-Back-

2.塵風と流転と

 どこまでも、荒野が広がっている。
 北上すればココ中央、西進すればシーレア高原、という辺りだが、この距離からはまだ荒涼とした荒れ地しか広がっていない。
「ベーネーーー」
 見渡す限り何もない荒涼の地に、力ない声が頼りなく流れた。
「おーなーかーすーいーたーーーー」
 ついでに言えば、水袋も空っぽだ。
「言うなッ!」
 前を歩く赤い髪の女が、残る力を振り絞ってそう吼える。
 原因は、ほんの些細なミスにあった。スクメギを出ればすぐシーレア高原だと思い、水と食料をそれほど準備しなかったのだ。
 高原に入れば小川もあるし、野には獣もいる。料理さえ出来れば、荷物は少ない方が身軽に動けるはず、だった。
 だが、スクメギとシーレアの間にある荒野には川も、森も、獲物もいなかった。
「私だって我慢してるんだからね! シグもさっさと歩きな!」
「にゃぁー。が、頑張るよぉ」
 とはいえ、日は既に高く、礫砂漠の温度上昇は留まる事を知らない。
 一息で三歩歩けた足が二歩になり、一歩になり、やがて……。


 馬車から降りた一同を出迎えたのは、若いラッセの武官だった。
「ご苦労だった、大尉」
「ええ。迷いかけましたけど、道案内を拾いまして」
 大尉と呼ばれた武官は苦笑しながら、火を焚いている天幕の方を指差した。
 見慣れぬ女の二人連れがいるから、多分それだろう。どうやら、食事をしているらしい。
「隊長代理のシェティスだ。部下が世話になったそうだな。礼を言う」
「なに、私もちょーーっと困ってたからね。おあいこさ」
 そう言った赤い髪の女は、携行食の包みをもう四つは開けているだろうか。
 一包みで一日は持つ獣機兵用の戦闘糧食四つは、多少の案内では割に合わないな……とシェティスは思ったが、面倒なので一々言わないでおいた。そもそも、そんな事で時間を取られている場合でもない。
「シェティス隊長。メルディア・レヴィー候補生、本隊より三式ギリュー受領致しました。シスカ様、ロゥ殿も出撃準備完了です」
 そんな事を考えていると、同じ馬車に乗ってきたメルディアが報告に走ってきた。
「ならばメルディアは後方から射撃支援を頼む。直援のイーファがいなくても大丈夫か?」
「お任せを。イーファの分まで働いて見せます」
 正確な敬礼に心強い、と軽く笑い、シェティスは赤い髪の女に向き直る。
「じゃ、水も食料も分けて貰ったし、私は行くとしようかね」
 慌ただしい出撃の様子を見てか、赤い髪の女は既に立ち上がっていた。連れの子供の肩を叩き、獣機達がいない方に向けて歩き出す。
「そうか。なら、気を付けてな」
「ああ。アンタらの邪魔をしないよう、適当に行くさ」
 背中越しに軽く手を振り、赤い髪の女……ベネは森の中へと姿を消した。
「さて。姉上のいるグルーヴェ軍とやらは、一体どこにいるのかねぇ……」
 そのぼやきは、もちろん当のグルーヴェ軍に届く事はない。


「さて、と」
 眼下に広がるシーレアの野を眺め、犬族の老人は静かに呟いた。
 中天にかかる陽光に照らし出されるのは、野の緑ではなく、見渡す限りの白、である。
 もはや斥候を出すまでもない。
 魔物の群れ、である。
 一つとして同じ形はなく。けれど、全てが同じ姿を持って、王都に向かって静かに歩みを勧めている。
 高く茂る大樹からひょいと飛び降り、犬族の老人は周囲に控える若者達に軽く手を振ってみせた。魔物討伐に編成された、プリンセスガードの連合部隊である。
「貴公ら、大規模戦は初めてかの?」
 頷いたメンバーの大半は、シーラ姫のプリンセスガード達だった。中でもこの最近入ったメンバーは冒険者から集められた者であるため、軍事行動クラスの戦闘経験がある者は少ない。
「アリシア姫の隊は平気であろ。チハヤヤ卿」
「はい。狂犬殿、此方の指揮の方はお任せを」
 対するアリスのプリンセスガードは、もともと集団運用の訓練を受けていた者達がほとんどである。アリス個人の下では冒険者と同じ少人数での戦いを求められていたが、本来はこの様な大規模戦で本領を発揮するはずだった。
「まあ、集団戦は魔法分隊と、獣機隊に任せておけば宜しかろうて。こちらはこちらで、適当に潰していけば良い」
 右翼と中央は本隊である魔法分隊、敵陣の厚い左翼はシェティスの獣機隊が引き受ける事になっている。
 二姫のプリンセスガードはその性質により、右翼の遊撃支援を任されていた。
「そ、それでいいんですの?」
「別に人間相手ではないからの。普通に魔物を討伐する段取りで良かろ」
 そう言って老犬が肩をすくめると、中央の一団から高らかなラッパの声が聞こえてきた。
「さて、進軍じゃ。せいぜい、死なぬ程度に働こうぞ」
 続いて、各陣で遠隔魔法や射撃を得意とする者達が、次々と遠隔攻撃を打ち込み始める。
 ついに、戦いは始まったのだ。



続劇
< Before Story / Next Story >


-Back-
C-na's 5th Dimentional Labyrinth! "labcom.info"
Presented by C-na.Arai