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猫探し編
 5.猫おおあばれ


 ネコからの情報に従って、海に向かう道を歩く事少し。
 広場に出た一同の前に姿を見せたのは……。
「あれって……忍のネコ?」
 小さな体に、尻尾に揺れる小さなリボン。
 確かに忍の言っていた条件に当てはまっているが……そいつは、こちらに明らかな警戒の意思を見せている。
「なんや。サーキャットやないの」
「サーキャット? 凶暴なのか?」
 モモもネイヴァンも戦う構えを見せていないから、そこまでの相手ではないようにも思えるが。
「まあまあやな。本気でヤバい思うたら怖いけど、普段はそないでも……」
 その言葉と同時、毛を逆立てて警戒しているネコの体格がひと回り膨れあがり。やがて二回り、三回りとそのカタチを変え、三メートルはあろうかという肉食獣へと姿を変える。
 響き渡るのは、辺りの住人達が上げた絶叫だ。
「……どうやら、本気でヤバいと思うておるようじゃな。とりあえず辺りの者を避難させい! ダイチ、ネイヴァン、奴の動きを押さえるぞ!」
 近くにいた同業者や旅慣れた商人達が、混乱する住人達を避難させてくれている。
 だが、背中を見せた相手に手加減するほど、野性の本能は甘くない。
「てりゃあっ!」
 飛びかかる獣と住人の間に飛び込んで、力任せに槍を振り回す。
 子猫の時には無かった爪は鋭く、伸びた犬歯も刃の如く。瞳に宿る警戒の色は、彼等が近寄る事すら拒絶しているように見える。
「こいつ、速い……っ!」
「むっ!」
 新たな標的を狙おうと跳ぶサーキャットの前に現われたのは、モモだ。しかし目が合った瞬間、巨獣は勢いよく身を翻す。
「まともに組み合う気もないか」
 正しい判断だが、こちらとしては面倒な事この上ない。
「ちぃぃっ! せっかくヒャッホイ出来る思うたのに! チャラチャラの奴、やっぱフカシよったな!」
 槍よりも小回りの利くネイヴァンの片手剣さえ、素早い獣を捉える事が出来ずにいる。
「別にお前にヒャッホイされても、こっちは面白くもなんともないんやって!」
「にゃーっ!」
 間合の内側に飛び込まれた所で弾けるのは、リントの放った爆発魔法。小さな爆発がネイヴァンとサーキャットの間で起こり、互いの間合を強引に仕切り直させる。
「最悪、忍には謝らねばならんかもしれんな……」
 もしくは、見つからなかったと告げるか。
 ……だが、依頼に対しては最善を尽くさねばならない。最悪の選択を選ぶのは、その全てが上手く行かなかった時だけだ。
「あ、もう戦ってます!」
「む。おぬしら、どうした!」
 そこに現われたのは、ジョージ達だった。
 確か、街の回りへ魔物調査に出ていたはずだが……。
「ガディアに謎の魔物が向かってるって情報がありまして。お手伝いします!」
 こちらに威嚇の唸りを上げるのは、猫に似た細身の肉食獣である。
 これがアギの言っていた『何か』なのか。
「ああ! でもオイラの槍じゃたぶん当てられないから、一緒にネイヴァンのフォローを!」
「ネイヴァンさん……ですか」
 スピードのある相手だから、射撃魔法や動作の大きい槍は確かに相性が悪い。ジョージの拳も、素早い相手にそこまで優勢というわけでもない。
 片手剣の相性が一番マシなのは理解するが……。
「……仕方ありませんね。了解です!」
 結局、選択肢はないのだ。
 ダイチと背中合わせに、ジョージも拳を握りしめる。 


 避難する町人達の最後尾に付きながら、モモは首を傾げていた。
「じゃが……あれが、その謎の魔物か?」
「サーキャットがこんな街中に出るなんて聞いたこと無いけど……確かに、微妙なのよね」
 今の状況を見れば、危険な事は間違いないが……かといって、サーキャットはそこまで強力でも、謎というわけでもない。単純な強さや危険度で言えば、先日のツナミマネキやヘルハウンドもどきの群れの方がはるかに謎で厄介な相手だ。
「ジョージ!」
 だが叫び声に注意を戻せば、サーキャットに飛びかかられたジョージが、その場に引き倒されているではないか。
「話をしておる場合ではないようじゃな」
「ナナ、ここにいてね!」
 頷くナナトをその場に置いて、二人も考えるのを止め、戦場へと飛び込んでいく。


 迫るのは牙。
 押し倒すのは爪。
「くぅっ!」
 眼前に迫るそれは、一撃で彼の喉笛を食い千切り、彼の体を引き裂くだけの力を備えたものだ。
 だが。
「……なんてね!」
 ジョージの表情に浮かぶのは、笑み。
 相手がこちらを組み敷いているということは、互いの距離は限りなくゼロに近いという事だ。
 間合を取られれば避けられる攻撃も、この距離で外す事は……!
「……そうそう都合良くは、当たってくれませんか」
 ヒットの瞬間、後ろへと飛び離れた大型獣に、ジョージは舌打ちを一つ。
 不意打ちの一撃は外れたが、相手にこちらへの警戒心は刷り込めたはずだ。それだけでも良しという事にして、ひと挙動で立ち上がる。
「ジョージ、大丈夫!?」
「ええ。かすり傷です」
 アルジェントにそう返し、サーキャットの退路を塞ぐ位置へと走り出す。
「ええええいっ! こんなんいちいち当ててられるかい! でぇいっ!」
 その瞬間、響き渡ったのは、耳をつんざく高周波の炸裂だった。
「ちょっ! なんて音……っ!」
 魔物の声帯に瞬間的に高圧を掛けて爆音を放ち、耳の良い魔物の動きを止める音の爆弾だ。冒険者の使う装備としてはポピュラーなものだが……。
「バカ人間! サーキャットに音爆弾は……きかな……」
 相手によって効果に大きな差が出るのも、この爆弾の特徴の一つ。どうやらぬこたまにはともかく、サーキャットには効果が期待出来ないらしい。
「ヒャッッホォォォォォィ!」
 耳をやられてリントの声が聞こえていないのだろう。大きく刃を振りかぶり、ネイヴァンは大跳躍して……。
「あ、弾き返された」
 カウンター気味の体当たりを受け、そのまま逆方向に吹き飛ばされる。
 そんなジョージの肩を叩くのは、小柄な手。
「……?」
 ダイチだ。やはり耳がやられているらしく、無言で何かポケットから取り出してくる。
 渡された小さな包みは……。
「……分かりました!」
 ジョージの表情で作戦が通じた事を理解したのだろう。ダイチは小さく頷くと、モモとリントに行く手を阻まれているサーキャットのもとへと走り出す。
「即席の割にはいいコンビネーションじゃない」
 彼に続いて走っていくジョージの後ろ姿を見て、アルジェントは愉快そうにそう呟いてみせるのだった。


 リントの爆発魔法から間合を取った大型獣に突き込まれたのは、まっすぐな一撃だ。
「でええええええいっ!」
 槍を構えて突撃してきた、ダイチである。
 槍の基本は直線の動き。故に、高い回避力を武器とするネコのような相手とは相性が悪い。
 今度の一撃も、サーキャットはあっさりと避けてみせる。
「はああああっ!」
 そんな回避のタイミングに合わせて叩き込まれたのは、ダイチの背後から現われたジョージの拳だった。
 回避でバランスを崩した所への攻撃は、敏捷性の高い相手と戦う時の基本中の基本。
 だが。
 その公式が成り立つのは、回避でバランスを崩したという前提があってこそ。サーキャットのように極端に敏捷性が高く、少々の回避ではバランスを崩さない相手を前にしては、余程の連続攻撃でなければ意味を持たない。
 ましてや、攻撃に一瞬のタメが必要なジョージの拳とあっては、なおさらだ。
 その攻撃が、拳打であれば。
「……なんてね」
 一瞬のタメもなく突き込まれたのは、ジョージの拳。
 しかしそれは、ダメージを目的としたものではない。
 手元から放たれたのは、小袋から撒き散らされた粉末だ。ダイチの持っていた予備のマタタビの粉である。
「やった! 効いてます!」
 悲鳴と共に慌ててバックステップを取るサーキャットだが、その動きは明らかに鈍い。
「なら、後は任せとき! ヒャッホォォォォォイ!」
 そして宙を舞うのは、無数の小袋。
 それを切り裂くのは、高々と掲げられた片手剣だ。
「ならば、これもオマケじゃ! 取っておけ!」
 一瞬で粉まみれにされたサーキャットにダメ押しとばかりに叩き付けられたのは、モモの酒瓶だった。


「……マタタビ、効かぬと言っておったではないか」
 粉まみれの上に、鼻先に酒瓶を叩き付けられ、サーキャットの頭は見るも無惨な有様だ。
「まあ、念のためにやな」
 その場にぐらりと崩れ落ちるサーキャットを確かめて、ネイヴァンは剣を鞘へと収めてみせる。
「あのお酒は?」
「マタタビ酒じゃよ。少々勿体なかったかの」
「勝負ありました……かね」
 マタタビにアルコールまで食らい、サーキャットは既に立ち上がる力も残っていない。その場にぐったりとうずくまり、尻尾もだらりと垂れている。
「ネコさん!」
 そんな獣のもとへと駆け寄ったのは、今回の件の依頼主。
 どうやら避難した住人達の誰かから、噂を聞きつけてきたらしい。
「ネコさん、こんなに大きくなっちゃって……」
「大きくとか言うレベルちゃうやろ……」
 もはや成長ではなく、変身と言った方が近いそいつは、忍に抱かれ、喉をゴロゴロと鳴らしている。
 少なくとも、マタタビと酒に酔っているうちは危険はないようだった。
「あぅぅ。たまに大きくなってたから、ちょっと普通のネコとは違うのかなーとは思ってたんですが……」
「かなーどころか明らかに違うし!」
「で、どうするつもりじゃ? 忍」
 連れ帰るのか、逃がすのか。
 彼女の事だから、他の選択肢を取る事はないだろうが……。
「出来れば、このまま森に返してあげたいんですが……ダメですか?」
 酔いが余程強烈に回ったのか、それとも警戒が解けたからか。サーキャットは既に本来の子猫サイズに戻っており、忍の膝の上でごろりとだらしない様子を見せている。
「どう思う? おぬしらは」
「サーキャットはもともと人里に降りてくる動物じゃないしね」
 警戒心の強いサーキャットは、ヘルハウンド達よりもはるかに人間達との接触を嫌う。人間の味を覚えたわけでもないし、山に戻せば二度とガディアに戻ってくる事はないだろう。
「ご飯食べさせて貰えるなら、オイラどっちでもいいぜ」
「ははは。違いない」
 ダイチの言葉に笑いが弾け。
「ありがとうございま……」
 穏やかに微笑んだ忍の言葉が、そこで止まる。
 一同の背後。そこにゆらりと立ち上がるのは……。


続劇

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