「さて、どうしようかね……」 オープンカフェの椅子にもたれ、青年はぼんやりと呟いた。 懐には半年分の給金だけが入っている。 それで、男の所持品は全部。 戻るべき処も、こなすべき仕事も今は、ない。 「んー。どーかしたの?」 視線を動かしてみれば、そこには少女がいた。昼食には遅く、お茶の時間には早い。そんながら空きのカフェで、わざわざ彼の隣に腰を下ろしてくる。 「どうもしない」 これからどうするか。冒険者にでもなるか? ずっと貴族の家で下働きをしてきたのだ。クマ族という出自も併せて体力には自信があるが、だからといって別にケンカが強いわけでもない。 「おにーさん、なんか、イイモノ持ってるねぇ」 「これで全財産なんだけどな。要るか?」 少女の言葉に不用心と知りつつも、懐の物を少しじゃらりと言わせてみた。 いきなり銀貨の入った革袋を渡されて、屋敷を出るよう言われたのだ。特に執着もないし、取られたからと言ってこれ以上困る事はない。 正直、目の前の少女がスリだとしても、どうでも良かった。 「そんなモノ要らないよ。首から下げてるほう、だよ。分かんないかなぁ?」 言われても、首から下げているのは物心付く前から付けているお守りだけ。 「……これか?」 「な、か、み、だよぅ」 言われるがまま、袋の口を開いてみれば。 「これは」 中からころりと出て来たのは、赤い石だった。宝石のようなカットこそされていないが、澄んだ石は十数年ぶりに浴びた陽光を弾き、綺羅綺羅と赤い影を落としている。 「ティア・ハート。あたしと同じ、炎だね」 冒険者の使う魔法の石。貴族に招かれた冒険者達が誇らしげに使っていたのを、青年は何となく思いだした。 その奇跡の力が、自分の手の中にあるというのか。 「分かるものなのか? こういうの持ってるって」 あたしだけ、特別だよ。 青年の問いに、そう、少女は笑った。 「この、ミンミ様だけのねー」 そして青年は冒険者となり、数年の時が流れる……。 Excite NaTS "Second Stage" 獣甲ビーファイター #1 決戦のシーレア高原(辺境編) 1.辺境の嵐 スクメギに一軒だけある酒場兼喫茶。 「昼飯。出来るだけ、早くて安いの」 カウンターに着くなりそう言ったのは、細身の若い男だった。 「はーい」 「なんか、空いてるな」 太陽は既に中天に差し掛かっている。どんな街でも昼食の時間だというのに、この店には客の一人も……いや、隅に男女の二人連れがいたが、それだけだ。 「いつもは混んでるんだけどねぇ」 カウンターの少女は手早くコーヒーの支度をし、それからランチの準備を始めた。慣れているのか、若いのに仕事が速い。 「何かシーレアの方でもバタバタしてるみたいだし、こっちも人が足りてないのよー」 「ん? 向こうで何かあったのか?」 そういう間に、男の前には鶏肉の照り焼きの皿が置かれていた。乾燥したスクメギだから、葉物はあまり無いのだろう。付け合わせは砂丘種のトマトである。 「ああ。戴冠式の日とシーレアで魔物の大発生が重なっちゃって、なんか大変みたいよ」 少女がそう言った所で、ドアに付いていたベルがからからと鳴り、三組目の来客を知らせてきた。 まだ十代前半であろう、少年と少女の二人組だ。 「あれぇ? メティシス、イルシャナさんと一緒に王都に行ったんじゃなかったの?」 どうやら少女の方は店員と顔見知りらしい。 「ええ。それなんですけど……スクメギに用事が出来まして、ちょっと」 「遺跡って、アンタ達だけで入って平気なの? リヴェーダさんは寝込んでるし、自警団の人もいま手が離せないでしょ?」 スクメギ遺跡は古代の遺跡。もともと安全ではない場所だったが、今度の戦いで上に巨大な艦が覆い被さる形になっており、構造的にも危険な場所になっている。 こんな時に頼りになると言えば冒険者だが、かつてメティシスに力を貸してくれた彼らは、数日前に旅に出たばかりだ。 「ええ。アノニィも居ますし。リヴェーダ様から、冒険者の方に護衛の依頼はしてある、とは聞いたのですけれど」 先にピュルスの店で食事をしている、と教わって来てみたのだが……。 「リヴェーダって、あの蛇族の爺さんだろ?」 ふと気付けば、傍らに背の高い男が立っている。皿が空になっているあたり、自己紹介よりまずは食べる事を優先したのだろう。 「イシェファゾ・ムレンダク。護衛役だ」 「兄さん一人? なんか、頼りないなぁ。ねえ、そっちのお兄さん達も……ってあれ?」 だがそのことを問う前に、ピュルス自身の言葉が場を遮った。 「どうかしたのか?」 イシェの問いにピュルスは頷いてみせる。 「うん。黒いマントのお兄さんと、髪の長い女の人の二人連れがいた気がするんだけど……おっかしいなぁ……」 だが彼らがいた場所には、空になった皿と数枚の東方硬貨が置かれているのみ……。 「まあ、居ないなら仕方ないかぁ」 イシェは長身だが、その分細い。縦にも横にも太い自警団の連中を見慣れたピュルスからすれば、その細さはいかにも頼りない。 「悪かったな」 「いえ、ティア・ハートを使える方なら安心ですわ。どうぞ、よしなに」 どこか不満げなピュルスを余所に、メティシスはイシェに向かって優雅に頭を下げた。 |