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5.ラブ・ゲイム

 『夢見る明日』に現われた客が店主に問うたのは、至極簡単なひと言だった。
「暗殺竜狩りの秘策?」
「ターニャさんは暗殺竜を一人で倒したことがあるって聞いたのだ! 何かこう、ばーんと簡単にやっつけられる方法とか、あったら教えて欲しいのだ!」
 姫様付きの天候魔術師の話では、ターニャは平野の国でも数少ない、暗殺竜を単身で打ち破った冒険者なのだという。
「それ、私も聞きたい」
 リントほどお気楽な考えではないにせよ、倒し方の秘訣や注意点などがあれば、勝率は大きく変わってくる。負けない戦いをする事は、冒険者の戦いにおける基本の一つだ。
「そうねぇ……こっちがダメージを受けずに、向こうにだけダメージを与えれば勝てるわよ?」
「それが出来れば苦労しませんよ……。はい、リントさん。ねこまんまです」
 アギはそんなターニャの究極の戦術に苦笑しつつ、リントに料理を出してやる。
「りっつぁんスペシャル(仮)、美味しそうなのだ!」
「だからその名前、やめてってばぁ……」
 リントはねこまんまという表記が許せないのか、その名を口にしたことはない。故に最初に聞いた仮名を貫いているのだが……ターニャからすれば、そんな名前にされる方が切ないのであった。
「けどターニャ。ターニャは本当にそうやって勝ったの?」
 もりもりとねこまんまを平らげていくリントを見ながら、問いかけたのはセリカである。
 セリカもアギも、数日後には暗殺竜の現われる可能性の高いメレーヴェの遺跡に、代用海亀を探しに行くことになっていた。
「ええ。……竜は並大抵の相手じゃないから、気を付けてね。三人とも」


 叩き付けられたのは、裂帛の気合と、鋼の刃。
「なるほどなぁ。で、こないだはジョージで、今日はおっちゃんが相手なわけか」
 嵐の如き一撃を柳の如きステップで軽く流し、律は静かに頷いてみせる。
 宙を切り裂く刃を前に、自身の刃を抜き放つことも無い。
「悪ぃな。けど、対戦相手は多い方が経験は積めるだろ?」
「だな。それに、これで利息をまけてもらえるってんなら、悪い話じゃねえ……やっ!」
 全ての動きには、切れ目というものがある。
 連続の攻撃の止む一瞬。
 強い一撃の外れた瞬間。
 重い刃を叩き付けた刹那。
 呼吸を吐ききったそのいずれもが、相手の大きな隙……そして、攻撃すべき隙となる。
 故に、アルジェントの連撃が止まった一瞬……生まれた切れ目に、律が刃を抜き放つのは当然の所作といえた。
「きゃあっ!」
 アルジェントの手元からショートソードが吹き飛んで、くるくると宙を舞う。
「この夏一杯でこれなら、そこそこじゃねえか?」
 地面に突き立った刃を眺めながら、律が漏らすのは端的な感想だ。
「そこそこじゃ、ダメなんだけどなぁ……」
「付け焼き刃にも限界ってのはあるぜ。良くやってるだろ」
 攻撃に用いるには厳しいだろうが、相手の攻撃を受け流し、身を守る目的であれば、十分形になっている。先程も攻めに転じたから隙が生まれただけで、守りに徹すればもっと凌ぎきる事が出来ただろう。
「何かキナ臭い予感がすんだよ。それも、相当にな」
 だからこそ、付け焼き刃だろうが何だろうが、相手の種類を増やし、受け止められる可能性を少しでも上げようとしているのだ。
「……こんな仕事してると、そういうのばっかり当たるようになるんだよな」
 呟くマハエに、アルジェントも律も続く言葉を掛けられずにいる。

 通りを歩くのは、包みを手にした青年だ。
 ジョージである。
「まあ、これくらいなら……護身用にもなりますかね」
 結局ランスはどうしても必要だというネイヴァンに譲り、ジョージは店の隅で『時価』と値札の付いていたそれを買うことにしたのだが……。
 店員の話では魔法が封じられているらしいと言われたが、古ぼけたそれは雰囲気こそあるものの、本当に不思議な力があるとは思えなかった。
「……まあ、いいか」
 もっとも、ジョージの目的は達せられたのだ。それに魔法の力があろうがなかろうが、そこに大した意味は無い。
「ジョージじゃない」
「こんにちわー!」
 そんな事を考えながら歩いていると、背後から声を掛けられた。
「アルジェントさん。ナナもこんにちわ」
 いつものマントとフード姿なのは変わりないが、どこか疲れた雰囲気を感じさせる。
 恐らく、またマハエにでも稽古を付けてもらっていたのだろう。
「珍しいわね。あなたが武器なんか持ってるなんて」
 ジョージが武器を持っている所を見たのは、先日の稽古の時以来だ。遺跡調査で暗殺竜と戦った時さえ、素手だったと聞いていたが……。
「ええ。ちょっと……」
 程々に言葉を濁したジョージに、アルジェントは小さく首を傾げてみせる。


 マハエが店に戻ってきたのは、頼まれていた買い出しを終えてからの事だった。 
「ただいまー」
「おかえりなさい」
「ああ、来てたのか。ミスティ」
 道具屋の彼女がマハエの鍛冶屋を訪れるのは、さして珍しい事ではない。道具の修復や魔法を使った加工なども(彼女の興味が向けば)引き受けるミスティの店だが、それに必要な金属部品や道具類は、大半がこの鍛冶屋で作られているのだ。
「何よ。悪い?」
「いや、別に」
 買ってきた荷物の中から随分と高そうな酒瓶を取り出し、隅の棚にことりと置いてみせる。何かの時に空ける秘蔵の酒とでも決めているのか、その隣にも高級そうな酒が手付かずで置かれていた。
 そこで、ふと気付く。
「……あれ? そこのランス、売れたのか?」
 店の一角を占領していた巨大武器が、その姿を消しているではないか。
 かつてさる冒険者の依頼で、雷獣の牙と皮を用いて作ることになったものの……完成する前に依頼主の冒険者が死んでしまったという、いわく付きの品だったのだが。
「ちなみにそこの『時価』も売れたわよ」
「時価ってあれ、冗談で書いてたんじゃねえのか……」
 実はどこかの冒険者が置いていったもので、その由来も本質もよく分かっていない。わざわざ遠くの街に鑑定に出すのも手間だったし、その手の術者が立ち寄った時についでに調べてもらえばいいやと、とりあえず『時価』と貼っておいたのだが……。
「誰が買ってったんだ……あんなもん」
 ランスはまあ、ある程度の予想は付く。このガディアであれだけの大型武器を扱える使い手など、数えるほどしかいないからだ。
 だが、『時価』に関しては想像も付かない。
「さあね。気になったら自分で調べればいいんじゃない? 冒険者なんだし」
 ミスティの至極もっともなひと言に、マハエは苦笑いを浮かべるしかない。


 露店で買ったジュースを片手にジョージの話を聞いていたアルジェントは、思わず表情を曇らせた。
「借金返済の協力で買ったの? それって……」
 それ以上の言葉は続かない。
 けれど、その先に続けたかったであろう言葉は、ジョージには何となく分かっていた。
「ああ、そういうのじゃないです。自分、特に身寄りもありませんし」
 古代人のジョージに家族はいない。断片的に残る記憶の中には、眠りに就く前に事故で失ったという覚えもあるから、この時代で再会出来る確率は限りなくゼロに近いだろう。
 もちろん他の古代人と同じく、目覚めた時に世話になった相手はいるが……そちらへの礼を差し引いても、貯めたお金の使い道は特にないのだ。
「でも……好きなん、でしょ?」
 彼女の紡いだ『好き』に秘められた感情は、友情や感謝の延長上にあるそれではない。
「お世話になった相手としてですよ」
 だが、ジョージは彼女の『好き』をやんわりと否定する。
 マハエは、ガディアに来て特に世話になった相手だ。その彼が困っていて、微力ながらも自分に手伝いが出来るなら……手伝わない理由はない。
「貴女だって……女の子なのに」
「女の子だからって、常にそっち方面に向いてるわけじゃありませんよ」
 さらりと答えたジョージに、アルジェントが抱くのは沈黙の二文字だった。
「……いやそこは何かリアクションして下さいよ」
「否定するかと思ってたのよ」
 もともと彼女は医者である。体格を見ればある程度の見当は付いていたし、行動を共にした時にも、気になる素振りは数多くあった。
 無論、女性の一人旅は男性のそれに比べて危険も多い。ジョージにはジョージの事情があるのだろうからと、あえて言及することはなかったのだが……。
「隠してるつもりも、特にないんですけどね」
 本人としては、本当に隠す気はないのだ。ただ普段の振る舞いをしていると男だと思われてしまう所を、面倒くさがって否定しないだけである。
 故に問われれば、隠すこともしない。
「ジョージ、おんなのこなの?」
「そうですよ」
 傍らにいた幼子の問いも穏やかに肯定したジョージを、ナナトはじっと見つめている。
「……ああ、アルジェントさんほどはありませんよ? 残念ながら」
 その視線に、やはりジョージは穏やかに微笑み、そう付け加えてみせた。
「何の話してるのよ」
「アルのほうが、おっきい!」
「だから何が!」
 やがてジュースを飲み終え、男装の娘はゆっくりと立ち上がる。何事にも動じることのない悠然とした動きは、明らかに年頃の娘のそれではない。
「……自分、そういうのは得意じゃないので。そっち方面はアルジェントさんに全面的にお任せします。女の自分が言うのも何ですけど、今のアルジェントさん、すごく可愛らしいですよ?」
「え、いや、だから、私だってそういうわけじゃっ!」
 去って行くジョージの背中に、アルジェントは顔を赤くしてそう答え……。
「なにが?」
 傍らのナナトのひと言に、さらに頬を赤くしてみせるのだった。


続劇

< Before Story / Select Story >

→山岳遺跡へ向かう
→魔晶石農場となった廃坑跡へ
→お菓子コンテストに参加する


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