3.第二次シーレア防衛戦 「……で」 ベネはまず、ぼやき気味にそう呟いた。 「……でぇ」 シグは続いて、泣きそうな声でそう呟いた。 反転しての全力ダッシュは、同時だった。 「シグぅ! 何で、アンタはこんな所に迷い込むかぁっ!」 うしろ……要するに、先程まで前だった所……からはギチギチという不快な音が聞こえてくる。白い肌、白い脚、意志の感じられない眼。 魔物、である。 それも、一体や二体ではない。マルが一つ多かった。 「えー! こっちだって、ベネが言ったじゃないですかぁっ!」 シェティス達と別れて森に入ったまでは良かったのだ。その後進軍ラッパと魔法の炸裂音がして、それを避けようと道を変えたら……。 このオチである。 「あーもうしょうがない。やるよ、ベネ!」 「えー!」 いつの間にか追い越されていたベネがあからさまな非難の声を上げた。 「っていうか、このまま連中の所に戻るの、癪に障る!」 「えええーっ!」 そんな非難は完全に無視して、ベネは口の中でさっさと詠唱を開始する。 言葉は古代語。今の世では大半の者が解せない、機械の言葉。 "主の名に於いて従者に覚醒を命ず……" 後を走っていたシグの足音が消えた。 "主たる我が名はベネンチーナ" 次の瞬間、ベネの背後に巨大な影が出現し、どこからともなく伸びてきた巨大な腕が彼女の姿をすくい上げる。 "従者たる汝が名は……『シーグルーネ』!!" 胸元に開かれた入口へ、怖れることなく背中から飛び込んだ。 「おー!」 着席と同時、頭の中に響く声。 「声が小さぁいっ!」 「お、おおおー!」 だん、と草を蹴散らして脚を着く。 抜刀と同時にぐるりと半回転し、抜いた勢いで背後から迫り来た魔物を真っ二つに叩き斬った。 見上げんばかりの大きさを持つはずだった魔物は、今は腰丈にも満たない大きさに過ぎない。両断された魔物の間をさらに踏み込み、続く魔物の群れを端から叩き斬る。 「行くよ! シーグルーネ!」 「い、嫌だけど、おーっ!」 爆発を背に。木よりも高い双剣の騎士は、孤独な侵攻を開始した。 柄で殴る。 刃で薙ぎ払う。 槍で貫く。 矛で打ち砕く。 「ふーむ」 迫り来る魔物の群れを端から潰しながら、ロゥはハイリガードの中で軽くぼやいた。 「やっぱり、多いだけか」 「その意見は、否定出来んな」 傍らで戦っているシェティスも、さして苦戦する様子もなく魔物をねじ伏せている。 もともとシェティス達の隊は赤い泉を制圧する為に作られた戦闘部隊だ。この手の戦いは慣れているし、強くもある。 魔物が生まれる中心地は、飛翔獣機であるギリューの観測によって特定されていた。警戒が厳しいため空中からの攻撃は出来ないが、それなら地上から泉を破壊して、残った魔物を片付ければ良いだけだ。 魔物の生まれるペースはかなり速いから、中心地には召喚士ではなく、泉に近いものが置かれているに違いない。障気の流れから、おそらく数は一つ。 それが、ココの魔法分隊とグルーヴェの獣機部隊の一致した見解だった。 「隊長! 北側、敵主力来ます!」 後方から獣機用の大弓で支援していたメルディアの通信が入ってくる。先日の決戦に続くほぼ初陣に近い状態だが、正確な射撃は予想以上の成果を見せていた。 「……一気に行くか。ハイリガード!」 「了解っ!」 叫びと共にロゥは主力武器である重矛をかざし、力を集中。騎体の各所にある廃熱口から余剰な力を吐き出しながら、大きく振りかぶる。 「くらえっ! ソルナールッ!」 放たれるのは、黄金に輝く衝撃の一撃。容赦のない一撃は白い群れの一塊をまとめて吹き飛ばし、塵へと帰していく。 「よし。総員、ロゥの開いた道から、一気に泉を攻め落とすぞ!」 シェティスの指示で、左翼の獣機隊は赤い泉を落とすべく、移動を開始する。 そのはるか上空。 「おう、やっておるな」 男は悠然と腕を組んだまま、一進一退の戦況を見下ろしていた。 「他国の戦です。どうか、手出し無き様」 故に、この高さなのだ。魔物の障気で行動の妨害も受けぬ代わり、こちらからも手出しの出来ぬ高さ。 「言わずとも分かっておるよ、カヤタ」 上空の強い風に、黒いマントが強くなびいている。それを風に遊ばせたまま、男は戦の趨勢を静かに見守っていた。 駆るべき獣機の背に立ち、騎体と同じく腕を組んだままで。 「ふむ。そこで、そういう手を打つか」 眼下、白い敵の群れに黄金の筋が穿たれ、そこに居る敵を一瞬で薙ぎ払う。獣機乗りの誰かが大技を使ったであろう事は、容易に予想が付いた。 「定石ですが、良い手ですね」 それ以外にも、そこかしこで強力な呪文や技の力であろう、巨大な爆発や結界らしき光の壁が生まれては消えていく。 「さすが大国ココ。魔術師の修練にも抜かりはないわ。スクメギから見に来た甲斐もあったな」 地上から見れば、技を放った誰もが圧倒的な強さなのだろう。一騎当千と誇っても許されるかもしれない。 だが。 「……クロウザ様。この戦」 はるか天上から見れば、戦の流れは歴然。 「ふむ。カヤタも気付いたか」 足元から聞こえる淑やかな女性の声に、漆黒の男・クロウザはどこか満足そうに頷いた。 「このままでは、ココは……」 「うむ。絶対に勝てぬ」 そのクロウザがやって来たスクメギ。 天に巨大な箱船を戴き、さらに不可解な構造物と化した遺跡の最上部に、彼らは居た。 「時間かかりそうですね。欠損データが多い」 「ですわね。せめて、戦闘時のダメージログが残っていれば良いのだけれど」 「艦橋も潰れていますからね。ここで可能な限りは回収しようと思いますが……そちら側、お願いします。仕様はこちらのファイルで」 「ええ。ドライバはこれですわね」 頭を寄せ合って話し合う二人の子供を、イシェは退屈そうに眺めていた。 大至急の護衛と言うからどれだけの大仕事かと思っていたら、二人の後に付いて遺跡を歩いただけである。倒した怪物に至っては、相手にもならない砂トカゲ一匹だけ。 それ以外は魔物どころか、盗掘者も盗賊も出る気配がない。 「暇だな……」 今いるのは、黄金の遺跡によく見られる、広間のような作りの部屋だ。硬質な壁の一部を引き剥がし、子供達はその前で何か難しい事をしているらしい。 本来なら侵入者に備えて警戒すべきところなのだろうが……部屋は鍵付きの頑丈な扉が付いており、そんな心配もないのだった。 「何か、する事無いか?」 「いえ、特には……」 その辺の椅子にもたれ掛かったイシェに、アノニィと呼ばれた少年は苦笑する。箱船のデータ解析には猫の手も欲しいほどだが、それが出来るのはメティシスとアノニィの二人だけだ。 結局手すきのイシェがぼんやりと二人の子供を眺めていると、ロックのかかっていたドアがすいと開いた。 「なら、仕事をくれてやろう」 「リヴェーダ様!? お体は大丈夫なのですか?」 イシェに仕事の依頼をしてきた蛇族の老爺である。メティシスの問いに答える事もなく、箱船の主に向けて問いかけを放つ。 「アノニィ殿。探査盤は使えますかな?」 老爺の言葉に従い、少年は箱船の探査機能を起動させた。箱船で生き残っていた機構がスクメギの周囲の様子を即座に調査し、水晶の板にその回答を映し出す。 「この光っているのが獣機になります」 北の果てに映る大きな反応はシーレアの戦いだろう。 そしてそれとは別に、高速でスクメギに接近する大型機の集団が、一塊。 「……これは?」 「左様。恐らくはグルーヴェの獣機戦隊であろうが……イシェ殿は儂と共に、これの偵察に同行して頂きたい」 内乱真っ只中のグルーヴェにスクメギを侵略する余裕があるとは思えない。だが、本国での闘争に敗れた一団が逃げ込むという可能性は、否定出来ない。 いずれにせよ、今のスクメギに彼らの侵略を防ぐだけの力は残っていないのだ。 「なら格納庫のグレイ=ドールをお貸ししましょう。まだ何機か生き残っていたはずですから」 |