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11.赫猫覚醒

 ダイチが目を覚ましたのは、真っ暗闇の空間だった。
「いてて……どこだこれ」
 幸いにも、手首に紐で結わえ付けていたライトは無事だったらしい。スイッチを入れれば、辺りを強い光で照らしてくれる。
「おーい! 大丈夫か! みんなー!」
 周囲の妙に柔らかな壁の様子を確かめながら、目覚めるまでのことを少しずつ思い出していく。
「そうか。これ、竜の体内……」
 ヒューゴの誘導のもと、気絶した竜の体内に入ったまでは良かったが……。急に長い通路が持ち上がり、そのまま逆落としに落とされたのだ。
 やがて進んでいけば、向こうにも小さな明かりが見えてきた。
「あ、ダイチー! 無事?」
「ルービィ! 他のみんなは?」
「……わかんない。ダイチは?」
 オウム返しに問いかけられて、ダイチも首を横に振る。
「とりあえず、進めば大丈夫……かな」
 ここが竜の内臓だとすれば、基本的に一本道のはずだ。ヒューゴとアギの兄が無事なら、彼らもどこかにいるはずだろう。


 竜の侵攻は、目に見えて鈍くなっていた。
「逆鱗効果、絶大ですね……」
 歩く速度自体は上がっている。しかし、目の前をうろうろする人間達を敵と見なしたのか、人間達を攻撃する頻度も目に見えて増えていたのだ。
「あまり喜べんがの……」
 だが、それはこちらが被害を受ける可能性が増えたことと隣り合わせ。実際、竜頭に吹き飛ばされたり、振り上げた脚に引っかけられたりといった冒険者達の離脱も先刻までとは段違いに増えている。
「戻ってきたぞ!」
 そんな中、竜の背中を滑り降りてきたのは逆鱗攻撃の犯人……ネイヴァンとコウである。
「暴れてきたようじゃな」
「ヒョロヒョロ。次の武器!」
 ボロボロになった片手剣は竜の背中に棄ててきたのだろう。空手になったネイヴァンに投げられたのは、ひと抱えもある機械式の弓とひと袋の弾丸だった。
「ボウガンかいな……しけとんな」
「これでラストです」
 既にジョージの駆る馬車の荷台には何も乗っていない。ボウガン用の弾丸も、袋に入っているもので最後なのだろう。
「しゃあないな……。なら、街にもどって何ぞ取ってきてくれ! ヒャッホイ出来そうなら何でもええ!」
「分かりました!」
 方向転換する馬車を見送ることも無く。
 ネイヴァンはボウガンのコッキングレバーを引き絞ると、迷い無く弾丸を解き放つ。
「行くで! ヒャッホォォォォォォォイ!」
 突き立ったままのランスのすぐ脇に着弾したそれは、周囲に爆発をまき散らし、割れた竜鱗の欠片を辺りへとはじき飛ばす。
「炸裂弾って、こっちを巻き込むつもりかよ!」
 どうやら内部に火薬を仕込んだ仕掛け弾丸らしい。十五センチのコウであれば、直撃はおろか、爆風に巻き込まれただけでも危ういだろう。
「ヒャッッホォォォォォォォォォイ!」
「諦めろ。もう聞いてなどおらぬ。ワシらが移動した方が早い」
 炸裂弾がダメージを与えているだろう事は、間違いない。無理に近くで戦ってもお互いのためにならないだろう。
「やれやれ……」
 炸裂弾の乱射はネイヴァンに任せ、コウとモモは別の攻撃できそうなポイントへと動き出す。


 迫る巨大な首を転がりながら避け、上体を引き起こしながらその反動で弓を引き絞る。
 片膝をついたまま照準を合わせ、放つ。
「律、残りの矢はどのくらい?」
「もうほとんど残ってねえ。ターニャは」
 既に毒も麻痺毒も在庫が尽きた。今放っているのは、何の仕込みもしていないただの矢である。
「こっちもあとちょっと」
 ターニャも特製の貫通弾は既に撃ちきっている。後方が補充で持ってきた弾丸のおかげで、まだ攻撃そのものは行えているが……。
「おーい! どっか矢が余ってる奴いねえかー!」
 補充の矢が来るタイミングも、だんだん伸びてきている。ガディアは少しずつ近づいているのに補充が来ないということは、ガディアに残された矢弾も限界が近い……ということなのだろう。
「おい、侵攻速度が速くなっておるぞ! 何ぞしたのか?」
 竜の隙を突いて次の一撃を打ち込んでいると、まだ健在な林の向こうから小さな影が飛んできた。
「逆鱗を取られた痛みで我を失ってるだと思います」
「逆鱗? アギがやったのか?」
 どうやらディスも、竜の急所にまでは考えが至らなかったらしい。
「いえ。さっきネイヴァンさんがそんな事をしたって、アシュヴィンさん……じゃなかった、グリフォンさんが」
 あのグリフォンがひと目で分かるほどに嫌な表情をしていたくらいだ。逆鱗というのは、龍族にとっては相当の事なのだろう。
「後は腹ん中に入った連中が上手くやってくれるのを待つしかないか……」
「随分少ないと思っておったが、中に入っておるのか。面白そうなことをしおって」
 自分も混ぜろと言いそうになって、木々の奥から現れた男を見て考え直す。
 グリフォンが上空の警戒を任されている以上、ジャバウォックを一人にしておくわけにもいかない。彼の手綱を取れる者は、どうしても必要なのだった。
「でも、待ってるだけじゃどうにもならないのだ」
 そう言って火球を放つリントがちらりと視線を送ったのは、ディスである。
「……ふむ」
 視線を向けられたディスが呟くのは、そんなひと言。
 それを納得と捉えたのだろう。リントはひょこりと立ち上がり、背負っていた小さな袋をごそごそとあさり始める。
「だから……ボクも、秘密兵器を使うのだ」
 やがて取り出したのは、一本の薬瓶らしき物だった。
「秘密……兵器?」
 淡い琥珀色のそれは、フタを開ければツンと独特の匂いが漂ってくる。それがアルコールを含むものという事は、その場に居た誰もが理解できたが……。
「みんなにはナイショにしてたけど……ぬこたまは、マタタビを呑んだら秘められた力を解放できるのだ」
「……ああ、あの赤くなるってヤツか」
 以前、猫探しの時にそんな事があったと聞いた。
 禍々しい赤いオーラを放ち、モモが真の姿を解き放って抑えようとしたのだと。
 その時は、上空から落ちてきた古代兵の一撃によって正気を取り戻したと聞いていたが……。
「なんで知ってるのだ!」
「何でって言われても……なあ?」
「……ねえ」
 その場にいた誰も、直接見たわけでは無い。
 見たわけでは無いが、ぬこたまにマタタビはマズいと、居合わせたモモ達からは言い聞かせられていたのだ。
 それを、リントはわざわざ飲むという。
「ともかく、この力であの竜を止めるのだ!」
「ちょっと、それって本当に大丈夫なの!?」
 アルジェントが止める間もなく。リントは高らかにそう叫び、小さな瓶に納められたマタタビ酒をぐいと一気にあおってみせる。
「…………」
 周囲が沈黙を以て見守る中。
 一瞬の静寂の後、ぬこたまの小さな身体がゆらりと揺れて。
「にゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
 赤い気が一気に膨れあがる。


続劇

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