた声で、シオンは小さく呟いた。


 「『虐殺者』…。ほほぅ、一万の戦士を葬ったあの高名な『殺戮者』殿にそう言
って頂けるとはね…。まあ、我輩は十万の人間を葬りましたが……」
 クワイプはそう言いながら、片手を上げる。
 その指示に従い、男達は無言で動き始めた。クワイプに意志を封じられ、ただの
操り人形となった男達が。
 「連中は一気に勝負を着ける気…ですか。貴方はどうします? 共同戦線を張ろ
うというのならば、力をお貸しさせて頂きますが……」
 ランスをひょいと担いだままのシオンは、井戸端会議でもするような雰囲気でユ
イカに声を掛けた。とは言え、既に一分の隙すらもない。
 「キミは朱鳥をあんな目に遭わせたんだもの。大嫌いよ」
 ユイカは小さく呟き、ゆっくりと立ち上がる。
 それに続くように彼女の傍らへと寄り添う、朱鳥。その背中に有るのは、焔の翼
だ。ユイカを包み込み、護るかのように燃え上がる、真紅の焔の翼。
 「朱鳥……。調子は大丈夫? いける?」
 「ええ。我が主の望みのままに」
 首肯く朱鳥を見遣り、ユイカは巻いていたマントをばさりとひるがえらせた。ひ
るがえるマントは一瞬で焔の塊へと変わり、朱鳥を飲み込んでさらに激しく燃え上
がる。
 「けど、あのクワイプって奴はもっとイヤ。あっちの子も護ってあげないといけ
ないしね。キミはあいつの相手をしてくれるんでしょう?」
 「交渉成立…ですか」
 答えるシオン。
 「ボク。キミはあの樹のあった所で隠れてなさい」
 燃え盛る真紅の羽衣…『気鎧』をまとい、ユイカ・ランティアは後にいる男の子
へと声を掛けた。


 「私が最強を求める……? ふむ…そのように見られていたとは……心外ですね
…」
 ランスの柄でクワイプの斬撃を裁きながら、シオンは苦笑いを浮かべた。対する
クワイプの武器は四本の短剣だ。間合が近い分、大型武器のランスでは分が悪い。
 「何を言うかね? 一万の人間を葬り、そのランスに血を吸わせた張本人が……
。『殺戮者』の異名は伊達ではあるまいに…」
 四本の短剣を時には投擲し、また時にはお手玉のように扱ってフェイントをかけ
ながら、クワイプは笑う。傀儡の業を込めて操るクワイプの短剣は、変幻の動きを
持って相手の死角から攻める事が出来るのだ。
 クワイプはこの世に存在するほとんどの武器の使い方を習熟していた。全ての武
器が使えれば、その中から最も相手が苦手とする武器を選んで戦う事が出来る。無
論、勝つためには戦士相手に魔術を使う事にも躊躇しない。
 彼が求めるのは、『最強』の二文字だけなのだから。
 「一万の戦士を殺したという事ならば否定はしませんよ。しかし、私が求めるの
は『最強』などではなく、『自分の限界』。禁呪を躊躇なく使い、戦士でもない人
間すら無意味に殺す『虐殺者』と同列に見られたくは有りませんね…」
 しかし、この状況ですらシオンの方がほんの僅かだけ、クワイプを凌いでいた。
限界まで高められた槍の技が、万能の戦技を圧倒しているのだ。
 「フフフ…殺す事に変わりはあるまい…。無論、シオン君にも死んでもらう。我
が秘儀・六幻刃にかかってな!」
 四本だった傀儡の短剣が、六本に増えた。いや、クワイプの幻術によって、六本
の短剣はさらに数を増していく。
 「ふむ……。これでは隙でも作らないと勝てませんか…」
 さすがに五割増+フェイントになると凌ぎきれないのか、シオンは足を一歩ずつ
後へ下げ始めた。


 「……とは言ったものの…どう相手したものかしらね」
 二十人を越える男達に囲まれたまま、ユイカは小さな声でそう呟いた。
 相手は完全な素人だし、操られているから動き自体も鈍い。『気鎧』をまとった
ユイカにとっては大した事のない相手のハズなのだが…
 「ったく…死霊じゃないんだから…」
 どうやら痛みも何も感じないらしく、いくら倒してもすぐに立ち上がってくるの
だ。まるでアンデッドを相手にしているような、陰欝な気分になってくる。
 桜の樹の跡にいるはずの子供の所に向かっていないのが、せめてもの救いといっ
た所か。
 「お嬢さん! 彼等は我輩の術で意志を奪われているだけなのだ。お嬢さんの力
であまり殴ってばかりいると、哀れな一般人達は本当に死んでしまうぞ? ハハハ
ハハ」
 と、そんなユイカに掛けられる、クワイプの嘲笑。相手を圧倒しているから、随
分と余裕があるのだろう。頼みの綱のシオンは巨大なランスの石突きを石畳に立て、
防御に撤しているのみだ。
 だが、その声に対して怒りの声を上げるであろう筈のユイカの反応は、クワイプ
の予想を越えていた。
 「なんだ、術で操られてるだけなのか……。何で操られてるかと思って困ってた
んだけど…」
 攻撃を受け流すために開いていた拳を軽く握り、ユイカはくすり…と可愛らしい
笑みを浮かべる。
 「悪いけどあたし、そういう傀儡系の術の相手は慣れてるのよね…。解放呪文の
詠唱よろしく、朱鳥!」
 (ふふっ……了解!)
 その声と共にユイカのまとっていた炎の羽衣がその火力を上げ、彼女の周囲を凄
まじいスピードで巡り始めた。
 ユイカ本人は魔法が使えないが、朱鳥は魔法を使う事が出来る。術者たる朱鳥が
力を集め、戦士たるユイカが力を放つ。二人で一人の彼女達が最も得意とする戦い
方だ。
 「ライ流傀儡殺術…浄禍清焔……壱式…」
 気の流れを整えるかのように小さく呟き、一瞬だけ息を留める。そして。
 「炎羅……焔螺ぁっ!」
 叫びによって解放された焔の渦はユイカを中心として爆発的に膨れ上がり、男達
を一瞬のうちに飲み込んでいた。


 「彼等の呪縛も解放されたようですね……。さて、と。これで貴方の陳腐な陰謀
もお終いですよ。クワイプ」
 しかし、そのシオンのセリフにもクワイプは嘲りの笑みを浮かべるのみだ。
 「ハハハ! その言葉、我輩を倒してから言って貰おうか」
 クワイプは六本の短剣をひょいと放り投げ、落ちてきた端からシオンのランスへ
と短剣の斬撃を叩きつけた。
 ガッ……ガキッ…
 変幻の六連撃を食らったランスは押され、シオンもそれにならって一歩下がる。
ランスを安定させるために石畳の上に石突きを引っ掛けてはいるが、それも石畳の
表面を削るだけで、すぐに滑ってしまう。
 「いい加減しつこいな、シオン君! 我輩は隙など作らない。そして、シオン君
は隙のない我輩には絶対に勝てないのだよ! いい加減悟りたまえっ!」
 いらついた口調で再び繰り出される、連撃。しかし、その6本の短剣はフェイン
トでしかない。この間に魔術で透明にした7本目の短剣が、既にシオンの背後へと
一瞬で回り込んでいたのだ。
 まだ、目の前の相手はその事に気付いていない。
 「ふふふ……。さらばだ、シオン君!」
 シオンの頭を貫くべく、クワイプは7本目の短剣を発動させた。


 「『策士策に溺れる』……ですか。昔の人はよく言ったものですね……全く」
 シオンはふと、エスタンシアに伝わる諺を口にしていた。
 彼の足元に転がるのは、眉間を短剣に貫かれたクワイプの亡骸だ。
 「ねえ、結局どうやって倒したの? 降着してたのが一瞬で決着付いたから、よ
く分かんなくって……」
 多少ふらつきながら、そう言ってきたのはユイカ。彼女の方も傀儡の呪縛を解き
放つ焔で決着をつけたばかりなので、まだ気鎧は解除していない。
 「簡単に言えば、彼が私の死角から放った短剣を私が避けて、それが彼の眉間を
貫いたんです。短剣を透明にしたから私が気付いていないとでも思ったんでしょう
ね…」
 短剣を紙一重で避けたシオンは、その短剣へと加速の精霊術を掛けたのだ。一瞬
で普段の数倍のスピードとなった短剣にクワイプは対応しきれず、文字通り自爆し
てしまったのである。
 「そんな事言われると、さっきの動きまで全部計算ずくみたいな気がしてきたわ
……」
 「ええ。本当は彼に隙を作るために準備していたのですが…まあ、小手先の技で
すけれども」
 シオンの足元には、何時の間にかランスの石突きによって魔法文字…ルーンが描
かれていた。石畳にわざわざランスの石突きを突き立てて防御していたのは、この
ルーンを描くためだったのだ。
 「実際には……」
 シオンはそう言いながら懐から小さな宝石を取出す。力晶石と呼ばれる、ヴァー
トを吸って魔法の力を発揮する魔法の鉱石だ。
 「こうするのですよっ!」
 その声と共に足元の石畳に叩きつけられる、力晶石。
 足元の石畳に『鋭刃』のルーンを書き込み、力晶爆で吹き飛ばす。ルーンの力の
残っている石畳の欠片は無数の鋭い刃となり、敵に襲いかかる。
 そして、その石畳の刃が襲いかかったのは……
 樹の影からこちらへ向かっていた、男の子だった。
続劇
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