「よしよし……」 居間のソファに腰を下ろし、泣きじゃくるチヤカを胸元に抱いたまま。月姫は彼女のさらさらした髪をゆっくりと撫でていた。彼女の泣くに任せ、無理に止めようとはしない。 泣き声が響く中、ごろりという鈍い音。 「あら、あなた達は……イクルちゃんと、ミクマちゃんね?」 チヤカの胴と足が崩れ落ち、膝の上で少女の顔へと変わる。槍一郎から彼女達の機能を聞いていたのだろう。特に驚いた様子はない。 「どうしたのかな?」 動かない二人へ、再び優しく問いかける。 「ふええええええん!」 泣き出したのはイクルの方が早かった。 「あらあら……」 声もなく泣き出したミクマを拾い、イクルをその間に。 薄手のセーターの上。ふっくらした胸に乗せるような形で、三人の頭を抱え込む。 「あたしたち……ね……ひっく……けいちゃんに、捨てられ……ちゃうの……」 「まあ、ひどい」 「私たち……じゃ……きっと……お役に……立て、ませんもの……」 「そうなの?」 「Gは……ひっく……ボク……たちより……高性能ですから……」 「あらあら……」 泣きじゃくる頭を抱えたまま、月姫は少女達にそっと頬を寄せた。 「三人とも、いい匂いがするのねぇ」 泣きはらして赤くなった顔には、うっすらと汗が浮かんでいた。チヤカ特製の冷却剤は普通の冷却剤と違い、気化する時にふわりと甘い匂いを昇らせる。 「恵もね……褒めてくれましたの……ひっく。チヤカ、いいにおいだね、って」 優しく撫でてくれた。抱きしめてくれた。キスして、一緒に寝て、それから、もっと嬉しいこともたくさんしてくれた。体が保たないからと時々しかやってくれなかったけれど、それが彼女達の一番幸せな時間だったのだ。 「こんなに可愛いあなた達を、恵さんは捨てちゃうの?」 少しだけ上向かせたイクルの唇を、月姫は伸ばした舌でそっと舐め取った。 「イクルちゃんは恵さんのこと、大好きなのねぇ」 無防備に泣くイクルの心は、プロテクトさえ張られていない。 あまりにも純真で幼いイクルの心。その透明なキャンバスは今、哀しみで真っ黒に染まっている。 「うん……でも、もう恵ちゃん、きっとあたし達のこと、いらないなの……」 タツキにも、クロエにも追いつけないから。恵の夢の名、ゲッターという名前すら、今はもう彼女達のものではない。 恵の望む力を失い、夢の名を失えば……恵と共にある理由は無くなってしまう。 「じゃあ、みんなは……どうしたいのかな? うちの子になる?」 「月姫さんの……?」 「あたしは子供、作れないから。それに……」 あの研究所で初めに生まれた彼女からすれば、ミクマ達全員、子供のようなものだ。 「まま……?」 「ホントは姉妹なんだろうけど……あたし達の世界で十五年なら、そう呼ばれてもいいと思うのよねぇ」 悪戯っぽくくすりと笑い、恥ずかしげにそう呼んだミクマに頬ずりする。 「まま!」 ミクマに連なった三人は、初めての呼び名に微笑む月姫の胸に飛び込んだ。 伸縮自在の腕、キャタピラの足、背には大きなバックパック。 頭の上にはご丁寧に、ヘルメットまで乗っている。 女の子らしい箇所はほんの少ししかない、ミクマの体。 イクルは知っている。チヤカも知っている。 心優しい末っ子の穏やかな笑顔の下、その内に悲しい想いを宿していることを。ライカに対するチヤカの比ではない。シウミの存在は、ミクマの心を完全に打ちのめす出来事だったはずだ。 だからこそ、今はミクマなのだった。 「ミクマちゃんは丈夫に出来てるのねぇ。恵さん、心配だったのかしら?」 月姫の細い指が、ミクマのヘルメットを後ろへそっとずらす。あごひもと頭部が繋がっているから、最後までは外れない。首元に引っかけるようにして、淡い栗色の髪を露わにする。 ショートの髪をそっと手櫛で梳き、ふんわりと昇る甘い匂いに目を細めたところで、気が付いた。 「あら。可愛い」 頭の上にちょこんと付いている、小さな動物の耳を。 ヘルメットに収まるようにぺたんと垂れた、子犬のような耳。驚くほど目立たない所にあるそれが、彼女の合体サインなのだった。 「……センスないです。恵さん、お金もないし」 ぽそりと呟く、ミクマ。 「こんなに可愛いのに?」 少女の拗ねたような口調に笑い、柔らかな耳へ甘く歯を立てた。腕の中のミクマが身をよじるが、気にしない。 膝の上にキャタピラを載せ、横抱きに抱きしめる。 「まま……。キス、していい?」 「それは、恵さんに甘える時でしょう?」 恥ずかしげにねだるミクマが愛おしくて、自然と笑顔が浮かぶ。 「どうやって甘えたらいいのか……わかんないし」 そう言われて、月姫も笑った。 「ああ。そうよねぇ……。あたしも槍一郎さんにしか、甘えたことないや」 彼女達に親はない。ミクマにはイクルとチヤカがいるが、彼女達独特のスキンシップは参考にならないだろう。 「どうしよっか?」 結局皆、愛する人への甘え方しか知らないのだ。 「ねえ、まま……。ボクね、一度やってみたかった事があるの」 胸元にしがみつき、セーターの上から唇を押し付ける。 「あらあら。ミクマちゃん、甘えっ子さんねぇ……」 ミクマのしたいことに気が付いたのか、月姫はセーターをそっとたくし上げた。首元まで上げておいてブラのフロントホックを外し、開いた胸元にミクマを抱き寄せる。 「おいで、ミクマ」 ちゅぱ、という濡れた音がして、甘い痺れが月姫の回路を駆け抜けた。 「ん……んむ……ちゅ……」 ミクマの柔らかい唇が乳房を撫で、小さな舌の腹が軽く立ち上がった乳首の先端をコリコリともてあそぶ。恵に開発されているのか、それとも天然なのか。どこまでもソフトなタッチでこね回すミクマの舌は、意外なほどに巧い。 槍一郎しか知らない場所が、幼い子供によって開拓されている。そんな奇妙に倒錯した感情が、人間らしい感情を手に入れたアンドロイドにわき上がってくる。 ちゅぱっ。 「ひあっ!」 突如、乳首がぽんと抜けるような感覚。胸元にたくし上げたセーターで見えないからと手を遣ってみれば、別に壊れた様子はない。 代わりにあるのは……触れた指先に絡み付く、白い液体。 「……槍一郎さん、いつの間に入れてたのかしら」 軽く舐めて味を確かめた後、汚れた指をミクマの口元へ。 ふっくらとしたミクマの温度が、月姫の指を包み込む。 「や、ミクマちゃん、すごく上手ぅ」 ちゅぱちゅぱとしゃぶられるだけでも気持ちいいのに、性感帯を求めて絡み付く舌の具合がたまらない。強く、時に柔らかく、細い指をほぐしていく。 つぷ、と抜き、再び乳首へ。 「ゃ……ぁ……っ!」 いきなり強く吸い上げられ、二人はバランスを崩してソファの上に倒れ込んだ。 「へ……っ!?」 ミクマの下半身にあたるチヤカの機首部分。前に尖ったそこが彼女の股間をかすめるように入り込み、太ももの間にすっぽりとはまりこんでいる。 「ままぁ……」 ちゅうちゅうと母乳を吸いながら、ミクマは月姫の感じやすい先端に恵への奉仕で鍛えた舌遣いの全てを捧げていた。無意識のうちに弱い場所を探し当て、軽く歯を立てたり、太い指で揉みほぐしたりと愛撫の限りを注ぎ込んでいる。 「や……ちょっと、ミクマちゃん、だめぇ……っ」 その上、ミクマが身をよじるたび、熱くなった股間をチヤカの尖りが擦り上げるのだ。なまじ性の悦びを知っているだけに、一度火が付けば止まらない。止められない。 膝と片手を必死に使い、ぴったりフィットした細身のジーンズを太ももあたりまで何とかずり下げる。 「チヤカちゃん……ミクマちゃぁん……お願ぁい……」 月姫は上擦った声で、尖る先端を太ももで強く挟み込んだ。感じやすい処をショーツ越しにすり合わせ、淫らな鳴き声を上げてミクマ達に合体の解除をねだる。 「ん……」 オープンゲット。 何の衝撃もなく月姫の体の上から重みが消え、股間と乳房、腹の上に軽くなった圧がすっとかかった。 「あたしの上で……バラバラになるの、って……もっと……痛いかと思ってたよ」 膝を立てて股の間にミクマを導き、イクルとチヤカを胸元に抱きかかえる。 「恵ちゃんが痛い思いするのヤだから、みんなで練習したんだよ」 「ひゃぁ……っ! み、みんな……いいこ……ぇぁ……ッ!」 三つの場所から思うがままの快楽が伝わってきた。乳を求める幼子そのものの無邪気なイクルに、どこか羞恥の残るチヤカの初々しい唇。そして何より、ミクマの蕩けるような舌遣い。 とろとろ汁が溢れるのが分かるその場所が、幼子の顔に何度も何度も潮を吹く。 「やぁ……っ……! すごぉ……すごぉ……いぃ……すごいよぅ……ッッ!」 チヤカ達から立ち上る甘い匂いの中。母と慕われた月姫は、三人の子供を抱きしめたまま悶え狂う。 慰めるなんてとんでもない思い上がり。立場は完全に逆転し、今は月姫が彼女達にされ放題だ。母乳と愛液、少女達の唾液にまみれ、潤んだ瞳で淫らに喘ぐだけ。 その時、家の外で車のブレーキ音がした。 「ゃ……あ……!」 玄関が開く音と共に聞こえてきたのは、彼女の愛しい人の声。連れがいるのか、別の男の声もする。 誰かは分かっていた。 「や……だめ、ちょっと……きちゃ……らえぇぇっ!」 見られたくない。見られたくない。 だが、入口からはむしろバタバタと走る音が聞こえてくる。 「や……らめ、だめぇぁぁぇつ!」 絶対に見られたくない。羞恥に快楽が加速し、逆に全身が熱く燃え上がる。 「どうしたっ!」 「だいじょ……」 「いやぁぁぁぁぁぁぁん!」 三人の少女に犯し抜かれた半裸の姿で、彼女はついに絶頂を迎えた。 呆然とする兜と恵の瞳に、淫らに果てた月姫の姿が映り込んでいる。 「全く……お世話、かけました」 兜家の玄関で。いまだぼんやりとしたままのチヤカの手を引き、恵はバツが悪そうに頭を下げた。 「いえいえ。何というか、結構なものを」 対する月姫もぺこりと一礼……したのかどうか、恵には良く分からなかった。 手のひらに乗るほどの小さな飛行ユニット。それが、今の月姫の姿だったからだ。 すぐに帰ると申し出た恵の手前、シャワーを浴びるわけにもいかない。だからといってあの格好のまま恵を見送るわけにもいかず……。 この姿、である。 頭部に内蔵された非常脱出装置『パイルダーユニット』。AIの保護機能と回収装置を兼ねた、いわば兜月姫というアンドロイドの本体なのだという。 「……これに懲りずに、遊びに来てくれな。そいつらが来れば……その、なんだ。月姫も、喜ぶ」 そして憮然とした表情の兜は、右目に青あざを作っていた。 半狂乱になった月姫が飛ばした腕の直撃を受けたのだ。月姫の正体を知る恵からすれば、むしろ青あざ程度で済む方が不思議だった。 「恵さん」 小声に近寄った月姫の声に先程の乱れに乱れた月姫の姿が重なり、思わず視線をそらす。イクル達がいるとはいえ、今の月姫は独身の恵にとって刺激が過ぎる。 「その子達、大事にしてあげてね? あなたに捨てられるかもって、すごく悩んでるみたいだから」 「……そうなんですか?」 だが、月姫の言葉はそんな劣情を吹き飛ばすほどに意外だった。恵の表情の中には疑問符しか浮かんでいない。 「何でまた、そんなこと考えるかな……こいつらは」 余程疲れたのか、その悩んでいる張本人は恵に繋がったままうとうとしている。 はぁ、とため息を吐き、ふらふらと揺れるチヤカを背中の上へ。ずっしりとした重みが加わるが、表に停めた車までなら何とかなるだろう。 「その様子なら、大丈夫ね」 重みに困り顔の恵を見た月姫は、ようやくいつもの笑みでふわりと笑った……ように見えた。金属のキャノピーで覆われた内側のAIの表情は、誰にも想像が付かない。 「それじゃ、失礼します。主任、色々とスイマセンでした」 眠ってしまったチヤカを助手席に乗せ、自分も運転席へ回り込む。 その時、ドアを開けた恵の背中に、柔らかい声がすいと伸びた。 恵さん。再び、声。 「アンドロイドが怖いものって、何か分かる?」 突然の問い。 少し考え、分からない、と恵は素直に答えた。 「なら、チヤカちゃん達に聞いてみて」 軽く頷き、キーを回す。658ccの小さなエンジンが控えめにうなり、アイドリングを開始する。 「早乙女ぇ。明日は一日休みって入れとくからな。研究所に来んじゃねえぞ」 「明日の最終調整は、延期でいいんですか?」 兜の言葉に苦笑を一つ。反撃がてら、あえてそう問いかける。 「バカか。腕折るぞ」 答えはない。 会釈を一つ残し、恵の車はパタパタと走り出す。 「……なあ、月姫」 テールランプが角を曲がったのを確かめて、槍一郎は小さく呟いた。 「なぁに? 槍一郎さん」 頭の上にひょいと乗っかり、月姫は返事を一つ。最近は滅多に使わなくなったパイルダーだから、ずっと浮いていると消耗が大きいのだ。 「あいつら……そんなに上手かったのか?」 マヌケな問いだが、口調は真剣だ。好色な様子は欠片もない。 「あら。研究所で見かけても、槍一郎さんはダメよ? あの子達は恵さんの物なんだから」 それを知った上で、あえて茶化してみる。 「い、いや、そう言う事じゃ……なくってだな」 意外と子供っぽい夫の様子に、くすりと笑み。 「槍一郎さんのと、あの子達のは別物だから」 ほっと一息つく槍一郎に、それより、と、月姫は付け加えた。 「いつ私の胸におっぱいなんか入れたのよ」 「え!? あ、いや、その……それは、だな」 「とりあえず腕を付けてもらってから、お風呂でゆっくり聞かせてもらいましょうか」 そう言い残してふわりと浮上。さっさと家へ飛んでいく。 夜の住宅街に響くのは「玄関開けてよぅ!」という、月姫の声ばかり。 |