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−第3話(中編)・Prologue−
 『ユノス=クラウディア』という街がある。  エスタンシアの降下した地・モンド=メルヴェイユのさる街道添いにある宿場街 だ。  周囲を乱気流の吹く険しい火山性山地…ラフィア山地に囲まれており、街道以外に はまともな侵入経路など見当らない。この天然の要害とも言える地形は、コルノやプ テリュクスの侵略を防ぐ絶好の防壁として機能していた。  さらに、今はエスタンシア大陸がある。  敵とも味方とも知れない未知数の力を秘めたこの浮遊大陸が睨みを効かせている以 上、コルノ・プテリュクス両陣営とも、うかつな侵略行動は絶対に不可能なものと なっていた。  すなわち、コルノやプテリュクスから独立している街と言う事になる。歩いて数日 の所にあるエスタンシア大陸から入ってくる冒険者、そして、突如として湧き始めた 温泉を目的とした湯治客など旅人の数は非常に多い。  街は、ざわめいていた。  すぐに来る、激しい嵐から身を護らんが為に。



読者参加型プライベート・リアクション
ユノス=クラウディア
第3話 そして、巻きおこる嵐(その5)



Act5:再会(3-days[after] ・6日目)

 「ふにゃ……」
 ルゥが目を覚ましたのは、朝になってからだった。
 「あれ……ここはぁ?」
 寝ぼけた頭をふりつつ、きょろきょろと辺りを見回す。
 部屋の作りは一緒だから、ここが『氷の大地亭』の使用人部屋と言うことは大体予
想が付く。だが、ユノスとルゥの部屋ではない。具体的にどこがどう違う……という
わけでもないのだが、何となく雰囲気が違うのだ。
 「あら? ルゥちゃん、起きた?」
 そんなルゥに掛けられる、穏やかな声。
 「あ……」
 そこには、一人の美しい女性がいた。備え付けの簡素な鏡台の前で青く長い髪を丁
寧に梳かしつつ、こちらに向かって声を掛けてくる一人の女性が。
 「クレス……さん」
 くすくすと笑いながら、クレスはルゥの元へとやってくる。どうやら自分の髪の手
入れは終わったらしい。
 「昨日はルゥちゃんが寝ちゃってから、大変だったんですよ……」
 ルゥの寝癖の付いた髪の毛をそっと手に取り、ゆっくりと櫛を通し始めるクレス。
ルゥの方もそんなに嫌じゃないのか、彼女のするように任せている。
 「ユウマさんとシークさんが戦いそうになったり、ユノスちゃんのお姉さんのナイ
ラさんっていう人が来たり……」
 『当面の目的は達したから、帰る』と言い出したナイラをユノスが離すものかと引
き止め、『泊める部屋があるかどうかは、知ってる奴に聞けばいい』とユウマが眠っ
ていたクローネを叩き起こし、泊める部屋がないなら相部屋でも構わないと言い出し
たシークとユノスが妙な対立を起こす。クリオネは相変わらずどこ吹く風の知らん顔
だし、ルゥはこの騒ぎにも関わらずくぅくぅと眠っているし、クレスはおろおろする
し……というわけで、一応の決着が付いたのは日が昇る直前になってからだった。
 「それで、ナイラさんはユノスちゃんの所に泊めることにして、ルゥちゃんは今日
はわたくしの所にお泊めしたんですよ」
 「へぇ……。あ、そうだ」
 ルゥは少々バツの悪そうな声で、背後のクレスに声を掛ける。
 「ご主人さま、あれから何か言ってた?」
 あれだけ慕ったユノスに、『前のご主人さまの代わり』などと言ってしまったのだ。
いくらこれ以上は騙したくなかったとは言え、ユノスが気分を害さないはずはない。
 「いいえ。別に?」
 「そう……。ルゥ、ご主人さまにひどい事言っちゃったから……」
 今クレスの部屋にルゥがいる事だって、気分を悪くしたユノスがルゥと同室になる
事を拒んだからかもしれない。
 「ユノスさん、言ってましたよ。ルゥちゃんのこと、好きだって」
 今日の大地亭の部屋は満室だった。だから、ナイラと面識のあるユノスが、自分の
部屋に泊めたのだ。ルゥをクレスの部屋に預けたのは、ただ単にクレスの部屋のベッ
ドが一つ余っていたからと、その場にいたからにしか過ぎない。
 「そっか……」
 「さて。それじゃ、早く着替えてお仕事に行きましょうか?」
 ルゥの髪も梳かし終わったようだ。
 クレスは穏やかな笑顔を見せると、着ていた寝間着を着替え始めた。


 「…………な、何なんスか、こりゃ……」
 異様な混み具合を見せている大地亭の酒場をボーゼンと見つめ、アズマはあきれた
ように呟いた。何で朝っぱらからこんなに客がいるのか。
 少なくとも、昨日の夜くらいの数はいる。
 「そんなの知らないわよ。ほら、早くその辺のお客さんの注文取ってきて!」
 アズマの気配を察したのか、厨房の奥の方からクローネの悲鳴じみた叫び声が聞こ
えてきた。厨房の方は料理人のラミュエルとクローネで、さんざんな状況になってい
るに違いない。
 「……こりゃ、ガラさんとかも呼んできた方がいいかな……」
 「とっくに来ておるわ! おぬしも早う手伝えいっ!」
 その声の方を見れば、既にガラは注文取りに走り回っている。客があまりに多すぎ
て、その中に紛れ込んでしまっていたらしい。
 「あ、は、はいっ!」
 見ればユノスはまだ来ておらず、ルゥだけが居る。クレスもカウンターで働いてい
るから……それ以外の大地亭のスタッフはアズマだけだ。
 「とりあえず、ご注文は?」
 アズマはすぐ目の前でウェイターを呼んでいる客に声を掛け、早速注文取りを開始
した。
 が、客は一向に口を開こうとしない。
 「お客さん、ご注文は?」
 相変わらず、返事はなし。
 いや、何か様子がおかしい。
 「どうしました? お客さん……」
 「あの……あんたの、後ろ……」
 呆然と呟く客の声に、自分の背後に目を向けるアズマ。
 「何だ。ユノスじゃ……」
 そこに立っていたのは、ユノス=クラウディア。
 そして……。
 「あんた……一体何者だ?」
 アズマは思わずその言葉を口にしていた。
 黒い覆面を被った、一人の女性……ナイラに向かって。


 「なるほどな……。あんたが噂のナイラさんか……」
 客の居なくなった大地亭の酒場で、アズマは目の前の女性にそう呟いた。
 客が居なくなったというのは、別にナイラの特異な雰囲気に押されて……というわ
けではない。朝の営業時間が終わり、昼の営業の準備時間に入ったからだ。
 ……とは言え、今日は昼の営業はないだろう。というか、出来ない。いつもの朝か
らは考えられないほど大量の客が押し寄せたため、料理を作るための材料が切れてし
まったのだ。
 「どんな噂かはあえて聞かないが……ユノス様はこの店ではあのように働いている
のか?」
 こういうことに関しては全くの素人であるナイラでさえ、この店の客の入り用は異
常と言っても良かった。
 「んにゃ。この2、3日だけの特別だよ。毎日あんなであってたまるかよ」
 苦笑しつつ、アズマは答える。
 実際、アズマやガラ達男性スタッフはともかく、女性スタッフの方はかなりバテて
いた。クローネの指示でユノスとルゥは夕方まで休みになってしまったし、普段はラ
ミュエル一人でやるハズの食事の仕込みはクローネとクレスの三人がかりという状態
だ。
 その中でもラミュエルは今、夜の営業に必要な材料を仕入れに市場に出掛けている。
仕込みだけならクローネの指示でも何とかなるが、新鮮な素材を手に入れる力量はク
ローネよりも専門職のラミュエルの方が遙かに高い。
 「そうか……」
 「アズマくーん。洗い物、終わったよ〜」
 その時、厨房の方から女の子の声が聞こえてきた。
 困っているアズマを見捨てておけなかった、ラーミィである。
 「おう。今そっちに行く」
 アズマは持っていたモップをカウンターに立て掛けると、そのまま厨房の方へと姿
を消してしまった。
 「…………」


 「や、やっぱり、来なかった方がよかったかなぁ……」
 凄まじいまでの市場の人だかりに圧されつつ、ティウィンは困ったように呟いた。
 大地亭の酒場で朝食をとろうと思ったら客があまりに多かったので、時間をずらし
て食事をとろうと思ったのだ。
 それが、まずかった。
 静かになったからと思って階下に降りたら朝食はとっくに品切れになっており、外
で朝食をとって市場に兄探しに来たら、この人だかり。
 何かに憑かれているとしか思えない。
 「ま、マスタぁ〜」
 「ザキエル、だ、大丈夫?」
 人混みに酔ったのか、ふらふらとした軌道で飛んでくる妖精の娘を受け止め、ティ
ウィンは心配そうな声を上げる。
 「あ、あんまし……大丈夫じゃないですぅ」
 いくら大騒ぎには慣れているとは言え、ティウィンもあまり気分が良いわけではな
い。何せ、顔見知りの故郷の人達ではなく、全く知らない人に囲まれているのだから。
 「と、とりあえず、人が少ない所に行こう……」
 腕の中に小さな娘を抱きかかえたまま、人混みをかき分けつつ歩き始めるティウィ
ン。だが、人だかりの中心が少しずつ移動しているのだろう。ティウィンとザキエル
が進めば進むほどに、人の壁は高くなって行くばかり。
 「困ったな……」
 もう、ティウィンの体力では進むに進めない。
 と、その壁が、唐突に途切れた。
 壁に打ち込まれた、一本のくさび……たった一人の人間によって。
 「大丈夫か?」
 上から掛けられた声に、ティウィンは顔を上げる。
 「は、はい……」
 デカい。2mを優に越える、黒服の青年だ。その大きな青年が少年の進路を切り開
くように、人だかりを遮ってくれている。
 「なら、さっさと行け。この先に図書館があるから、そこなら人だかりも出来まい
……。早くその娘を休ませてやれ」
 ぶっきらぼうに言い放つ青年に、ティウィンは小さく頭を下げた。
 「ど、どうもありがとうございます」

 「……ここら一帯、変な魔法が掛かっているようだな……」
 ティウィンの為に道を切り開いた青年は、人混みの中、小さく呟く。
 その手に掛かるのは、彼の身長ほどもある巨大な大剣の柄。
 あまりに害のあるモノならば狩らねばならないだろうが、それほど強い魔法……と
いうわけでもないようだ。それに、魔法の中心あたりにいる金髪のベルディスの娘か
らは、悪意や害意を感じる事が出来なかった。
 「……まあ、いいか」
 青年はその魔法の事を考えるのをやめ、果物の並んでいる露店に近寄る。
 「親父。適当に腹のふくれる物を見繕ってくれるか?」
 数枚の硬貨を手渡しつつ、青年は大まかな注文を店主に伝えた。
 「へいっ」
 返ってきたのは、何やら膨大な量の詰め込まれた巨大な麻袋。この中に、『適当に
見繕った果物』が入っているのだろう。
 青年は特にそのとんでもない量を気にすることもなく、人混みの中へと再び消えて
しまった。


 「へぇ……。君が掃除してるんだ?」
 「私がユノス様の代わりに掃除するのがおかしいか?」
 ナイラは、声を掛けてきたシュナイトに向かって静かに言い返した。
 ユノスのやるべき仕事を代わりに自分がやっているだけだから、彼女にとっては掃
除する事に何の抵抗もないのだ。もちろん普段からそうそう甘やかすわけではないが、
彼女がダウンしている時くらい、力になるのも悪くない…と、彼女は思う。
 「いや……掃除するのは別にいいんだけどさ……」
 割と物事をハッキリ言う青年に珍しく、今回だけは言葉の歯切れが悪い。
 「何だ。ハッキリ言ったらどうだ?」
 モップ掛けをしつつ、そう問いかける覆面の女性。
 「う〜ん……」
 シュナイトとしては、そこが気になっているのだが……ハッキリ言って良いやら悪
いやら。シュナイトの返答は重い。
 「そこのお前! 掃除するという心がけは立派だが、その面妖な覆面を取ったらど
うだ!」
 だが、シュナイトの言いたかった言葉は別の所から掛けられた。
 「カ、カイラさ〜ん……」
 カイラ・ヴァルニ。カイラはナイラの事を噂の類で知ってはいたが、実際に会うの
は初めてだった。
 それでも、物言いは真っ向からのストレート。カイラ・ヴァルニとは、そういう人
物なのだろう。
 「正々堂々と真っ当に生きるのならば、そんな覆面など必要はあるまい。まさか、
太陽の下を堂々と歩けない身分なのか? ならば、そういう輩は……」
 カイラが説教を始めようとした瞬間。
 「そうだな。最近の習慣になっていたから気が付かなかったが」
 あっさりとカイラの言葉に応じ、ナイラは覆面を取った。
 幾重にも巻かれた漆黒の布が、ふわりと宙に舞う。
 「ふむ……。良い表情をしているではないか」
 短めの漆黒の髪と、黒い瞳。静かな雰囲気を湛えた…しかし、強い意志を秘めた綺
麗な顔。ナイラの素顔は、『男を捨てた』などと言わせるのは惜しいほどの美しさを
持っていた。
 「あの『歩くプレートメイル』のように、鉄の管やら針金で出来ているのかと思っ
たぞ」
 相変わらずストレートすぎるほどのカイラの問い。ただ、そう言いつつもカイラは
テーブルの上に放ってあった台拭きを取り、掃除途中のテーブルを拭き始めた。カイ
ラもナイラと同じく、こういう事にこだわらないタイプの人間らしい。
 その問いに、覆面を取った美女は苦笑しつつ答えた。
 「私は人間だ。私とユノス様、それから、ユノス様の兄上様……この三人は、間違
いなく……な」
続劇
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