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お菓子コンテスト編
 4.祭 始まる


 仮宮の前に停められているのは、屋根の付いた大型の馬車だ。
 普段の移動であれば、草原の国の王族であるノアは率先して馬に乗って動く。しかし、街のイベントとは言え他国の公式行事に参加するとなれば、それなりの格好が必要になるのだ。
 そしてそれは、馬に乗るにはいささか……いや、騎乗が不可能な装いとなるのだった。
「それでは殿下のこと、頼みましたよ」
「うむ。任せておけ」
 ノアとタイキは既に馬車の中。それに続いてナナトとモモが乗れば、馬車は会場に向けてゆっくりと走り出す。
 モモ達以外にも信頼の置ける部下を数名付けてある。何か事件が起きたとしても十分に対処出来るはずだった。
 対処出来そうにないのは、それとは別の事だ。
「リデルはまだ帰ってこないのですか? あれが面倒を見るというから、マッドハッターも置いているというのに……」
 侍従達にも、リデルを見かけたという報告はない。
 あれだけの力を持つルードが、出先で倒されるような事はないと思うが……。そうでなければ、またどこかで遊びほうけているか、こちらの想像を超えた無茶な行いをしているのだろう。
 そんな事を考えながら自室に戻り。まずは事務仕事から片付けようと思った所で、やってくるのは報告だ。
「シャーロット様。お客様が……」
「私に?」
 侍従の少女の言葉に首を傾げれば、その向こう側から姿を見せたのは黒外套をまとった長身の男であった。
「どうも」
 黒い帽子を取る事もなく軽く会釈をしてみせる姿は、シャーロットの記憶にはないものだ。少なくとも、木立の国や本国からの使者ではない。
「……どなた?」
「まずは、人払いを」
 慇懃なその物言いで、だいたいの素性を把握する。
 脇に控えた侍従の娘に軽く視線を送れば、少女は一礼して、そのまま部屋を出て行った。
「指示通り、街のイベントへは参加させましたが……老人達は、何と?」
 相手の素性を確かめるような真似は既にしない。
 切り出すのは、いきなり本題だ。
「あの時カーバンクルを放逐ではなく処分しておけば、先日の塩田で決着が付いていただろうとお怒りでしたよ。今回で上手く修正するようにと」
 その放逐も、現場のシャーロットの判断だった。だからこそ、老人達の怒りもひとしお……といった所なのだろう。
「アリスとハートの女王はいずこに?」
 そんな黒外套の男が語ろうとするのは、過ぎた事ではなく、これからの事だ。
「アリスは行方不明よ。……ハートの女王はこちらで合流予定と聞いていたけれど、一度も顔を見せないのはどういうつもり?」
 アリスはハートの女王に会いに行くと言っていたというから、存在そのものはしているのだろう。ここまで合流を引き延ばしておいて、架空の人物だったなど、面白くないにも程がある。
「彼女達には判断を委ねていますから、合流しないのはその必要がないからでしょう。マッドハッターとやらはどうしています?」
「私の判断で地下の間に鍵を掛けて置いてあるわ」
 本来なら地下牢にでも入れられれば良かったのだろうが、幸か不幸かこの屋敷には牢がない。故に、地下の一角に何重かの鍵を掛けて封じる事になっていた。
「アリスが抑えていなければ、すぐにでもノアを襲いますか。良い調教をしているようですね、あれは」
 吐き捨てるようなシャーロットの言葉に、黒外套の男は小さく肩をすくめてみせた。
「地下に押し込められてだいぶ怒りも溜まっていることでしょう。主の命に従い、あの男は解放します。……異存はありませんね?」
「異存があっても、解放するのでしょう」
 黒い帽子と外套の襟に隠れ、男の表情は見えない。影の魔法でも掛かっているのか、隙間から見えるはずの視線さえも明らかにはならなかった。
「『技術の革新は、平穏の中では生まれない』」
 そんな男が不服そうなシャーロットの言葉に対して口にするのは、どこかの詩にでも書かれているような定型の言葉だ。
「……『闘争の中でのみ生まれうる』、でしょう。分かっています」
 既に何百回と紡いだ下の句をシャーロットが口にすれば、黒外套の男は満足そうに頷いてみせる。
「今はあれこそが闘争の火種となりうる存在です。地下の三番目の用意は、しておいてくださいよ?」
 そう言い残して男は黒外套をひるがえし、屋敷の奥へと消えていく。
 マッドハッターが封じられている、地下の一角へと向かったのだろう。
「モモ、ナナト……殿下を、頼みますよ」
 王女付きの侍従長に出来る事は、驚くほどに少ない。
 だがその中で、老人達では無く、ノアにとって最善の一手を打つのが……今のシャーロットに出来る、数少ない抵抗なのだ。

「これからガディア恒例、お菓子コンテストを開催いたしますわーっ!」
 拡声魔法の封じられたマイクを元気よくかざせば、会場は一気に熱気に包まれる。
「今回は司会も忍なのか。……人、足りねえのかな」
 地方都市のガディアに、司会業までこなせる人材などなかなかいない。旅の吟遊詩人や大道芸人でもいればともかく、そんな彼等が都合良く常駐している事も、そう多くは無いのだ。
「そして今回は特別審査員として、ガディアに滞在いただいている草原の国のノア王女殿下をお招きいたしましたわっ!」
 ノリノリの忍の紹介に、ステージの上でドレスをまとったノアは、会場に向けて軽く手を振ってみせる。
 ここしばらくは姿を見せなかった王女だけに、会場から返ってくるのは割れるような喝采だ。
「あー。マハエだー。マハエー」
 そんなステージの隅の審査席から、ステージの下で会場警備をしていたマハエに掛けられたのは、幼い声だった。
「おう、ナナも一緒なのか」
 定番の特別審査員である街の長と、施療院の長。その隣に特別ゲストのノアが座り、さらにその隣にナナがいる。ナナの席がステージの隅なのも、退屈してウロウロしだしても目立たないようにという配慮があるのだろう。
「ノアのごえいなの!」
「そっか。護衛、頑張ってな」
 そうは言うが、ステージには射撃武器や魔法を考慮した防御魔法が施されている。先ほどはタイキも念入りにその辺りのチェックをしていたから、そちらは問題は無いだろう。後は直接的な介入……参加者や突然の闖入者の乱入を防ぐのは、警備に付いている塩田騎士団やマハエ達の仕事である。
 そんな事を考えていると、割れるような拍手と共にコンテストが始まったらしい。
「それでは、トップバッターはダイチさんですわ!」
「オイラの作ったチョコクッキー、みんな、食ってくれ!」
 ダイチの言葉と共に、会場前列の一般審査員と、ステージ上の特別審査員に彼の作ったクッキーが配られていく。
 やがて、クッキーをかじる音と共に、場に漂うのは……微妙な雰囲気だ。
(ダイチ。おめぇは頑張ったよ……)
 ステージ前の警備をしていると、一般審査員の表情は手に取るように分かる。
 だがそれは、お菓子を食べ慣れた彼等だからの評価だ。マハエも彼の試作品を何度か食べたが、その時はそう不味いものだとは思わなかった。
 少なくとも、お菓子を作った事のない彼が大会にこうして参加するだけでも、マハエとしては賞賛に値すると言って良い。
(…………ん?)
 そんなダイチに心の中で拍手を送っていると……会場の遥か彼方。森の中で、何かが打ち上がっているのが見えた。
 小さな点に、四方に伸びた棒状の物体。それは不自然な動きを見せて、地面から弾道軌道で直上へ吹き飛ばされている。
(何だありゃ………)
 やがて。
「……おいしくない」
 ステージ上でぽそりと漏らしたナナトの言葉に、どこかで雷の鳴る音が響き渡った。


 席に戻ってきたダイチが呟くのは、そんなひと言である。
「……どこがいけなかったのかなぁ」
 少なくとも、今の彼の全力は尽くしていた。試作を重ね、味見もちゃんとし、その中で一番の出来だったものをこうして持ってきたのだ。
 もちろん試作からもれた物は、自分でおいしくいただいた。
「そう不味くはなかったがの。……槍の修行と同じじゃよ。付け焼き刃でどうにかなる世界ではないという事じゃ」
「そっかぁ……。じゃ、次にがんばれば良いか!」
 槍の修行と同じなら、お菓子修行もまだ始めたばかり。次の大会に出るかどうかはともかくとして、続けていけばもっと美味しいお菓子が作れるようになるのは間違いないはずだ。
「その意気じゃ。それに、後は皆の菓子を食べるだけじゃぞ」
 大会の参加者は、一般審査員も兼ねる。最初に審査を終えたダイチなら、あとは審査員としてお菓子を食べるだけだ。
「おお、忘れてた!」
「次のお菓子、回ってきましたよ」
 そう言ってターニャから渡されてきたのは、籠に入った小さな飴玉だった。一つ取って、次に回せという事らしい。
「おっ! 次は誰なん……………」
 壇上にいるのは、満面の笑顔のミスティだった。
「これ……普通の飴だよな?」
 恐る恐る飴を取り、隣のモモに籠を回す。
「普通……だよねぇ」
「普通じゃな。……見かけは」
 少なくとも、見かけはただの飴玉だ。おかしな点があるなど、疑いもしなかった。
 壇上を見るまでは。
「まあ、食べてみてよ」
 ミスティの言葉に従い、一同は恐る恐る飴を口へと運ぶ。


 轟くのは、衝撃。
 吹き飛ばされたのは、全身鎧を身にまとった塩田騎士である。
「おいおい。塩田騎士がこのザマかよ……」
 完全武装の騎士を吹き飛ばしたのは竜や巨人ではない。
 小太りの男、ただ一人。
 マッドハッターだ。
 既に周囲に残っているのは数名だけ。指揮すべき騎士達や周辺警備に集められた冒険者達は、大半が地に伏している。
「悪ぃが、アンタは出入り禁止になっててな。ここから先は通行止めだ」
 呟きながら、構えるのはボウガンだ。
 一瞬短剣を使う事も考えたが、懐に入られればその段階で勝ち目はない。牽制が出来るぶん、射撃武器の方がマシだと考えたのだ。
「…………」
 対するマッドハッターは、無言のまま。
「で、狙いはノアか。それともアルジェントか」
「ノ……ア…………ノア!」
 マハエのその言葉がトリガーになったか、相変わらずその名にだけは反応してみせる。
(相変わらずパターンが読めんな。全ての怒りがノアに回るように出来てんのか……?)
 もしくは、そう仕込まれたか。
 幽霊として現われたばかりの彼は、記憶のほとんどが抜け落ちた状態だったらしいと聞いていた。その補完を行ったのが、彼を連れて行ったアリスだとすれば……そしてアリスの性格がコウ達に聞いた通りのものだとするなら、マッドハッターが相当歪んだ方向に育て上げられた事は想像に難くない。
「でええええいっ!」
 叫び続けるマッドハッターを見て、好機と思ったのだろう。彼の背後から斬りかかったのは、様子を伺っていた冒険者の一人だ。
 だが、普通なら真っ二つになるだろうその一撃は、当たらない。
「おいおい。背中にも目が付いてるのかよ」
 武術の達人は、相手を目で見る事無く、殺気を感じ取って動くという。
 まさにその動きをもって男は背後からの一撃を回避し、カウンターの掌底を叩き込んだ。
「……とはいえ、戦うしかねえんだよな!」
 マハエはごく一般的な冒険者であって、魔法や超能力が使えるわけではない。出来ればこんなおかしなレベルの戦いには参加したくなかったが……。
 回りに戦える者がいない以上、何とかするしかない。


 一般審査員席にいた何人かが、慌てて裏手へと駆け出していく。
 壇上のノアもけほけほと咽せ、町の長達は目を白黒とさせている。
「あらあら。これは面白い食感ですわね」
 驚いてないのは忍だけだ。
「新しいとかじゃないだろ。これ火薬入ってるんじゃないのか!?」
 口の中に入れた瞬間、飴玉から伝わってくるのはパチパチという食べた事も無い食感だった。爆弾というほどではないが、火花程度は散っている気がする。
「火薬なんか入れても湿気って爆発しないわよ」
「あ、そっか……」
 納得しているダイチに、突っ込む所はそこでは無いだろうと誰もが思うはずだったが、今日ばかりはさすがにそんな余裕は無いのだった。


続劇

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