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12.選ばれた道筋

 立ち上った赤いオーラは、少し離れた場所で馬車を疾駆させるジョージからも見ることが出来た。
「あれは…………!」
 その禍々しい色を、忘れるはずも無い。
 猫探しの大騒ぎの中、背筋も凍らんばかりのオーラを放つぬこたまの姿を。
「まさか、リントさん……!」
 慌てて進路をガディアから前線に戻そうとするが……。
「ジョージ、空いてるんだったら乗せてくれ! こっちに怪我人がいるんだ!」
 掛けられた声に、一瞬迷い。
「…………分かりましたっ! 乗ってください!」
 自らに出来ることを優先させ、ガディアへの進路を再び選び直すのだった。


 木々を抜けた先に広がる光景に、モモは小さく息を呑む。
「おぬしら! あれは……」
 そこにあるのは、赤いオーラをまとってゆらり立つ、二足歩行のネコの姿。既にオーラは実体としての形を持ち、五メートルほどの大きさにまで成長しているではないか。
「リントがマタタビ酒呑んで、パワー解放するとか何とか……」
 それはまさしく、あの猫探しの日の再現であった。
「むぅ……あれは解放では無く、暴走ぞ」
 ゆらりと一歩踏み出した赤い姿は、二歩、三歩とその歩みを加速させ、巨竜に向けて全力で駆ける。
 竜の側もそれを今まで以上の脅威と解したのだろう。鋭い咆哮を叩き付け、牙をむきだして威嚇する。
「暴走って……じゃあ、誰か抑えられるんですか……?」
「分からん。あの時は古代兵が落ちてきて、たまたま元に戻ったが……」
 実際、モモも暴走状態のぬこたまと戦ったことは無いのだ。
 今の、竜の牙を身軽な動作でかいくぐり、ドロップキックを叩き付けるぬこたまとどこまで戦えるのかは……アギはおろか、当のモモにも判断のしようが無い。
 そして今はあの時の切り札となった古代兵も、ガディアの施療院で目覚めることの無い眠りに就いているのだ。
「……分かっておると思うぞ、リントも」
「ディス……」
 それ以上の言葉を、ディスが紡ぐことはない。
 上空からぬこたまと巨竜の戦いを見守っているグリフォンをちらりと見遣り、それきり黙ったままだ。
「とはいえ、リントの想いは無駄に出来ねえだろ。こっちも出来ることをしねえとな!」
 そう言ってバラバラと矢の束を放り投げたのは、律である。
「ターニャ! 撤退する連中から、余った矢弾もらってきたぜ!」


 竜の体内。ガレキの山としか思えない木の幹や折れた枝を踏み越えながら進むルービィとダイチが白衣の背中を見つけたのは、二人が合流して少ししての事だった。
「ヒューゴ! 兄ちゃん!」
 大きくライトを振れば、向こうもこちらに気付いたのだろう。傍らの巨躯の青年と一緒に、ルービィ達に手を振り返してくれる。
「二人とも、無事でしたか。良かった」
「ここって、竜の体内のどの辺りなの?」
 周囲をライトで照らしても、ぶよぶよとした桃色の壁とガレキの床があるだけだ。
「たぶん、食道かそれに相当する辺りだとは思いますが……」
「じゃあここを攻撃すれば良いのか?」
「やってみてもいいですけど」
「なら、でえいっ!」
 桃色の壁に向けて槍の一撃を叩き付けるが、思った以上に固い手応えが伝わってきた後、あっさりと弾き返されてしまう。
 もちろんダメージはおろか、傷付いた様子もない。
「なんだこれ。固い……?」
「この辺りは固い物も呑み込む都合で、かなり丈夫に出来てるんです。再生も速いですし、効果はほとんどありませんよ」
「へぇぇ……」
 アギの兄も大剣を叩き付けているが、僅かに表面を削ぎ取っただけで、内部を傷つけるまでには至らない。
「理想を言うなら、消化器官よりも気管に入れた方がいいんですが……」
 消化器はかなり奥まで進まなければ、皮の薄い箇所には辿り着けないし、胃酸などの脅威となるだろう障害も多い。
 反面、呼吸器であれば、大きな血管も通っているだろうし、何より器官の破壊そのものが大きなダメージとなりうる。
「じゃあ急いでそこに行こうぜ!」
 そう言って走り出したダイチを、大きな手で止める姿があった。
 アギの兄である。
 抗議の声を上げようとしたダイチを無言で制し、竜の内臓に振り下ろしたばかりの大剣を構え直す。
「一緒に呑み込まれた魔物ですか……」
 眼前にあるのは、三メートルほどの小型竜。
 どうやらヒューゴの見立て通り、泰山竜の暴食に巻き込まれてこんなところまで連れてこられたらしい。
 これもまた、消化器官をルートに取った場合の脅威の一つ。
「お前達は先に行け」
 響くのは、唸り声に混じる人の声。
「みんなで戦った方が早いって!」
 槍を構えようとするダイチだが、アギの兄はその様子に首を縦には振ろうとしない。
「いえ、先に行きましょう。今は時間が惜しい」
「ダイチ……」
 二人の言葉に、ダイチは僅かに動きを止め……。
「死なないでくれよ」
 ヒューゴの言葉に僅かに頷き、大剣を提げた戦士は竜に向かって駆けだしていく。


続劇

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