11.突入! レッド・リア グルヴェアの城門にイシェファゾが辿り着いたのは、ちょうどその時だった。 「イシェ。城内の敵は」 「見つけた奴は全部片付けた。残りはソカロ達が追ってる。ソカロはこのまま地下に向かうそうだ」 クロウザからの報告にあった、白コートの騎士だろう。地下の事はジンカ達にも分からないから、彼らに任せるしかない。 「それより戦況は?」 「……連中、超獣甲しやがった」 片腕を装甲で覆ったジンカの答えは、苦々しいものだった。 「な……」 広い戦場、動く獣機の影は数えるほどもない。 目に付く騎体の大半は破壊され、動きを止めているものばかりだ。 「出る」 戦棍を突き、イシェは一歩を踏み出した。 「無茶言うな。俺より酷いぞ、その怪我」 そのイシェをジンカは力任せに引き止める。全身にある刀傷もだが、胸に刻まれた一際大きな傷が開き掛けているのだ。あまり激しい動きをすると、血が噴き出しかねない。 「神官兵! 誰か治癒が使える者を!」 ジンカがそう叫んだ瞬間、グルヴェアの堅牢な城壁がぐらぐらと揺れた。超獣甲をまとうフォルミカの放つ衝撃波が、城壁に執拗な攻撃を掛けているのだ。 「将軍! 城の結界が保ちません!」 何しろ超獣甲の力を込めた斬撃だ。物理攻撃を遮断する結界が幾重にも張られ、古代魔法の一撃にさえ耐えると言われたグルヴェア城の城壁にも、綻びが始まっている。 「やっぱり出る!」 だが、ジンカはやはりイシェを引き止めた。 戦いに行く事を止めたわけではない。 「それよりも手を貸せ」 右腕を覆っていた甲冑が揺らめき、ジンカの姿を鎧装の騎士へと変える。 ジンカの右腕は、クルラコーンが変化した鋼の義手だ。普段は出力を絞っているためただの義手と同じだが、有事には至高の武器となる。 「こちらも、意地を見せてやる」 掴まれた腕から、ジンカの内に駆け巡る力が伝わってきた。かつては彼の心を食い破り、暴君へと貶めた力が。 「……そういう事か」 小さく呟き、イシェは懐から自らの魔石を取り出した。周囲に渦巻く強大なエネルギーを感じ、炎のティア・ハートも強い輝きを放っている。 「焼き尽くせ! イシェファゾ!」 「ああ……やらせるかよっ!」 ジンカの力とイシェの意志。二つの想いが生み出す形は、無数に居並ぶ炎の柱。 城門に迫る衝撃は、炎の柱に触れるなり、次々と焼滅していく。 塔の多い街グルヴェア。 並み居る塔はどれも高く、巨大な獣機でさえその背を超える事はない。 「なあ」 そんな尖塔の森を全速で駆け抜けながら、ロゥはハイリガードの中でふと口を開いた。 「ここから地下って、どう行くんだ?」 そもそも外国人のロゥはグルヴェアの地理に疎い。今は大通りを直進するだけだから先陣を切っていたが、脇道に入れば最初から殿に回る予定だったのだ。 「バカじゃないの? さっき黒い人が、ソカロが知ってるって言ってたじゃない」 ソカロ・バルバレスコは、一時期レヴィーの客人だった事もある。知らない顔ではないし、いつもの目立つ格好でいるならば、まず間違える事はない。 「だーかーらー。そのソカロはどこだよ」 「知らないわよ」 当然の答えに、ロゥは頭を抱えた。 「こっち」 その言葉と同時、しんがりを務めていたメルディアがついと横道に逸れる。ロゥ達も慌てて方向転換し、メルディアの入った横道へと向かう。 「分かるのか?」 ハイリガードにも人の存在を感じる装置はある。だがそれは足元の兵士を踏まないためや、周囲の魔物の反応を探知するための物であって、特定の誰かを追跡できるほどの性能はない。 「ティア・ハートの反応を追ってるからね」 獣機は獣機と対になる性質を持つティア・ハートの存在を察知できる。メルディアはその機能を利用し、城下で移動しているティア・ハートを目標に動いているらしい。 「へぇ……」 「そんな事、出来るのか」 心底感心したような二人に、静かにため息。 戦技の方は心配していないが、知識面でこれからの戦いに生き残れるのか、少しだけ不安になる。 「ハイリガード。やれるか?」 「あ、こっちも反応があった」 探知速度は、ハイリガードよりもドゥルシラの方が少し早かったらしい。 「どこだ?」 再びドゥルシラに指示し、距離を確かめさせれば、その位置は……。 「……地下二百メートル」 「どうやって行くんだよオイ!」 漫才を横目に、メルディアは獣機をさらに脇道に入らせる。 「そっちは炎でしょ。風の反応は、こっち」 地下二百メートル。 そこには、十万年の眠りから目覚めつつある神の城があった。 「ようやく来たか……」 赤の箱船、レッド・リア。木でも漆喰でもない、金属質な壁に覆われた一室。壁に設えられた水晶盤に映る三騎の獣機を見て、男は安堵の言葉を漏らした。 しんがりを務める一騎は見慣れない型だが、残る二騎は見知った騎体だ。自らが回収と調整を手掛けた騎体を忘れようはずがない。 「君の導きか? ミンミ・ワイナー」 男は、傍らの少女にそう問い掛けた。だが、赤い長衣をまとった少女は、静かに首を横に振るのみだ。 「ここへの入口を見つけたのは、ソカロとコーシェだもの。私の手柄ではないわね」 そう言いながら、幾度か画面を切り替える。四度目に変えた所で映し出されたのは、この部屋と同じ、鋼の回廊を走る少女達の姿だった。 「では行くわね、レヴィー・マーキス。監視映像を見せてくれて有り難う」 ミンミも少女達の侵入に満足したように、部屋の出口へ歩き出す。 赤い少女の背中に掛けられたのは、男の静かな声だった。 「やはり、『究極の炎』を求めるのか?」 だが、畏れさえ込められたその言葉に、少女は静かに笑みを返す。 「あれは禁忌の力だぞ……」 「それは貴方も同じでしょう? 百体のヴァーミリオンを練習台にして、何をしようとしてるか……知ってるわよ」 ミンミの表情は笑みに固定されたまま。それは、自らと同種の存在を見つめる、憐れみの笑みだ。 「だが、あれが最良の選択のはずだ。道を違えたつもりはない」 よく言う、と少女は一言。 「トモエやダイバ……母なる地の英雄には扱えた力よ。その子孫たる私達が使えない道理はないわ」 軽く手を振る少女は、音もなく閉じた扉の向こうに消える。背中にあるのは、フェアベルケン最狂の火炎術士としての自信と誇りだ。 「ミンミ……。あれは、フェアベルケンの人類が扱える力ではないのだぞ……」 そう呟くが、消えた少女に届くはずもない。 「仕方ない。私は、私の出来る事をするまでだ……」 マーキスは静かに頭を振り、目の前に広がる盤の制御を開始した。 グルヴェアには塔が多い。 そして、塔の隙間を縫う道は、驚くほどに狭かった。 獣機では通れないほど細い道を駆けること数分。ようやく抜けた先は、呆れるほどに広い空間だった。 グルヴェアに幾つかある、広場である。 「ソカロ!」 その中央に立つ白いコートの男を見つけ、レヴィーの二人が声を投げる。 「イーファにメルディアか」 彼女達が来る事は予想の範囲内。唐突な呼びかけにも動じないソカロだったが。 「あ、ひさしぶりー」 「マチタタ……お前、何でここに」 革命派の最前線で戦っているはずのネコ娘がいたのは、さすがに想像できなかったらしい。 「(中略)だよー」 「本当に中略と言われても分からんぞ……」 相変わらずのマイペースぶりに、頭を振る。 「おかしいなぁ。この前、こう言えば通じるってナコココから教わったんだけど……」 帰ったら問いつめないとな、と呟くマチタタを放って置いて、メルディアが本題へと戻す。 「地下への入口は?」 今までグルヴェアの民に気付かれなかった秘密の出入口だ。まさか広場の真ん中にある噴水、というわけでもあるまい。 「この塔だ。後は確証がない」 だが、ソカロに指差された建物を見て、場にいた一同は思わず顔を見合わせた。 「ここって……」 フェアベルケンにも緩やかではあるが、宗教はある。 「七王の神殿に赤の本拠地? 趣味を疑うわね」 目の前にあるのは、そんな中の一つ。この地に文明をもたらした『七人の長』を奉る、宗教塔だ。 「全くだ」 相槌を打つソカロだったが、その後に続けたのは「だが」という言葉だった。 「あながち冗談でもないようだぞ」 その言葉と同時、地面を激しい震動が襲う。 衝撃の最後は、『七人の長』を奉る宗教塔が崩れ落ちる音。衝撃と同時、塔の中より姿を見せたのは……。 「ヴァーミリオン……」 フォルミカの駆る、赤い獣機だった。 「マチタタ!」 誰かがそう叫んだ時、一同の中から少女の姿は既に消えていた。 彼女が在るのは宙の上。赤い装甲をまとう獣機の目の前だ。 皆が気付いた時には既に全てが終わっている。振りかぶられた巨大な斧は、相手の重装甲に全力で叩き付けられた後。 大斧の打点は直撃コース。マチタタが思い描いた通りの軌道と威力をもって、ヴァーミリオンの胸部装甲を粉砕する。 「……あれぇ?」 だが、砕け散った胸甲をそのまま突き抜けながら、マチタタは間の抜けた声を上げていた。 「なんか、全然手応えがないんだけどー」 普通の相手は回避なり防御なり、何らかの抵抗をこちらの攻撃に返すものだ。その抵抗が手応えとなり、寄せ手に破壊の達成を伝えてくる。 しかし、予想通り過ぎる一撃にはそれがない。 巻藁でも斬る時のような無抵抗が不可解な感触となり、少女の手に残るのみ。 「……無人?」 直撃したのは操縦席だ。砕ける胸甲の中に席の残骸は見えるが、人らしき影はない。 少女が着地し、吹き飛んだ装甲板と落ちる塔の外殻が石畳を連打する。 がらがらと響く音の中、周囲に敵の気配はない。操縦席から抜け出し、こちらの隙をうかがっているわけでもない。 地下から現れた獣機は完全に無人。 「罠だな」 あまりにも不可解な現象に、ソカロはそう呟いた。 「罠ね」 メルディアも考えるまでもなく同意。 「罠だろうなぁ」 もちろん、ロゥも賛成した。 「じゃ、行きましょう!」 そして、イーファは進み出した。 「イーファ!?」 「バカでしょ、貴女!!」 慌てる一同を呆れたように見遣り。少女は髪をなびかせて、静かに告げる。 「罠でも何でも行くしかないでショ。出入口はここしか分からないんだったら、なおさらね」 こちらは既に手詰まりで、時間もない。罠と知っていても飛び込み、打ち貫くしかないのだ。 「……だ、な」 |