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5.ラスト・リゾート

 律の店から少し離れた場所で。
「アルとマハエはいいの?」
 手を引かれながら小さく首を傾げるのは、ナナトである。
「あの二人は、二人っきりにしてあげた方がいいんですって。ナナトは、アルジェント様とマハエさんに、もっと仲良くなって欲しくない?」
「なってほしい!」
 手を引く娘に元気よく答えれば、ノアも穏やかに微笑んでみせる。
「それじゃあナナト、わたしたちもデートしましょう!」
「わーい! デート!」
 元の主の白い手に頬を寄せ、ナナトも幸せそうに歩き出す。


 そこから少し離れた屋根の上。
「マハエとアルジェントがいないけど、いいの?」
「まあいいでしょう。マハエはかなり寝不足なのでしょう?」
 問うシャーロットに、セリカは小さく頷いてみせる。
「もう三日くらい、寝てないはず」
 それだけの寝不足が続けば、判断力も注意力も限界まで鈍っているはずだ。だからこそ、追跡をまく事に関しては素人同然のノアとナナトに出し抜かれるような失態もしてしまうのだろう。
「それよりセリカ。この間の話だけど……一緒に、国許に戻ってくれない?」
「戻らない……むぐむぐ」
 エルフの答えは、以前と変わることはない。
 いつの間に買ってきたのか、律特製のお好み焼きを箸で器用に食べている。
「あなた、いつ買いにいってるの」
 律の情報収集に行けとは行ったが、行っていた所を見た記憶が無い。もちろん、お好み焼きを買いに行くなど論外だ。
「秘密。食べる?」
 故に、差し出されたひと口分からぷいと顔を背けてみせる。
「いらないわよ」
「あーん」
 ひと口分のお好み焼きは、セリカの言葉と共にさらに突き出されて。
「…………あーん」
 仕方なく、シャーロットは口を開く。
「先に、一度実家に戻る」
 その言葉の意味を解するのが一瞬遅れたのは、熱々のお好み焼きを放り込まれたから。
「え………? それって……」
 お好み焼きをゆっくりと呑み込んで、エルフの娘はその言葉の続きをもとパートナーに紡いでみせる。
「それが終わったら、行っていい?」


 薄紙に開いた大穴から覗くのは、草原の国の姫君の澄んだ瞳。
「私もダメだったー。ナナトは?」
「うー。やっぱりこれ、むつかしいー」
 ナナトも早々に薄紙に大穴を空け、ぷぅっと頬を膨らませている。
「ふふっ。王女様でも、手加減はしないわよ」
「望む所です」
 そう言って意気揚々と新たな針金の円環を受け取るが、結果は推して知るべしだ。
「さあ、誰か他にすくえる奴はいるか!」
 草原の国の王女を容易く討ち取り、ミスティは高らかに声を上げる。
 その手に掲げているのが先日のお菓子コンテストで優勝したターニャのわらびもちでなければ、もっと様になっていただろう。
「ここにいるぞ!」
 そしてその問いかけに答えたのは、勇ましき男の声。
 群衆を分けて姿を見せたのは……。
「あら、律。お店はいいの?」
「リントに任せてある」
 祭の装いなのだろう。からりと下駄を鳴らし、悠然と一歩を進めてみせる。
「…………本当に、いいの?」
 その問いに答えることもなく、律は肩に羽織っていた半被を勢いよく天へと解き放つ。
「きんぎょバスターりっくんと呼ばれたこの俺が、金魚すくいを見て引き下がるわけにはいかねえだろ!」
「よくわからないけど、やるんなら……はい」
 差し出されたミスティの手に、懐から出した小銭を渡し。
「む。良い目をしておるな」
 水面を見つめる律の瞳に感嘆の声を漏らすのは、先ほど対決に敗れたモモである。次のリベンジは、来年の祭でとなるのだろう。
「そうなんですか?」
「さて、どうなるか……」
 ノアの言葉に小さく頷き。
「そこだっ!」
 律の構えた円環が、陽光を弾いてきらりと輝いた。


「お好み焼きくださーい!」
 店頭で声を上げたのは、ルードを肩に乗せたドワーフの娘。
「やってないのだ」
 だが、返ってきたのはつれない返事。
「え。でも、ここりっつぁんのお好み焼き屋だろ?」
 看板には律のお好み焼き屋と書いてある。確かに律は席を外しているようだが……。
「律がいないから、追加が焼けないのだ」
「あー」
 確かに鉄板の上には何も乗っていない。どうやら律が席を空ける前に残していった作り置きは、全部売り切れてしまったらしかった。
「じゃあ、オイラ焼いていい?」
「焼き方知ってるのだ?」
「たくさん試食したから、たぶん大丈夫だ!」
 見れば、種はまだ鉄板の脇に置いてある。ソースもあるし、野菜は足りなければ買いに行っても良いだろう。
「じゃあいいのだ。野菜はそこに置いてあるのだ」
 そう言ってリントが指さすのは、キャベツの山。
「兄さん、大丈夫なの……?」
「大丈夫大丈夫。何とかなるって!」
 不安げなタイキの言葉に軽く返し、ダイチはひょいとキャベツを取りあげる。
「ルービィさん……」
「ダイチ! あたしおっきいのがいい!」
 ドワーフの娘は元気よくそう叫び。
 肩に乗った幼子のルードは、その様子をニコニコと見守っているだけ。
「任せろ! 特大サイズで焼いてやるからな!」
 まな板の上をゴロゴロと転がるキャベツをざくざくとめった切りにしながらのダイチの言葉に。
 弟は、小さくため息を漏らすのだった。


続劇

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