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13.怪獣大決戦

「皆は、大丈夫なのでしょうか……」
 ガディアの小高い丘の上にある屋敷で呟くのは、草原の国の装いをまとう娘である。
「さっきから竜の咆哮も聞こえてくるし、善戦しているとは思う」
 バルコニーを隔て、街道の向こうに見える巨竜は、少しずつ大きくなっていた。今までに比べれば侵攻速度は鈍くなっているようだが、先ほどの竜の絶叫といい、赤い輝きといい、果たして彼の地ではどれだけの死闘が繰り広げられているのだろうか。
「ぜんせんって?」
「頑張ってる、って事よ」
 首を傾げるナナトの様子に、並んでその光景を見ていた他の者達もそれ以上の言葉を紡げずにいれば……。
「ぐわぁっ!」
 バルコニーに至る通路に響くのは、清潔に整えられた館にそぐわぬ血生臭い声。
「っ!」
 血の匂いが漂ってくるよりも早く。
 通路の側と、バルコニーの側。双方から姿を見せたのは、黒い仮面を身につけた十五センチの小柄な影だ。
「やはり来たか!」
「……結構護衛が残ってるんだ」
 そんな中、たった一人いる、仮面を付けていないルードは……この場にいる誰もが見知った顔であった。
「フィーヱ!」
 ハートの女王に付いて行ったと、話だけは聞いていた。しかし、こうして敵として相見えるとは……。
「行け」
 そんなセリカ達の感傷など気にした様子もなく。
 黒いルードの指揮に合わせて、仮面のルードが一斉に飛びかかる。


「み゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
 大きく開かれたぬこたまの口から吐き出されたのは、まとうオーラよりも強い紅の光。
「うわ、なんか出した!」
 咆哮と共に放たれたそれは厚く硬い泰山竜の竜鱗を焼き焦し、巨大竜に苦悶の絶叫を上げさせるに十分な威力を持つものだ。
「だいぶ押してないか……?」
 口からの閃光に、竜の動きをかわす軽快なフットワーク。時折放たれる蹴りや拳の一撃も、地味ではあるが着実にダメージを与えているかのように見える。
「今でこそ押してはおるが、どこまで持つかは微妙な所であろうな」
 モモの言う通り、ぬこたまのパワーアップは一時的な物。その効果が続く間に押し切れれば良いが……。
「み゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
 否。
 押し切れれば、ではない。
「やはり、ここで押し切るべきじゃな……」
 呟いたモモがまとうのは、薄桃の輝きだ。
 燃え立つ炎にも似たそれをつまらなそうに払いながら、少女は上空の黒い影にも声を放つ。
「グリフォン……いや、アシュヴィン。おぬしもどうじゃ」
「ふむ………」
 対する男のどこか含むような呟きに、声を荒げたのは意外な人物だった。
「ふむじゃないわよ! あんたも出来ること、やりなさいよ! まだ切り札の一つや二つ、隠してるんでしょう!」
「ア、アルジェント……?」
「……そうだな。これが万に一つの勝機という奴か」
 足元からの発破に呟き、まとうのは、額の飾りから漏れ出した黒い光。
 一瞬で竜の足元へと入り込み……放たれた拳打の一撃は、砲弾の如き轟音を放つ。
「……効いておらんか」
「中の筋肉が衝撃を食い止めるようじゃ。朝からワシもやっておったが、音ほどに効いてはおらぬ」
 ジョージやジャバウォックのように、そんな中にも効率的に徹す技を身につけているなら効果ももう少しあるのだろうが……基本的にモモは力任せである。
 自身の力でねじ伏せれない相手と戦うのは、いささか想定外なのであった。
「ならば……仕方有るまいな」
 続けて響くのは咆哮だ。
「うわ……なんか凄いことになってきたぞ」
 百五十メートルの巨体に掛かるのは、巨大な龍の黒い影。泰山竜ほど巨大では無いが、それでも冒険者達の基準からすれば、十分に大きい。
「おぬしら! こちらも加減出来んから、少し下がって休んでおれ!」
 牽制に放たれる炎や雷のブレスですら、大魔術師の放つ範囲攻撃魔法に等しい。
「そうさせてもらうわ!」
「それでいいんですか?」
 呆れ気味のアギに、ターニャと律はさっさと後退を始めている。
「矢弾もぼちぼち切れてるんだから。それに、下がったからって休んでばかりもいられねえぜ」
 苛烈を極める竜の攻撃に、出た怪我人も少なくない。そのうえ二匹の龍の参戦で、戦闘半径は今まで以上に広がりつつある。
「アルジェントさん!」
 だが、そんな中で、回復魔法の使い手たるアルジェントだけが下がろうとしていない。
「アルジェント。我のみに切り札を切らせるのは、不公平であろう!」
「分かってるわよ」
 そう言って構えるのは、魔法の杖。
「え……? アルジェント……さん?」
 彼女が相対するのは、怪我人ではなく、百五十メートルの巨大竜。
 戦うというのか、竜と。
「グリフォン、知ってる? 熱した岩を急激に冷やすと、極端に脆くなるって」
「無論」
 呟きと共にアルジェントの杖を包むのは、氷の渦。
「攻撃魔法、使えたのか……」
「女の一人旅って、なかなか物騒でね」
 それは詠唱と集中を重ねる度に勢いと速度を増し、彼女の足元はうっすらと白い霜に覆われ始めている。
「グリフォン!」
 叫び。
 何も、起こらない。
「…………どうしたのよ。炎くらい吐いてみせなさいよ」
「無茶を言うでない。ドラゴンが全て炎を吐けるなど、偏見も甚だしいぞ」
 呆れたようにグリフォンが吐いてみせるのは、鋭い雷だ。直撃を受けた巨大竜が怒りの咆哮を上げるが、もちろん雷に炎ほどの熱量は期待できない。
「え、ええっと…………モモさん。お願いできますか?」
「ふふん。任せておけ!」
「………なんでモモ様には敬語なのデスか」
 モモの放った灼熱の炎が竜の鱗を赤熱させ、そこにアルジェントの氷の渦が容赦なく牙を剥く。


 目の前の大魔法合戦を眺めつつ、律が口元に運ぶのは水袋。
「僕たち、休んでて良いんですか?」
「休むのだって仕事だよ。それに、竜の二人はともかくアルジェントはそう保たねえだろ」
 大きな魔法は精神的な消耗も大きい。アルジェントが魔法の存在を隠していたのは、切り札という以外にも、体力の温存という意味もあったのだろう。
「ほれ、飲んどけ。次はいつ飲めるかわからねえぞ」
 律に言われ、アギも受け取った水袋を口に運ぶ。
 喉を通る水はぬるいものだったが、それでもなお全身の乾きが少しずつ消えていくのが分かる。
「さて。飲んだら怪我人拾いに行くぞ!」
 アルジェントが攻撃に回っているということは、そのぶん怪我人の治療が出来ないということだ。さすがに龍達の攻撃の流れ弾を受けるような間抜けはいないだろうが、巨竜の攻撃で傷付いた者は少なくない。
 だが、そんな中にあってなお、武器を構える者達がいる。
「なら、おまえらは怪我人のフォロー、任せるぜ」
 紅の甲冑をまとう十五センチの少女が提げるのは、対ルード用の片手剣。
 黒い武装をまとう娘は、いつもの身ほど有る大剣を肩に負う。
「……コウ?」
 彼女たちの視線の先にあるのは……。
「あ、気付かれちゃいましたねぇ」
 穏やかに微笑む、栗色の髪の娘。
 それはかつて、彼女達からイーディスと呼ばれていた娘であった。
「あたしはこいつを片付ける」
 だが、彼女の名乗る今の名は…………。
「……ハートの女王!」


続劇

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