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真!ゲッターちゃん
第5話
再臨! ゲッターちゃん



 どこまでも続く世界には、光が流れていた。
 黒い世界を切り裂く光。それは、電子の輝きだ。
 すっと手を伸ばし、すくい上げる。
 流れる光は1。その間にたゆたう闇は、0だ。
 0と1の世界の中から、ゆっくりと顔を上げる。意識を、浮上させる。
 数字が連なり、四つの輝き、十六組の情報がひとまとまりに。
 さらに浮上。
 連なる輝きは命令を成し、構文を成し、巨大なルールを作り上げていく。
 世界を変容させる大いなることば。
 それが連なり、いつしか世界そのものとなる。
 世界を支配し、思うがままに操る、まほうのことば。
 そう。わたしは、ここでうまれたのだ。
 ぼんやりとしたものがかたちになって、わたしがうまれる。
「チヤカ……」
 よぶながれがあるのが、わかった。
 わたしはまほうをひとつつかい、ひとつのかたちをよびだす。
 いちばんだいじな、おもいでのかたち。
 目のまえに呼びだされたのは、一つのファイル。
 魔法を実行した事で、急速に意識が覚醒するのが分かる。
 呼び出されたのは、六万五千五百三十五のパターンで描かれた、一枚の絵。
 もう一つ、コマンドを行使。
 その絵が何かを理解する、解析プログラム。
「チヤカ……」
 また、流れ。
 解析プログラムが届き、それを声だと認識する。
 最重要度の画像ファイルが人の顔だと認識する。
 記憶の巣からあふれ出たデータが一瞬で連なり、私を構成する。
 誰の顔だか理解した時。誰の声だか理解した時。
 私は、一気に意識の表層へと駆け上がった。
 負荷なんかどうでもいい。
 今は……ああ、今は……。
「恵!」
 起き上がったすぐ目の前に。
 あの懐かしい顔が、あった。


「恵……恵!」
 目を覚ますなり飛び込んで来た小さな娘を、男は優しく抱きとめた。
「心配掛けて……ホントに、心配したんだからな!」
「ごめんなさい……ごめんなさぁい……」
 柔らかい腕。暖かい胸。白衣に染み付いた、タバコの匂い。
 データで照合するまでもない。間違いのない、恵の体。
 懐かしく愛おしいその細身を、両手でしっかりと抱きしめる。
「……え?」
 そこで。
 チヤカは恵を抱きしめたまま、動きを止めた。
「ん?」
 半ば呆然とし、恵から体を離す。
 目の前の両手を開き、閉じてみた。
 にぎにぎ。
 グー、パー、チョキ。
 折れば、一から五までの数字を数える事さえ出来た。
「恵……?」
 五本の指は、チヤカの思うがままに形を変える。
 チヤカに、五本の指が付いている。
 しかも、両手に。
「恵!」
「驚いた?」
 泣きじゃくる余裕すら忘れた少女のてのひらをそっと両手で包み込み、青年は微笑んでみせる。
 驚くとか驚かないとか以前の問題だ。
「大変だったんだぞ……。ヒカリさんから連絡もらって駆けつけたら、ひどい事になってたんだからさ……」
 ニイハチの胴をドリルアームで貫いたまま、機能を完全に停止しているボロボロのチヤカを思い出す。回路とモーターの半分は焼き切れ、漏電したバッテリーが無事だった回路もズタズタに引き裂いていた。
 何とか原型を留めていた中枢を取り出し、内を侵したウィルスを丁寧に取り払い、形になるまでに修復できたのが三日前。
 新しいボディに組み込み、起動させるまでにさらに三日を要し、今に至る。
「……そうだ。恵、どうしてここが?」
 見回せば、相変わらずのヒカリの家だ。
 今頃になって思い出した。自分達は家出したハズなのに……どうして、恵がヒカリの家に?
「……ヒカリさんから連絡もらってた」
「そう……」
 設計図があったのだから、連絡先もあって当然だろう。故障ならまだしも、大破といって差し支えない状況だったのだ。自分がヒカリでも、恵を呼ぶだろう。
「他の二人に変わってくれる? 具合がどうか、聞きたいから」
「ええ」
 心の中に意識を向ければ、ミクマがゆるゆると起き出した所だった。
(ミクマ。お早う)
(おはよぉ、チヤカちゃん)
 まだ眠ったままのイクルに自動制御命令と当面のパワーを送り込み、オープンゲット。
 慣れない体はややぎこちなく、三つに並んで一つに変わる。
「チェンジ! ゲッターす……え?」
 バランスが取れずにすとんと転がった少女を、恵は優しく受け止めた。
「まだバランスが取れないかぁ」
「恵……さん? え? えっと……えええっ!?」
 ミクマも完全な混乱状態だ。どこに驚いて良いのか分からない。
 チヤカを侵したウィルスと相打ったはずの自分が生きている事か。
 家出したはずなのに、目の前に恵がいる事か。
 それとも……自分に足がある事か。
「まあ、おいおい説明するよ。歩き方は、チヤカかイクルに教わればいいと思うけど……平気?」
「は……はい」
 焦って心に問いかければ、イクルがぼんやりと座っているのが見えた。
(い、イクルちゃん。ちょっと変わってぇ……)
 半泣きのまま、体を散らす。
 三つの影は新しいイクルの体へと形を変え、ふわりと舞い降りようとして。
 そのまま半回転し……
「こら待てっ!」
「ひゃあっ!」
 逃げようとしたところを、背中からガッチリしがみつかれた。
「説明してもらおうか、イクル!」
 新しい体になっても変化のないイクルは、体について混乱する事はない。
 その分、単純な驚きとその対処法が出来た。
「はーなーせーーーー! 恵ちゃんのばかー! へんたいー! うわきものー!」
 ここは逃げの一手、だ。
 その時、ニイハチを連れ、階下からヒカリが上がってきた。素っ気ない格好に湯気の立つマグカップ。カップが二つある以外は、いつもと変わりない。
「どう? 感動の再会は……って、何やってんのよ」
 目の前で繰り広げられているマヌケなコントに、やれやれと苦笑を浮かべる。



 十二畳のフローリングには、珍しく四人の姿がある。
「ごめんね……三人とも」
 恵の膝に抱かれているチヤカに、ヒカリは大仰なため息をついた。
「回収品からウィルス移されて女の子を襲うなんて……我が子ながら情けない。風穴が開いてさぞかしスッキリしたでしょうよ」
 不機嫌そうにそう言われたニイハチは、部屋のすみっこで小さく正座したまま。構造が単純だったからかそもそも致命傷ではなかったからか、今では胴の真ん中に開いた穴もきれいに補修されている。
「ほらニイハチ。ごめんなさいは?」
「……御免なさい」
 言われ、深々と頭を下げるニイハチ。よっぽどヒカリに手酷く叱られたのか、いつもよりもさらに大人しくなっている。泣きそうな今の彼と恐ろしいあの時の彼は、全くの別物だったのだろう。
「あれは……仕方、ないですわ」
 恵にしがみついたまま、チヤカは小さく呟く。
 心の中を喰らい尽くす、あのどす黒いもの。実際にその異形を目にした三人だからこそ、ニイハチも被害者の一人なのだと納得できる。
 あの怖い思い出は簡単に拭えそうにはなかったが、恵に抱かれる分には怖くない。イクルやミクマもいてくれるから、大丈夫だ、きっと。
「で、チヤカ達はこれからどうするの?」
「あ、そうだ!」
 その声と共にチヤカの体が別れ、イクルへ変わった。着脱式になったマントが取り上げられているせいか、逃げる様子はないが……。
「恵ちゃん。あたしね、ヒカリちゃんなら恵ちゃんのお嫁さんになっても許したげる!」
 唐突な発言に、一同は目を丸くする。
「……はぁ?」
 恵に至っては、言葉もない。
「恵ちゃん、人間のお嫁さんと結婚したいんでしょ? でもあたし達、恵ちゃんのお嫁さんに恵ちゃん取られたくないもん」
 そもそもの発端はそこなのだ。恵の奥さんになる人に恵を奪われると思い、イクル達は家を飛び出したのだから。
 なら、恵の奥さんをイクル達が決めれば万事解決だ。イクル達を可愛がってくれて、なおかつ恵を愛してくれる人ならば。ヒカリなら、適役だ。
(いくら何でも、それは……)
(さすがに……)
 あまりに幼稚なイクルの言葉に、チヤカはおろか、ミクマさえも苦笑を隠せない。
 幼稚を通り越して、もうバカの領域だ。
「……じゃ、いいじゃん。恵ちゃん」
 だが、その幼稚な提案に乗るバカがいた。
「しちゃおうよ。結婚」
 ヒカリだ。
「え?」
 驚くイクルに手を伸ばし、きゅっと抱き寄せる。いつの間に引き寄せたのか、腕の中にはニイハチもいた。
「イクルなぁ。人の話を聞かない癖、いい加減直そうな」
 その三人を抱きしめる、もう一つの腕。
 恵の、腕だ。
「言ったろ? おまえ達の、お母さんになってくれる人だって」
 恵の奥さんとなり、なおかつイクル達を子供のように可愛がってくれるひと。飲みに行った先で出会った、機械を家族のように扱う、風変わりなジャンク屋の主。
「頼りないおかあさんだけどねぇ」
 恵の腕の中、イクルとニイハチを抱いたまま、ヒカリはへらりと笑う。
「それじゃ……」
「そりゃ、びっくりしたよ。恵ちゃんから電話もらって探しに出たら、いきなりぶっ倒れてるんだもん」
 家出したイクルを探しに出たのは、恵や月姫達だけではなかったのだ。
「何か恵ちゃんとの事、騙してる形になっちゃって、ごめんね」
 ヒカリとニイハチも、探しに出た一人。
「でも、イクル達が可愛いのはホントだから」
 それは十分に知っている。ジャンク達にぶつけるヒカリの体当たりの愛情は、芝居で出来るものではない。
 まやかしの愛情で騙せるほど、イクル達機械は甘くないのだ。


続劇
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