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猫探し編
 4.猫おりられぬ


「晴れたのだ……」
 見上げた空は、どこまでも青く。
「晴れましたわね」
 降り注ぐ光は、初夏のもの。
「おっかしいなぁ。あの天気なら、しばらくは雨だと思ったんだけど……」
 そう思っているのはダイチだけではない。カナンたち酒場の人間もそうだし、今日は雨だろうと休みを決め込んでいた漁師達も、朝から大騒ぎだったと聞いている。
 あれだけの雨を晴れに出来るなど……。
「…………まさかなぁ」
 たった一つある心当たりを軽く首を振る事で振り払い、ダイチは小さく苦笑い。
「どうしたのじゃ?」
「何でもないよ。じゃ、今日もネコ探し、頑張ろうぜー!」
 そして冒険者達は、今日も街へと繰り出していくのだった。


「まったく……あのネコも、忍がいじりすぎたから逃げたに決まってるのだ……」
「どした、ネコ。まだ調子悪いん?」
 何やらぶつぶつと呟きながらふらふらと二本脚で歩く猫に、ネイヴァンはあくびをしながら声を掛ける。
「あーうー。何だかすごくイヤな感じがするのだ……」
 昨日の雨で洗い流されたはずだが、マタタビの残り香でもあるのだろうか。胸の奥に何やら言いようのない不安感のようなものが渦巻いている。
「うぅ、でも、任務を達成して一人前の冒険者って言われるのだ……!」
 そうすれば、もう可愛いとかネコとか、そんな屈辱的な物言いはされないはずだ。
 ちゃんと、リント=カーと呼んでくれるはずなのだ!
「ん、おーい。ピンクやないの。サボりか」
 燃え上がるリントの様子を気にする事もなく。ネイヴァンが次に声を掛けたのは、街路のベンチに腰を下ろして酒杯を傾けているモモだった。
「失敬な。ちゃんと仕事はしておるわ」
 小さな酒杯で指すのは、辺りに貼られたネコ探しの貼り紙である。安価な漉き返し紙に記されているのは、忍から聞いたネコの特徴や、連絡先などだ。
「それより、あれが気になってな」
 そう言ってさらに指すのは、何の変哲もない街路樹の一つ。だが、その樹の上には……。
「ネコなのだ! あれが忍のネコなのか?」
 小さなネコが一匹、うずくまっているのが見えた。どうやら木に登ったのは良いが、それきり降りられなくなったらしい。
「助けへんの? やらしなぁ」
「……ワシの背では手が届かぬでな。そう言うならネイヴァン、手伝え」
 酒杯を置いて立ち上がり、街路樹を見上げるモモでは、確かに樹の上まで届かないだろう。
「ええけど、いま片手剣しか持ってへんで?」
「……何をするつもりなのだ」
「この木ぃ切り倒すんやろ? ホントなら斧とかハンマーの方がヒャッホイ出来るんやけど……」
 そもそも片手剣の切断力で木を切り倒すより、斧かハンマーを取りに行った方が早いのではないか。そんな事を真顔で考え出したネイヴァンに、ため息を一つ。
「そんな事でいちいち木を切り倒しておったら、ガディアはあっという間に平野になってしまうわ。肩車で捕まえればよかろ」
「そういう事か。なら、ほれ」
 呟き、ひょいとモモを抱え上げる。小柄な割には妙に重い気がしたが、それでもハンマーなどに比べれば微々たるものだ。
「わ、こら、ちょっと待て! ちが……!」
「何やピンク、高い所苦手なんか。こりゃ新しい発見やなぁ」
 普段は偉そうに振る舞っている少女の意外な一面にニヤリと笑みを浮かべ、ネイヴァンは肩に乗せたモモの小さな体をゆらゆらと揺らし始めた。
「そうではない! これ、そんなに振り回すでないっ!」
 ついでに軽快なステップなど踏んでみれば、モモはネイヴァンの頭を抱えてさらに悲鳴じみた声を上げてみせる。
「ええっと、こういう時は何て言うんやったっけ……。ああ、せや。よいではないか、よいではないかー」
 好き勝手絶頂に振る舞うネイヴァンの体が、ついバランスを崩してぐらりと傾ぎ。
「そういう意味ではなくてじゃな………あっ」
 響いたのは。
 ごぎりという、鈍い音だった。


「どしたんだー。なんか、凄い音が聞こえてきたけど」
 響き渡った異音に思わず駆けつけてきたダイチが目にしたのは、ふて腐れているモモと、怯えた表情をしているリント。
「どうもこうもあるか! 死ぬか思うたわ!」
 そして、首が変な角度に曲がっているネイヴァンの三人だった。
「じゃから、違うと言うたであろうが。高い所などワシが怖がるわけなかろう」
 そもそも五メートルある大蟹の上で平気で暴れ回る娘なのだ。肩車程度の高さを怖がるわけがない。
「加減出来へんなら、最初からそう言い!」
 モモが嫌がったのは、単に力加減が出来なかったからだ。
 倒すための大蟹なら力加減など必要ないが、さすがにネイヴァンの首をへし折っては後味が悪い。
「明らかに、何か折れた音がしたのだ……」
 傍らにいたリントが聞いたのは、確かに何かがへし折れた音だった。
「……何で死なないんだ?」
 ダイチが街の向こうから聞いたのも、明らかに何かがへし折れた音だった。
「バカだからであろ」
「バカだからなのだ」
「いやぁ。そんなに褒めんでも……」
「別に褒めておらんが」
 褒めるべきは、耐久力の高さくらいか。
 カニに吹き飛ばされた時は上手く防御しているのかとも思っていたが、先ほどの様子では、どうやら地の耐久力も桁が違っているらしい。
「おぬしが暴れなんだら、ちゃんと言うておったわ。というか……」
 呟き、戻るのは本題だ。
「どわぁっ!?」
 モモはネイヴァンの足首を掴むと、そのままひょいと持ち上げた。
「ほれ。早くネコを助けんか」
 彼女としては、もともとこうするつもりだったのだ。下でバランスを取っている限りは、足首を握りつぶすような事もないだろう。
「あ、上に逃げたのだ……」
 そんな事をしていると、ネコはより高い枝の上へ。
「ほれ。おぬしが騒ぎ立てるから」
「誰のせいや思うとんの……」
 ネイヴァンを一杯に持ち上げてみても届かない高さだ。これ以上は持っていても無駄と、その場にひょいと青年を下ろし……。
「なんだ。あのネコを何とかすればいいのか?」
「せや。その槍でぐさっとやればええんちゃう?」
 槍の最大の利点は、そのリーチにある。先ほどの組み合わせに槍を足せば、おそらくネコに一撃食らわせる事も出来るだろう。
「ヤだよ! お師匠からもらった、大事な槍なんだぜこれ!」
 そもそもネコを助けるのにグサリはないはずだ。
「お師匠?」
 言われてみれば、確かにダイチの槍はかなり上等な品のようだった。普通なら、彼のような駆け出しの冒険者が持てるようなものではない。
「名前知らないから、お師匠って呼んでるだけなんだけどなー」
 答えるダイチの『お師匠』には、確かに師に対する敬意は感じられない。師匠と言うより、仲の良い友人を呼ぶような感覚だ。
「……適当やなぁ」
「……ともかく、あのネコを助ければいいんだろ?」
 取られないように槍を背負い、ダイチは街路樹を登り始めた。
 あっという間にネコの居る位置まで辿り着き、子猫をひょいと抱きかかえてみせる。
「ほほぅ。やるものじゃの」
「尻尾にリボンは付いてるのだ?」
 するすると降りてきたダイチが抱えていたのは、確かに子猫。……ではあったのだが、残念ながら尻尾には何も付いていなかった。
「お前、尻尾にリボンの付いたネコ、知らないか?」
 ダイチの問いにネコはにゃあとひと声鳴いて、彼の腕からひょいと飛び出していった。
「なあ。なんか、向こうで見たって」
 そう言って指すのは、海に繋がる通りの方だ。
「ホントなのか!?」
「まあ、とりあえず行ってみるか……」
 いずれにしても、他に手がかりはない。間違っていても、間違っていたことが分かるだけで、何の不利益もないのであった。


 海に至る道を歩きながら、モモが問うたのは傍らのダイチに向けてだ。
「ダイチ。それほどの槍がなくなって、お師匠とやらは不便な思いをしておるのではないか?」
 レガシィ程ではないにせよ、名工の品を手に入れるのはそう容易い事ではない。これほどの槍の代品が、そうそうあるとも思えないが……。
「槍がないなら、他の武器を使やいくらでもヒャッホイできるやろ」
「そういう問題でもないと思うのだ……」
 ネイヴァンのように状況に応じて多くの武器を持ち替える冒険者は、そう多くない。多くの冒険者は弓にこだわる律のように、メインとそれを補う補助武器を一つか二つ使う程度である。
「……今は槍も飽きたから、拳で戦ってるって言ってた」
「ほれほれ! 当たっとるやろ!」
 勝ち誇るようなネイヴァンに、リントは答えを返さない。
 ちらりとモモを見れば、「焼いて良いぞ」と目で語っていたが、魔力が勿体ないのでそれはやらないことにした。
「こないだ会った時は、ちょっと前まで古代人の女の子を拾って面倒見てたって言ってたっけ……」
 たまたま旅の途中で会った時の話だ。今も旅を続けてはいるだろうが、どこを歩いているかも定かではない。
「その古代人の娘は一緒ではなかったのか?」
「旅に出たいって言ったから、出したんだって。確か、名前はアヤ何とかって言ってた……かな?」
 名前は聞いたはずだが、恐らくは会う事もないだろうと、特に覚えてはいない。
「意外とこの辺におったりしてな」
「そこまで世の中、都合良くもあるまいて」
 スピラ・カナンも狭いようで広い。
 そんな偶然はないだろうと、モモは穏やかに笑うだけだ。


続劇

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