それは一瞬の出来事だった。
全身に響くのは、ごぎりという異音。
武器を抜く暇はおろか、相手の正体を確かめる隙も、顔を向ける間さえも与えられない。
体内を伝わって鼓膜に届いた異音の正体が、圧倒的な力で背骨を折り砕かれた音だという事さえ、哀れな犠牲者に理解出来たかどうか。
夜を照らすのは上弦の月。
おかしな形に折れ曲がった人体は、黒い髪を揺らし……そのまま糸の切れた操り人形の如く、その場にくたりと崩れ落ちた。
迫るのは、影。
一瞬で標的を葬り去った、影。
相手の眼球は、既に機能を停止している。開いたままになった黒い瞳に映るのは、衣服を裂かれ、露わにされた腹に牙が突き立てられる光景だ。
相手の鼓膜は、既に機能を停止している。もう二度と音を拾う事の無いそこに届く振動は、自身の内臓を喰らわれる、くちゃくちゃという咀嚼音。
月明かりも届かぬ森の奥。
漂うのは、余りにも濃い血臭だ。
無論相手の鼻孔も口も、自らの血臭も口内にあふれる鉄の味も、とうに感じる事はない。
その光景を見届けたのは、亡骸の血肉を食らう、殺したものだけだ。
Bre/Bre/Bre
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