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魔晶石農場編
 1.再び、イザニアへ


 狭く硬い操縦席に身を置いたまま。男は、四角く切り取られた空を見上げていた。
 腰掛けた席は狭く、硬い。本来であれば高加速や高機動に伴う衝撃を受け止めるための高密度のジェルで満たされる場所なのだが……今はその機能も眠ったまま。
 今のシートは、平たく冷たい板でしかない。
「…………」
 そんな席で、男は無言。
 周囲の計器やコンソールの類も明かりを落とし、沈黙を守ったままだ。
 制御装置の類は電源を本体ではなく外部から取り入れることで、ある程度の復旧がされていたが……それも、古代のような無限の動力を用いたものではない。必要の無い時はこまめに電源を落とすのが、既に習慣になっていた。
 今の明かりは、小さな窓から入る陽光だけ。
 薄暗いその場所で、男が懐から取り出したのは……小さなロケットだ。
 無言で小さな蓋を開けば、内に仕込まれた写真が露わになる。
 写っているのは男と女。そして二人の間にいる、幼子だ。
 ロケットに入れて、肌身離さず持っているような相手である。恐らくは、男にとって大切な相手だったのだろう。
 ……恐らくは、である。
 家族だったのか、友人だったのか、それとも兄妹だったのか。彼女達の名も、関係も、今の男の記憶からはすっぽりと抜け落ちている。
「誰なんだろうな……お前ら」
 それは、古代からの遥かな眠りの中に置き忘れてきただけなのか。
 それとも……男の中に、初めから書き記されぬままだったのか。
「誰なんだろうな……俺は」
 それすらも分からないまま。
 小さくため息を吐き、男はもう一度、四角く切り取られた空を見上げるのだった。


 四角く切り取られた空から降ってくるのは、穏やかな声だ。
「カイルさん。もう出発ですよ!」
 狭い操縦席に響くその声に、男が答える様子は無い。
 声の主はわずかに呆れたような声を出すと……すうっと息を吸い込んで。
「カイルさんってば!」
 狭い操縦席に反響するそれは、眠っていた男よりも、入口に構えて叫びを上げた青年本人のほうが驚くほどに強く響く。
 さすがにそれだけの声撃を受けては眠ってもいられなかったのか、男は小さく唸り声を上げるとゆっくりと身を起こした。
「あー……。悪ィ、寝てた」
 操縦席からのそのそと身を引きずり出すと、広い空の下、軽く伸びをしてみせる。
 呑気なものだ。
「もぅ……いくらそこの居心地が良いからって、時間は守って下さいよ」
「特に居心地が良いわけでも無いんだけどな。椅子硬いし」
 椅子は硬いし、室内は狭い。身を覆わんばかりに立ち並ぶコンソールの圧迫感も相当なものだ。操縦席のレイアウトを考えたデザイナーか技術者は、居住性という言葉を知らなかったに違いない。
「椅子から耐衝撃ジェル出せばいいじゃないですか。そりゃ、あれ出さなけりゃ硬くて痛いに決まってますよ」
 そんな会話の中。
 ジョージの口から苦笑と共にするりと出てきた言葉に、カイルは思わず眉をひそめる。
「……何で知ってる」
 操縦席のその機能を知っているのは、この街では恐らくカイル一人だ。ルード達は古代の記憶の繋がりから知っているかもしれないが……わざわざジョージにそんな機能だけを教えるとは考えづらい。
「あれ……? 何となく、出てきたんですけど……」
 とはいえ、戸惑うジョージの様子は演技とは考えづらい。ジョージも古代の記憶を無くしているというが、その一端が会話の拍子に出てきたのだろうか。
「……そうか。そうだ。あの話、考えてくれたか?」
 唐突に話題を切り替えたカイルに、ジョージは少し不思議そうな顔をしていたが……やがて話題の内容に思い至ったのか、表情を曇らせる。
「パイロット登録の件ですか? ……とりあえず、保留にさせてもらえませんか?」
 古代兵のパイロットがジョージであった可能性は、まだカイルを含めて数人が知るだけだ。しかし、いずれ古代兵を安定して動かす方法が見つかれば、パイロットの登録状況を隠しておくわけにもいかなくなる。
 打てる対策は、早いうちに打っておくに越した事はないのだが……。
「今のところ、数少ない記憶の手掛かりですし……さっきみたいに、何かぱっと出て来るかもしれませんし」
「…………そうか。そうだよな」
 けれど、そう言われてはカイルも首を縦に振らざるを得ない。
 その言葉の重みを一番よく分かっているのは、他ならぬ彼自身だったからだ。


 集合場所に指定されたのは、いつもの街道の交差点ではなく、ルードの施療院の前だった。
「あれ? コウも行くの?」
 そこにふらりと現われたのは、赤い装甲をまとった少女である。
「……行きたくて行くわけじゃねえよ」
 明らかに不服そうなその様子に、ルービィは首を傾げるしかない。
 引き受ける依頼を選べるのは、冒険者にとっての数少ない権利の一つだ。その冒険者であるところの彼女が、行きたくて行くわけでは無いという。
 他の常連の様子を見回せば、ルードの姿も見えるし、もちろんルービィ達のようなルード以外の冒険者もいる。依頼を受ける気のないコウまで無理矢理に駆り出すほど、人手が不足しているとも思えないが……。
「こいつがだな!」
 そんなコウの背後から現われたのは、律だ。不機嫌さを隠そうともしないコウに睨まれても、それを気にした様子もない。
「おーう。悪い悪い」
「もー! 遅いよー!」
 やがてジョージに連れられてカイルが現われ、『月の大樹』から坑道に向かうメンバーは集合となる。
「あれ? コウも行くのか?」
「だーかーらー。コイツに無理矢理連れてこられたんだよ!」
 先程のルービィと全く同じ事を聞いてくるカイル達の様子に笑いをこらえながら、律はようやくコウの言葉に応じてみせた。
「だって、朝から晩までアリスアリスって走り回ってんだもんよ。たまには気分転換でもしないと、気が滅入っちまうだろ。…………って、ディスとシノが」
 付け加えた二人のルードの名に、コウは表情を露骨に曇らせる。
 現状の『月の大樹』に籍を置くルードの中で、恐らくは最強の座を二分する二人の言葉だ。コウの心情としては、逆らうわけにも、無視するわけにもいかないのだった。
「イーディスもビーク使いはいくらいてもいいって言ってたしな。良い働きすりゃ、そのぶんの上乗せも出るだろうし。人助けと思って力ぁ貸してくれや」

 山の麓にある廃坑までは、冒険者の足であれば歩いて半日ほどしかかからない。
「うわぁーっ! すごくキレイになってる!」
 かつては廃坑として閉鎖されていたそこは、ある程度だが手が入り、人が滞在出来る環境も十分に整えられていた。一度は大きく崩れて形を変えた入口も、今は綺麗に片付けられ、荷運び用の台車も出入り出来るようになっている。
「ん? ルービィちゃん、ここに来たことあるのか?」
 春頃のイーディスの依頼で行動調査をした時、ルービィはいなかったはずだ。その後、イーディスからこの坑道に関係した依頼が来ていた覚えはないし……個人的な興味でここまで様子を見に来たのだろうか。
「ルードの集落に行った帰りに、イーディス達の様子を見に寄ったんだよ。……あれ? その時ってカイルはいたっけ?」
 ルービィの方も、その時の調査でカイルを見た覚えがなかった。
「……俺が古代兵と一緒に埋まった後か」
 あの時の調査で、坑道入口が崩落した後の事をカイルは知らない。古代のゴーレムが入口を崩しながら現われたり、古代兵がゴーレムを一瞬で倒したりと大騒ぎだったらしいが、当のカイルは古代兵の中で生き埋めになりかけていたのだ。
 さらにその後、カイルは古代兵の起動に巻き込まれてガディアに一足先に戻ってしまったため、坑道入口の顛末を聞いたのは、『月の大樹』に戻ってからのことだった。
 そんな事を話しながら歩いていると、坑道の奧から小さな影が飛び出てくる。
「いらっしゃい、お待ちしてました! これからよろしくお願いします!」
「ここがあの洞窟か? ゴーレムの跡や崩れた所も、全部やり直したんだな」
 ぺこりと元気よく頭を下げた栗色の髪のルードだが、律の労いの言葉に表情をぱっと明るくしてみせる。
「大変だったんですよ。あの時は、もうここで魔晶石農場をやるのはダメかと思いましたし……」
 当時は本当に大騒ぎで、絶望的な状況だったのだろう。思わず暗い表情を浮かべてしまった依頼主を元気付けるように、カイルは作業台……今回の依頼の指揮所として準備されたものだろう……に広げてあった地図を覗き込む。
「じゃ、早速作業に掛かろうぜ。この人数がいりゃ、百匹くらいすぐだろ」
 もともとロックワームは大して強力な敵ではない。しかも弱らせるだけとなれば、さして時間も掛からないだろう。
 そんなカイルに向けられたのは、依頼主の先ほどとはやや違う種類の苦笑い。
「ええっと……実はあの後、王都の技術局からも依頼が入りまして」
「……それは、どのくらい?」
 嫌な予感が、一同の頭をよぎる。
「……二百ほど」
 合計三百。予定の三倍は時間が掛かる事になるらしい。
「それは足りるのか?」
 手間の方はまあ問題ないだろう。問題なのは、そこまでロックワームがいるかである。
「とりあえずワームはたくさんいるので、数は大丈夫なはずです。洞窟がこういう構造になってますから、手始めにこの辺りからやってもらっていいですか?」
 作業台の上に戻ってきたイーディスが指したのは、坑道として整えられた二層目の中程辺りだった。
「そんなにいるの? ロックワーム」
 ルービィはこの廃坑に入った事はないが、鉱山育ちのドワーフ族だ。地図を見ればある程度の構造の見当は付く。それだけに、ロックワームが多いのは天然洞窟のような構造になっているもっと深い場所かと思ったのだが……。
「ヒューゴさんにロックワームの繁殖に適した場所の作り方を教えてもらったんですが、何だか想像以上に増えちゃって……」
「そんな事やってたのか、ヒューゴのやつ」
「まあ、ああ見えても学者先生だしなぁ」
 冒険に出ていない時は『月の大樹』の自分の部屋で本を読んでいるか、施療院に入り浸っているくらいのイメージしかなかったが、色々と細かい小遣い稼ぎもやっているらしい。
「明かりはこちらでも準備していますから、必要なかたは使ってください。それでは、よろしくお願いします!」


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