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6.夕陽は沈み

「ああ、先客が居たのね」
 舞い降りた木の上にあるのは、肩を寄せ合う小さな二人組。
「お邪魔?」
「悪いな。他を当たってくれ」
 短い問いに照れる様子もなく、フィーヱは穏やかにそう答えてみせる。
 シャーロット達の目的はノアの警護であって、場所に対してこだわりがあるわけではない。まして、先客が居るならなおさらだ。
「…………」
 だが、さっさと樹上から降りたシャーロットに対して、エルフの娘はその場所から離れないまま。
「どした、セリカ」
 しがみついてくるシヲを甘えさせたまま、フィーヱはセリカへ言外に移動を促している。
 やがて。
「何でもない。良かったね、フィーヱ」
 小さくそう言い残し、エルフの娘はフィーヱ達の居た木から身軽に飛び降りていく。


 指先に伝わるのは、針金を揺らす水の流れ。
 紙の限界を察知するのは、長年培われた直感ただ一つ。
 ミスティの力なのだろう。一瞬ごとに変わる水の流れをかいくぐっていくが……その激しさは、一瞬の判断ミスが命取り。
「だぁぁぁっ。負けたーっ!」
 宙を舞うのは、中央に大穴の開いた針金細工だ。
「もう三つ目だけど、そんなに勝ちたかったの?」
 四つ目の代金を差し出す気配はない。どうやらこれで、打ち止めのようだ。
「まあな。勝ったら何でもしてくれるんだろ?」
「内容によるけど……何? 身体?」
 さらりと口にするミスティに、嫌な顔を一つしておいて。
「ちょっと、流通がらみの調べ物をして欲しくてな」
「調べ物ねえ……その手の調べ物なら、あたしよりマハエか王都のミラにでも聞いた方がいいでしょ」
 ミスティは確かに独自の情報網を持っているが、人間社会に関係するルートの情報であれば彼らの方が範囲は広いはずだ。
「…………いや、あいつにはまだなんてぇか、借金がな……」
 どこか言いにくそうに口にして。
 ふと空を見上げれば、巨大な木の生えた月の脇に輝くのは、小さく輝く一番星だ。
「おっといけねえ。そろそろ支度があるんだった」
 穴の開いた針金細工をミスティに返し、律はその場を後にする。
「それにしてもこれは難しいですね。ミスティさんはこれ、すくえるんですか?」
「すくえるわよ」
 そう言ってミスティが取り出したのは、小さな網だ。
「いえ、そうではなくて……」
「んー。商売道具は使いたくないんだけどなー」
 もちろんノアの言いたいことは理解している。嫌々ながらも針金細工の紙網を取り。
「こうやって……こう」
 口にした瞬間には、薄紙の上で跳ねているのは小さな赤いキンギョーだ。
「お主いま、どうやった?」
「だからこうやって」
 モモの問いに、キンギョーをひょいと水流の中に還し。
「こう」
 次の瞬間には、やはり薄紙の上で別のキンギョーが跳ねている。
「わかんなーい」


 一番星が輝けば、日没が来るのはあっという間だ。
「今日は楽しかったよ、忍ちゃん」
 明かりの灯り始めた祭の町並みを眺めつつ、青年は傍らの浴衣の娘に優しく声を掛ける。
「わたくしもですわ」
 夜の灯火に照らされる娘の表情は、昼間のそれとは違う魅力を覗かせる。
「それでな……」
 カイルの言葉は、それ以上は紡げない。
 唇にそっと触れ合わされた、忍の細い人差し指によって、止められている。
「……それ以上は、ね」
 穏やかに微笑む忍の今のそれは、夜の灯火に照らされてなお、いつもの酒場での表情と同じもの。
 それは、カイルの言葉の続きを示し……忍の答えさえも、示すもの。
「……ありがとう」
 小さく呟く男の背中に、打ち上げ花火の光と音が穏やかに降り注いでいく。


 街道の彼方から聞こえるのは、色とりどりの閃光と、高らかな破裂音。
 祭の終幕を告げる、花火の音だ。
「ああ、間に合わなかったか。残念!」
 がらがらと音を立てて疾走する馬車の上。天を彩る花火の様子に天を仰ぐのは、小太りの中年男だ。
「まあそれでも、無事に帰ってこられただけ良しとしようではないか」
「急げば、後夜祭には顔くらい出せるかね」
 男の傍らに腰掛けた女性は、小さくため息を吐くだけだ。
「まだ諦めていないのか、君は」
 無事に帰れたのだ。祭は翌年もあるだろうし、これ以上急ぐ必要はどこにもない。
 呟く女性が見上げるのも、また空を彩る大輪の花火。
 恐らくは火薬の研究をしているミスティ辺りが、古代人の誰かの知識を加えて作ったものだろう。
 そんな中。
「…………」
 次に咲いた花火に、女性は言葉を失った。
「どうしたね」
 中央から同心円状に広がっていた今までの花火とは違う。
 火薬の配合の調整に魔法的な補助を加えて作られた、空に文様や図形を描く仕掛け花火だ。
 中年男には、その図形が何を意味するものかは分からなかったが……女性の表情を見る限り、彼女にとっては重要な意味を持つ物だったのだろう。
「急ぐぞ。私も少々、やる事が出来た」
 そして馬車は、速度を上げる。
 祭の後の、ガディアを目指して。


続劇

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