12.殲滅戦の果てに もうもうと立ち込める砂塵の中。 グルヴェア右翼では、獣甲をまとったベネが声を張り上げていた。 「総員、無事か!?」 喉を枯らして呼び掛けるが、周囲からの返事はない。 超獣甲は本来、獣機と完全に心を通わせた使い手だけに許された技だ。もちろん赤の超獣甲を警戒してはいたが、見える獣機全てが超獣甲したのは予想外だった。 勢いに乗った所で食らったカウンターの威力は、あまりにも大きい。 「クロウザ! 平気かい!?」 片膝を着く黒い影を見つけ、慌てて駆け寄る。 「良くは無いな……。左足と、アバラを何本か取られたらしい」 呟く男の顔色は悪い。まとうカヤタの守護で致命傷には至っていないようだが、戦闘はもう不可能だろう。 「ベネ!」 シグの叫びに反応し、吹き付ける殺気に双剣を叩き付ける。 「くっ!」 受け止めたのは赤く輝く鋼の刃。 衝撃波をまとった、ヴァーミリオンの長剣だ。 「どうした。それまでか? 青」 受け止めた刃は一つ。 だが、その後ろには十を超える刃が並んでいる。どうやら、残った味方はベネ達だけらしい。 「言うじゃないか……」 食いしばった歯が、ぎしりと軋む。力任せに長剣を振り払い、クロウザを庇って構えを取った。 「……くそっ。シグ!」 「ごめん、もう、結構限界かも……」 だが、膝に力が入らない。駆り手の意志に応じて無限の力を放つティアハート・オンビートも、注ぎ込む意志の源なくして力は放てない。 無敵の装甲が揺らぎ、膝ががくりと折れた。 「大丈夫か、ベネンチーナ!」 そこに駆けてきたのは、騎馬の兵だ。 「雅華!? 来るな!」 隻眼の美女、雅華である。すれ違いざまに馬から飛んで、ベネの隣に舞い降りる。 「他の皆は?」 「敵味方、ほとんど壊滅だ。まともに戦ってる右翼はここだけだよ」 超獣甲化したヴァーミリオンの放った衝撃波は、乱戦状態にあった軍部と王党派の双方を巻き込んでいた。もちろん、異能の力を持たぬ一般兵達が耐えられるはずもない。 「無手とは……無駄に命を散らすか、青の民よ」 唯一生き残った雅華も、問われたように武器がなかった。魔術の類が使える話も、聞いた事がない。 彼女が知将なのはベネも認めるところだが、この戦況を知恵と戦術だけで覆す法は、流石に無いように思える。 「死ぬ気はないよ」 そう呟き、隻眼の美女は、自らの片目を覆っていた眼帯をむしり取った。 グルヴェア城門。物見台を兼ねた塔の頂上に潜む影は、足元の光景を見て静かに呟いた。 「……いた」 そこにいるのは二人の男。次々と生まれる炎の柱で、迫り来る衝撃波を端から灼き落としている戦士達。 既に城を守る防護結界はまともに機能していない。彼らを倒せば、グルヴェアを守る力は無くなるに等しい。 「指揮官と一緒か……丁度良い」 しかも、その守護を司るのはグルーヴェ軍部の総指揮官だ。彼を潰せば、グルヴェアの防護も、軍部の指揮系統も、全てが一巻の終わり。 気配を殺したまま城門に飛び降り、幻をまとって間合を詰める。 迫り来る衝撃に集中している彼らは、こちらに気付いた様子はない。 「……死ぬがいい」 息を殺して精神を研ぎ澄ませ、刃とすべき水を集める。 「そこだっ!」 その瞬間目の前に立ち上ったのは、炎の柱だった。 「気付かれたか……」 慌てて飛び退き、構えを取るウォード。 「空気の流れが変わったからな」 衝撃波を受け止めるため、空気の動きに集中していたのが幸いした。普段なら絶対に気付かなかったところだ。 「なるほど。あらかじめ水を集めておけばよかったな」 水を集めたまま動くのは集中を要する作業だ。普通に歩くならともかく、完全な穏行に徹する時にはかなりの足かせになる。 「お前にはさっきの借りがあるからな。ここで返させて貰うぜ」 炎まとう戦棍をくるりと回し、イシェファゾはゆっくりと走り出す。 「その邪魔な炎の壁。先程、ちゃんと殺しておけば良かったな」 フェーラジンカを殺すために集めた水を刃に換えて、シェルウォードも静かに走り出す。 「そう易々と殺されてたまるかよ」 棍と刃がぶつかって。水を炎が灼いたと同時、大地がぐらぐらと揺れる。 「イシェファゾ!」 炎の柱を抜けてきた衝撃波が、城門を揺さぶっているのだ。城門前ではクワトロやイルシャナも戦っているが、いかんせん衝撃波の数が多すぎた。 「ああ。分かってる」 炎の壁も既に穴だらけ。城門自体もあと数撃と保たないだろう。 それまでに、決着を付けなければらならない。 「死ね! 炎使い!」 「むしろ、お前らが死ね」 美貌がまとうのは兇悪な笑み。 その笑みを以て、両の瞳で敵陣を睨め付ける。 「なッ!?」 響き渡るのは黒翼鳥の狂声。 敵の最前、ベネと刃を交わした赤い甲冑が、無音の衝撃と共に砕け散る。 誰もが何が起こったか理解できない中。 フォルミカの体を離れ、綺羅綺羅と宙を舞うのは、黒曜の輝きを放つ黒い魔石。ヴァーミリオン本体を構成する、ティアハート・オンビートだ。 既に石を覆う鼓動の円盤は砕かれ、失われている。ただのティア・ハートとなったそれを掴み取るのは、数瞬前まで隻眼の美女だった女だ。 「闇のティア・ハートか……丁度良い」 わずかに一瞥、右手に構え、あふれるイメージを叩き込む。 「出な。『トゥーランドット』」 響き渡るのは鏡が割れるような、虚ろな音。 空間を突き破り具現化するのは、黒い翼を持った死を告げる飛鳥。 「オーバーイメージ……」 一瞬の逆転劇に、クロウザは静かに呟いた。 「切り札は、最後まで隠しておくものだろ?」 オーバーイメージの黒翼鳥一羽に、戦局を変えられるほどの威力はない。しかし、数人の味方を救い、数人の敵を塵に返す程度の事は出来る。 今は、それだけあれば十分だ。 「ベネンチーナ。体は動くんだろうね?」 「あ、ああ……。けど……」 先程の衝撃波を止めた事で、ベネの精神力はほとんど残っていなかった。超獣甲を維持するだけでも精一杯なのだ。 「シーグルーネ。アンタは、やる事は分かってるんだろう?」 「うん!」 その瞬間、ベネの体に力が流れ込んできた。 「な……」 折れていた膝が伸び、ゆっくりと立ち上がる。 右足を半歩下げて体勢を整えれば、全身に無限の力が駆け巡るのが分かった。 「こっちも死ぬ気でやってるんだ。しっかり働いて貰わないと、困るんだよ」 力の源は、隻眼だった美女の魔石から。 「暴走か……」 黒翼鳥の叫びと共に、雅華の両腕に細い傷が走り、赤い物が流れ出す。 「鳥を作るのは私の役目……だろ?」 その言葉に、双剣使いの身が撥ねた。 「! なら、翔ばすのは!」 あふれる力に任せて双剣をかざせば、そこに絡み付くのは黒翼持った力の形。 無限に流れ込む力を強引に押さえ付け、両の剣を力任せに振り下ろす。 鳥を作るのは姉の役目。 鳥を翔ばすのは妹の役目。 「……姉さん!」 叫びと共に、空間そのものが闇に転化した。 砕け散ったのは、赤い装甲だった。 「むぅ……」 ヴァーミリオンの超獣甲ではない。赤い仮面の男がまとう、狂気の紅装甲だ。 肩の鎧を砕かれながら、赤い大剣でフォルミカを超獣甲ごと両断する。 「やれやれ……本当にブリュンヒルデを連れてきた方が良かったかな、こりゃ」 苦笑する獣王の拳も血にまみれていた。フォルミカ達は血を流さないから、全ては自分の拳から流れ出た血なのだろう。 「がぁっ!」 シェティスと打ち合っていた赤い超獣甲を後ろから叩き斬り、長く吐息。 息は荒く、浅い。下がり気味の両肩には、珍しく疲労の色が感じられた。 「何や。えらい愉しそうやな、自分」 だが、仮面から覗く口元にあるのは、禍々しい笑み。 「獣王。二つ、問う」 血止めに巻いた布を締め直しながら、仮面の男は静かに問うた。 「貴公らが日頃戦う『世界の脅威』とは、これ程強い者ばかりなのか?」 布を巻き直す頃には、周囲は既に赤い騎士達に取り囲まれている。 戦いは、まだ尽きる気配がない。 「やれやれ。この程度の敵にビビったか?」 「まさか」 笑う獣王の言葉を、男は軽く否定。 その内に込められた愉悦の感情を、ホシノは見逃さない。 「もう一つは?」 「貴公らの味方になった俺が、世界の脅威となった時、どうする?」 二つ目の問いには、答えるまでに一瞬の空白があった。ホシノが答えに詰まったわけではない。男達の会話を待つ気のない敵が、無遠慮に仕掛けてきたからだ。 「……その時は、ワシが全力で潰すだけや」 撃ち抜く拳と断ち割る剣が襲い来る群れを一掃した後、虎面の男は笑みを絶やさぬままに答える。 「そうか。ならば、良い」 常人には理解できぬ回答を得てなお、赤兎の口元から笑みは絶えない。 「なら、宜しく頼むで」 それが男の望む答えと知っていたのだろう。ホシノもまた、嗤いながら戦いに望む。 第二陣が無数の衝撃波と共に斬りかかり。 愉悦に満ちた戦いが。 赤兎の望んだ戦いが。 再び始まる。 はず、だった。 |