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7.別れの言葉と、再会するものと

 祭が終わった後に始まるのは、祭を偲ぶ後夜祭。
 会場にゆったりと流れるのは、ステージからの穏やかなメロディだ。
「そっか。お前も自分の国に……」
 ターニャの奏でる旋律に身を委ねながら、グリフォンの言葉にマハエは小さくそう呟いてみせる。
「ああ。これの封印も解いてしまったしな」
 先日の泰山竜との戦いで、黒龍に戻ったことを示しているのだろう。龍族のしきたりはマハエには分からないが、今まで彼が龍の姿に転じなったことからも、あの時の化身がアシュヴィンにとって重要な決断だった事は想像が付く。
「ジャバウォックは?」
「無論、連れて行く。汝らに迷惑は掛けんよ」
 ジャバウォックの向こうには、ターニャの音楽を聴いているノアやアルジェントの姿がある。
 その様子を見る限り、彼女達を見て暴走する事ももうないだろうが……だからといって、そのまま放り出して良いものでもないだろう。
「なら助かる」
 ゆっくりと流れるターニャのメロディに、穏やかな声が重なり合う。
 忍である。
「おう、おぬしらも来ておったか」
 忍の歌を黙ったままで聴いていたマハエ達の元に現れたのは、十五センチの娘たち。
「アシュヴィン」
「この姿の時はグリフォンを呼んでもらおう」
「どちらでも良いわ。それよりカナンから、国に帰ると聞いたが……本当か?」
 ディスの問いに、グリフォンは再び小さく頷いてみせる。
「ああ。ジャバウォックも連れて行く」
「ふむ……ならば、わらわも付いていこうかの」
 ジャバウォックとは、ディスも何かと因縁がある。やはり、はいそうですかと放り出すのは少々抵抗があるところだったのだ。
「それは構わんが……」
 少々性格に難はあるが、ディスの腕は折り紙付きだ。何かあった時にジャバウォックを抑えることも出来るだろうし、グリフォンとしても拒む理由は特にない。
「ディス姉もガディアを出るのか?」
「うむ。コウ、おぬしには約束しておった故、ビークをいくつかくれてやろう」
 微妙な表情を浮かべているコウに悪戯っぽく微笑めば、流れていたメロディと歌が終わりを告げる。
「さて、と。行くぞ、ジャバウォック」
 それを合図に立ち上がるのは、グリフォンだ。


 芝生の上に転がっているのは、簀巻きにされた誰かであった。
「んーっ! んーっ!」
 猿ぐつわもかまされたそいつは、芝生の上で芋虫よろしくうねうねとうごめくだけ。
「あの……ダイチさん、放って置いていいんですか?」
 ジョージの言葉に、律もカイルも軽く手を振ってみせるだけ。
「いいのいいの」
「だな。どうせダイチの奴、歌おうとするんだから」
「あー」
 だから、ステージを眺めているルービィだけでなく、彼の弟さえもダイチのことを放っているのだろう。
「それより、あれってジャバウォックじゃねえのか? いいのかね」
 先ほどの穏やかなメロディとは一転、舞台は鋭い剣舞が行われている。黒い肌の青年はグリフォンだったが、相手をしている男は……仮面こそ付けているが、その正体は明らかだった。
「構わんであろ。どうせ誰も気付いておらぬわ」
 モモの言う通り、ジャバウォックの正体は『月の大樹』の一部の面々にしか明らかになっていない。さらに言えば、手配を受けた賞金首がこうして堂々と表舞台に出てくることなど、誰も想像しないだろう。
「あっ。また誰か入ってきた!」
 そんな事を話していると、剣舞に乱入してきた影がある。
「誰じゃ、あれは」
 モモの覚えのあるガディアの冒険者ではない。ちらりと視線を送ったカイルも小さく首を振っているあたり、彼も知らない使い手なのだろう。
 タイキの様子からも、どうやら草原の国の騎士というわけでもないらしい。
 だが。
「……おいおい。アシュヴィンの奴、本気で斬りかかってねえか? 殺気ダダ漏れだぞ」
 アシュヴィンだけは仮面の乱入者が何者か、把握しているのだろう。
 先刻までジャバウォックを相手にしていた時とは全く違う太刀筋に、律は小さく身を震わせる。 
「ふむ……相手もそれを十分いなしてはおるが……」
 かなりの使い手である事は分かる。だが、そこまでの使い手ならば、ここにいる者の誰か一人くらいは知っていてもおかしくはないはずだ。
「大丈夫だ。あの程度で奴が死ぬタマか」
 代わりに答えを持ってきたのは、背後からの女性の声だ。
「ミラ! 帰っておったのか!」
「帰ってきたばかりだよ。久しいな、モモ」
 『月の大樹』の本当の主から差し出された酒瓶を、モモは嬉しそうに受け取ってみせる。
「てか、その口ぶりだとあの二人目の仮面の正体……知ってるのか? アンタ」
 律の問いに、ミラはまだ答えを返さない。
 代わりに小さく視線を向けた舞台では……ちょうど、グリフォンの刃が乱入者の仮面を弾き飛ばした所だった。
「むぐむぐ……あっ!」
 声を上げたのは、猿ぐつわをようやく外したダイチと。
「あ!」
 剣舞を真剣に眺めていたジョージの二人。
「お師匠!?」
「先生!!」
 そして次の言葉が放たれたのは、全く同じタイミングだった。
「そうか。あれが拾ったと言うておった古代人というのは、おぬしか」
「あ……はい」
 頷くジョージに、本来の用事を思い出したのだろう。
 ミラは一同に向き直り。
「そうそう。先ほどの後夜祭が始まる前の花火、あれを上げたのは誰だ。ミスティか?」
「いや、俺だけど?」
 ミスティは、材料と場所の提供をしただけで、作業にはほとんど関わっていない。実際の作業のほとんどは律が行っていた。
 もちろん、花火の仕込みやセレクトもだ。
 だが。
「あの魔法花火……丸に違い剣と杵の紋も、貴殿か」
 予想外のその問いに、さしもの律も表情を変えるのだった。


続劇

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