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ゲッターちゃんG!
第3話
鋼の手を繋げて



 揺れる世界の中で、チヤカは目を覚ました。
「ここ……は?」
 隣を見れば、タバコをくわえた恵がいる。手に丸いハンドルがあるという事は……恵の車の中なのだろう、ここは。
「ああ、起こしちゃった?」
「いえ、平気ですわ」
 ちらりとこちらを見た恵にそう答えておいて、左腕を太ももの間へそっと挟み込む。
 自動車は苦手だ。狭い助手席ではドア側に大きなドリルがつかえてしまう。だからといって後部座席だと、今度は恵が見えなくなる。
 そんなチヤカの気持ちを知ってか知らずか、恵は無言で大通りを左折。細い路地へと入り込んだ。
「恵?」
 いつも通る道ではない。途中で児童公園にぶつかるから、この道だと近道どころか大回りになるはずだ。軽自動車一台が通るのでやっとの裏路地をゆっくりと進み、恵の車はチヤカの予想通り公園にたどり着いた。
 ブレーキの音が鳴り、エンジンが止まる。
 がき、という機械音は、ペダル式のサイドブレーキを踏み込んだ音だ。
 大通りから離れたこの界隈は、本当に音一つ無い。うっそうと植木の茂る小さな児童公園には街灯すらもなく、辺りは本当の闇に覆われている。
「……どうしましたの? 恵」
 チヤカには、恵のしたいことが分からない。
「チヤカ」
 夜の影に隠れた恵の唇が動き、言葉が放たれた。
「シートベルトを外して、こっちにおいで」
「はい?」
 首を傾げつつも、言われたとおり、ハンドルと恵の間に小さな体を滑り込ませる。恵がシートを一番うしろまで下げていたから、思ったほどは狭くない。
 恵の腕が伸び、胸元に引き込まれた。
「月姫さんから聞いたよ」
 肩に掛かる圧力が、いつもとどこか違う。
 怖い。怒っている。
 あの優しい、恵が。
「チヤカ達が、捨てられそうで不安に思ってるって。……本当?」
「それは……」
 答えられない。答えたくない。
 だが、嘘は付けない。焼き付けられた三原則が、身を縛る。
「……」
 だから、チヤカは沈黙を使った。彼女達にただ一つ許された、最大限の嘘。
 いや、嘘ではない。沈黙は……そう、嘘ではないのだ。
「ねえ、どうしてそんな事考えるの?」
 沈黙を守る。
「僕がタツキやクロエを作ったから? それとも、エッチな事ばかりするから?」
 そうだとも言えない。違うとも言えない。だから、口を開かない。
「言ってくれなきゃ……分かんないよ」
 でも、駄目だった。
 悲痛な恵を見ていられない。
「……私、この腕がキライです」
 ぽつり。
 チヤカはたまらず、口を開いた。
 左腕を少し動かせば、がつ、という鈍い音。少し動かしただけでも、大きなドリルはドアにつかえてしまう。
「家事もロクに出来ない。車に乗れば邪魔になる。便利だなんて思ったこと、一度だってありませんわ」
「チヤカ……」
「ミクマもそう。あの子がキャタピラの足をどれだけ気にしているか、知ってますの?」
 闇の中、恵の表情は見えない。そのせいもあるのだろう。一度動き出した口は、壊れた蛇口のようにたまった澱を放ち続ける。
「私たちは貴女の役に立ちたいのに。いつまでも一緒にいたいだけなのに……」
 なのに、恵は『G』を造った。
 チヤカ達よりはるかに優れた、完全な夢の形を。
「完成品が出来たら、もう、試作品の意味なんかないじゃありませんの……」
「……ごめん……お前達がそんなに悩んでたなんて……」
 たまらず泣き出したチヤカの頬を、恵の手が包み込む。
 月明かりの下に見えた恵の顔は、穏やかだった。
「僕が不便に思わなかったからさ……思ってもみなかったよ。その分、お前達に負担掛けてたんだね……」
 黒い筋を無数に刻んだ親指が、チヤカの涙をそっと拭い取る。飄々として清潔に見える恵だってひとかどの技術者だ。指のシワ一つ一つにまで染み込んだオイルの汚れが落ちることは、二度とない。
「ホント言うとね……お前達には大して期待してなかったんだ」
「え? 期待してなかった、って?」
 取り違えられた意味に気付き、恵は苦笑して訂正した。
「お前達じゃなくて、そのボディに、って意味だよ。チヤカの腕やミクマの足も、お金が貯まったらすぐ交換するつもりだったんだ」
 当時はとにかく、完成させるだけで精一杯。アンドロイドで最も大事な中枢基板でさえ買い換えられず、応急処置でだましだまし使っていたのだ。より高価な手足に至っては、間に合わせのジャンクで当座はしのいで、余裕が出来たら良いものを買い足そう。そういう、計画だったのだ。
「じゃ、どうして!」
 研究材料の一部ということで、今ではチヤカ達にも若干の予算が与えられている。少額とはいえ新品の手足を揃えるには十分すぎる額だ。現に、中枢基板や味覚センサーなど前からあるパーツは、相当な数が中古から新品に入れ替わっている。
「だって、お前達がすごく頑張るんだもん……嬉しくなっちゃってさ」
 着地するのが精一杯の装備で、恵の腕に羽根のように舞い降りるイクル。
 不自由な両手で、完璧な家事をこなしてみせるチヤカ。
 そして……
「ミクマは?」
 いつまでも続けない恵に、チヤカは首を傾げた。
「……気付いてないのかい?」
 なら、そのうち分かるよ。そう言って穏やかに笑い、チヤカのワンピースの下に納まっているミクマを撫でる。
「とにかく、お前達の頑張りを全部無駄にしちゃう気がしてね……」
 少しずつ育っていく彼女達を見るのは純粋に嬉しかった。苦労しているのはもちろん知っていたが、それでも見守っていたかったのだ。技術者のエゴと責められても、言い返す術はない。
「だから、今度からは何でも話してよ。悩みとか、困ってる事とか。エッチだって、やりたくない時はちゃんと言ってくれれば、しないから」
「……えっち?」
 いきなりな発言に、チヤカは首を傾げた。
「だってお前達、一度も断ったことないだろ?」
 そうそう毎日は保たないから、チヤカ達の誘いを人間の恵が断ったことはある。けれど、チヤカ達が恵の誘いを断ったことは一度もなかった。
 正確に言えば、ちょっと考えるからと恵を待たせてから、三人のうちの誰かが相手をしてくれる。
「恵……私達のこと、全然分かってませんのね」
 チヤカは身を乗り出し、きょとんとしている恵に無理矢理口づけた。口を塞ぎ、下から鼻を押し付けて鼻も塞いでやる。呼吸をしないチヤカは余裕だ。けれど、息をふさがれ、頭をシートに押し付けられた恵はたまったものではない。
 顔が真っ赤になり、青くなりかけた所でふっと枷を解いてやる。
「ち……チヤカぁ……今のは……ちょっと……反則」
 ぜいぜいと息を吐きながら恵。だが、その荒い息の恵に、チヤカはさらに唇を押し付けた。今度は鼻は押さえない。そのぶん舌を激しく絡め、呼吸する隙を与えないようにしてやる。
 呼吸困難の半歩手前まで追い込まれ、恵はようやく完全に解放された。
「ごめ……もう……勘弁してくれ」
 既に言葉にもなっていない。頭の中が酸素を求め、くらくらする。
「ひどいよ……チヤカ」
「ひどいのは恵ですわ」
 ようやく息を整えた恵の胸にしがみつき、チヤカは珍しく拗ねてみせた。
「私達がどうして恵を待たせているか、分かりませんの?」
「え……? 誰がするか決めてるんだろ? 気分が乗らない子もいるだろうし」
 気の乗らない者が抜け、相手をする余裕がある者が恵の相手をするのだろう。恵は今まで漠然とそう考えていた。
「……最低」
 いきなりの罵倒に、目を丸くする。
「は?」
「私達はみんな、恵とエッチしたくてたまらないのに……そんな事言うなんて、最低ですわ」
 ぷいと横を向き、目を合わせようとしない。
「ごめんよ。ほんと、ゴメン。僕が悪かったよ」
「……じゃ、エッチしてくださいます?」
 横を向いたままの申し出に、少し間が空いた。
「……ここで?」
 チヤカの首は縦。
「帰ってからに、しない?」
 今度はふるふると横に振られる。
「臭い、こもるよ?」
「私達は恵の匂いなら、全然気にしませんわよ?」
 目の前にはそっぽを向いたままのチヤカ。
 ハンドルとキーはその向こう。
 どうやらこの中で一番偉い人には、選択権などないようだった。


続劇
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