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お菓子コンテスト編
 5.表と裏の激闘


「次の参加者は司会の私、柊忍ですわ!」
 高らかな宣言と共に会場に運び込まれるのは、彼女手作りのお菓子である。
「司会も参加ってアリなんだ……」
 去年は旅の吟遊詩人が司会をしていたから、忍は参加者と裏方だけだったはず。今年は手頃な司会が見つからなかったのか、幽霊騒ぎで夏の稼ぎが少なく、予算が足りなくなっているのか……。
「まあ良いではないか。ワシは美味しい物が食べられるなら何でも良い……」
「代わりの司会は、特別審査員のノア殿下にお願いしたいと思いますわ!」
 そこまではともかく、その先は誰もが無茶振りだと思った。
 どうやらノアも驚いた表情をしている辺り、本当にサプライズだったらしい。
「え、えっと……その………」
 ノアがオロオロしながら進行らしき事を始めていると、一同の元に忍のお菓子が回ってくる。
「ん? ダイチの奴はどこに行った」
 籠から手の込んだチョコレートを一つ取った所で、試食を楽しみにしていた少年がいない事に気が付いた。
「さあ? とりあえず、ダイチさんのぶんは置いときましょうか」
 ダイチがクッキーを入れてきた籠にとりあえず彼のぶんを確保しておき、次の審査員にチョコレートを回すことにする。
「え、ええっと………今回は、どうしてチョコレートなのですか?」
「こうしたお祭の際にチョコレートを配る風習は、はるか古代にあった出来事に由来していますの。今回は秋祭りという事で、季節を合わせてみましたわ!」
 イベント用のチョコにしても妙に手の込んだ出来に、一同は感心しながらももぐもぐとやっている。もちろん味も、普通のチョコレートとは思えないほどに美味い。
「…………バレンタインって、秋じゃなくて冬のイベントじゃなかった?」
 そんな中、ぽつりと呟くのはミスティである。
 忍がバレンタインデーの事を言っているのかは分からないが、仮にそうだとすれば古代の暦で年の初めの寒い頃に行われるイベントだったはずだ。
「そうなの?」
「さあ? よく覚えてないけど、カイルかカナン辺りなら知ってるんじゃない?」
 だが肝心のカイルは今頃、地の底でロックワームと戦っているはずだ。ついでにカナンは店の切り盛りで、この会場には来ていない。
「……くすん。ボケたのに、誰も突っ込んでくれませんの」
「え、ええっと……」
 ステージの上、寂しげに呟く忍に、ドレス姿のノアはやはりオロオロとするだけだ。


 相手の足元に開くのは、奈落に通じる落とし穴。
 重量で反応する自動式の仕掛けではない。近くに仕込んだスイッチで起動させる、手動式のトラップだ。
 自動式に比べて起動タイミングに難はあるが、対象を選べるという利点もある。今回のように人対人であれば、誤作動を防ぐ意味で有効なトラップのハズだった。
「ちぃっ! さすがに落とし穴には引っかからんか!」
 だが、絶妙のタイミングで起動させたはずのそれも、地面が沈むと同時に相手は跳躍。寸での所で奈落への道を回避する。
「どっせぇぇぇぇぇぃっ!」
 そんな緊急の跳躍をした小太りの男に叩き付けられたのは、大きく振りかぶった槍の一撃だ。
 不意打ちの横殴りに不自然な体勢で跳んだ男は対応しきれず、ガードしたまま森の奥まで吹き飛ばされる。
「ダイチ! お前、審査は終わったのかよ!」
「オイラはもう出してきたよ! そりゃ、一般審査員とお菓子一年分は惜しいけどさ……」
 森の異変は、ステージの上から見えていた。
 この状況下で現われる侵入者であれば……と当たりを付けて来てみれば、案の定だ。
「……勝つ気だったのか、お前」
「当たり前っ!」
 立ち上がろうとするマッドハッターに、気合と共にさらなる一撃。
 流石に今度は、相手も地に足の着いた状態だ。突撃に対してカウンターを叩き付ける体勢を取り……。
「ここっ!」
 そこでダイチが放ったのは、さらなる踏み込みだ。
 タイミングを崩されたマッドハッターは、カウンターではなくガードに切り替えざるをえない。
「やるじゃねえか、ダイチ!」
 だが、攻撃が当たったというのに、ダイチの表情はどこか冴えないまま。
(ここで当たるって事は……やっぱりお師匠……?)
 彼に槍の技を教えてくれた師の回避と、全く同じ呼吸だった。故に、当時は踏み込めなかった強引な一撃を、あえて試してみたのだが……。
 日々の鍛錬が成果になっている事は嬉しくもあったが、内心では決まって欲しくない一撃でもあった。
「とりあえずフォローはする! 全力で行け、ダイチ!」
 しかし、今は悩む時ではない。
 今の目の前の相手の目的は、塩田の時と同じくノアだろう。彼が本当にダイチの師匠か確かめるのは、彼を捕らえてからでいいはずだ。
 まずはノアに対する脅威を取り除く。
「……まかせとけっ!」
 意思を決め、ダイチは槍を構えてみせる。
 今日のマッドハッターは素手。リーチならダイチに分があるし、マハエの牽制もある。
(さて。ダイチが来てくれたのは助かったが……)
 ダイチの懐に飛び込まれないよう、ボウガンで牽制をしつつ、マハエは小さく息を呑む。
 初見の相手ではないし、守りに徹するならしばらくは持ちこたえられるだろうが……ダイチかマハエ、どちらかが落とされた段階でこちらに勝ち目はなくなってしまう。
 応援も既に呼んであるが、塩田騎士団や他の冒険者で彼の相手が出来るかどうかも怪しい所だった。
 無論、背後の会場にこの異変を悟られるわけにいかないのは大前提だ。
(厳しいなぁ。せめて、コンテストに参加してる連中が来てくれりゃいいんだが)
 それもかなりのレベルで望み薄である事に、マハエは小さくため息を吐くしかない。


 次に壇上に上がってきたのは、モモだった。
「これは…………何ですの?」
 配られたのは、クッキーに似た板状の物体だ。
 だが、触った瞬間からクッキーでないことは理解出来る。
 粉を焼き固めた物にしては、恐ろしく堅いのだ。
「保存食じゃ。……たぶん」
「多分?」
「セリカの代理出品じゃからな」
 正確に言えば、セリカの代理出品を任されていたシャーロットのさらに代理出品である。
 代理出品そのものは禁止されていないから、それに関しては誰も何も言わない。
 問題なのは、その固さである。
「味は悪くなかったぞ? ……少々堅いが」
 恐らくは軍で使われている携行食の一種なのだろう。
 水分を飛ばしてあるため堅くなっているが、そのぶん日持ちもするようになっているはずだ。
「確かに味は悪くないけど……」
「これ、歯が折れるんじゃ……」
 とにかく堅い。クッキーと間違えて軽い気持ちでかぶりつけば、恐らく大惨事になるはずだ。
「ねえこれ、カチカチっていうよ」
 試しに割ったそれを打ち合わせてみれば、鉄片を打ち合わせたような、およそ食品とは思えないような音がした。
「……保存食って、これってどのくらい保つの? 腹持ちはしそうだけど」
「知らぬ。セリカが帰ってきたら聞いてみるがよい」
 軍で使うような備品なら、冒険者にとっても使い勝手は良いはずだ。
 冒険者用の携行食として店に置けば、意外と売れるかもしれない。


 森に響き渡るのは、鉄と鉄がぶつかり合う硬質な音。
 相手の動きは初見ではない。
 さらに言えば、相手はこちらの動きをほとんど理解していない。
 圧倒的に有利なはずのそんな状況においてなお、ダイチは決定打を放てずにいる。
「ダイチ。ありゃ、ホントにお前の師匠なのか」
「分かんねえ。動きはお師匠だけど、何か違う気がするんだよな……」
 動きだけなら、間違いなく師匠のそれだ。
 しかし、相手の表情や反応は、明らかに別人のそれ。
 そこで生まれる僅かな差が、ダイチの一撃から決定打となる最後のひと押しを奪い去っているのだ。
「記憶が抜けてるのかね。戦いの動きだけ覚えてるっつーか」
「そんな感じかなぁ……」
 記憶を失っても、体で覚えた記憶は忘れないと聞いたこともある。
 それに近い状況に陥っているのか……。
(それとも、戦いの記憶だけ移されてるのか……)
 別の体に記憶を移す技術の話は、月の大樹で何度も話題になっていた。面倒な話にはあまり首を突っ込みたくはなかったが、どうやら面倒事は向こうから勝手に押しかけてくるものらしい。
(とりあえず難しい事考えるのは、アルジェントやアシュヴィンに任せとくか……)
 今はマハエは出来る事をするまでだ。
 ボウガンで牽制の一撃を放ち、マハエは次の一手を思考する。


「今回のコンテスト、トリを飾るのはターニャさんですわ!」
 呼ばれたその名に、会場から上がるのは歓声だ。
 言わずと知れた優勝候補の一角である。その反応も、無理のない所だった。
「今年は、海の国のお菓子を試してみましたー! 熱いお茶と一緒にどうぞ!」
 最後になったのは、恐らくお茶の段取りもあったからだろう。お菓子を配って回るスタッフも、それまでに比べてかなり多い。
「へぇ。面白いお菓子ね」
「おいしー!」
 甘い粉をまぶした、ゼリーに似た菓子である。ゼリーよりも弾力がある、今までに食べたことのない食感だ。
「海の国の食材なら、律なら知っておるのかの」
「わらび餅と、葛餅だよ!」
 やはりモモも聞いたことのない料理だった。海の国は他島国家という地形から、独自の食文化を持っている場所が多い。知らない食材がある事は不思議ではないが……。
「今年もターニャか忍で決まりかの……ミスティ、何をしておる」
 律が帰ってきたらわらび餅の事を聞いてみようと思っていると、傍らにいたミスティが何かごそごそと動いているのに気が付いた。
「さっきの飴の材料が余ってたから、暇つぶしにちょっと」
 そう言って取り出したのは、飴細工の龍である。
 陽光にかざせば、透明な頭頂部から優雅に拡げた翼の先、そして尻尾の先に掛けて、薄桃のグラデーションが掛かっているのが分かった。
「むぅ。何かに似ておらぬか?」
「気のせいでしょ」
 恐らくは水を操る術の応用なのだろう。特に熱している様子もないが、ミスティの指先は冷え切った飴を溶けたばかりの物の如く操っている。
 尻尾の先端をもう少しだけ伸ばしておいて……。
「はい、どうぞ」
 特に完成品には執着がないらしい。後ろの席でわらび餅を食べていた別の参加者に、ひょいと渡してしまう。
「それを出せば優勝出来たのではないか?」
「……あんなもの、みんなに配るほど作りたくないわよ」
 今回のコンテストの目的は、秋祭りで皆に振る舞われるお菓子を選ぶことだ。材料と製法さえ分かれば大量生産も可能なわらび餅や弾ける飴玉ならともかく、技術力勝負の飴細工では仮に優勝してもミスティに大幅な負担がかかってしまう。
 無論、お菓子を食べるためだけに大会に参加したミスティとしては、それでは本末転倒なのであった。
「それではこれで全ての参加者のかたのお菓子が出そろいました! これから投票の集計と……いよいよ審査発表ですわ!」
「さてと。食べるものも食べたし、そろそろ行くとするか」
 忍の宣言に、モモはゆっくりと立ち上がる。
 試食は十分楽しんだし、誰が優勝したかは後でゆっくり聞けば良い。
「面倒だけど、騒ぎ続きでお祭が中止になるのも困るしねぇ」
 そんなモモに続き、ミスティも立ち上がった。
 彼女の目的も試食であって、投票そのものに関心は無いのだ。


続劇

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