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4.ようこそ、華が丘へ 〜1992年・夏〜

 授業終了のチャイムが響けば、やってくるのは昼休み。購買部の混雑も、賑わう中庭も、学校であればいつの時代も変わらない。
 だがそんな喧噪をかわすように渡り廊下を抜け、少女達が向かうのは校舎の裏だ。
「ルリちゃん達、どうしてるかなぁ……」
 少女の一人がぽつりと口にしたのは、友人の名前。
 夏休み明け、さる事情で時の彼方へと旅立った友人達は……果たして、大過なく過ごせているだろうか。
「陸の奴も一緒だし、大丈夫だろ」
「ふふっ。ルーナちゃん、何だかんだ言って瑠璃呉くんのこと認めてるんだねぇ」
 くすくすと微笑む少女に、傍らを歩いていたパートナーは驚くでも恥ずかしがるでもなく、ただ呆れたような様子でため息を一つ。
「ンなわけあるか。ただ、ルリ絡みの事に関してならちょっとはマシだからよ……。ほら柚、さっさと園芸部の作業、終わらせちまうんだろ?」
 華が丘高校園芸部の部員は、1992年現在、大神柚子の一人だけ。仕方ないからと手伝ってくれるパートナーを入れても、二人しかいない。
 とは言え彼女が入学した時には、最後の部員であった三年生が卒業した後だったから……それでも部員は増えた計算になるのだが。
「……あれ?」
 作業用具が置いてあるロッカーを開けたところで、柚子は小さく首を傾げてみせる。
 昨日ロッカーに片付けたはずの、道具がない。
「園芸部ってお前だけだよな? 確か」
 今は秋蒔きの花壇を作るための準備の真っ最中。それに必要な道具だけがピンポイントで抜かれているあたり、何かの手違いで道具が捨てられたわけではないだろうが……。
「そのはずなんだけど……」
 不思議に思いつつ、とりあえず作業場へと向かってみれば。
「…………」
 そこに、いた。
 鍬を整備中の花壇に振り下ろし、黙々と作業をしている人物の姿が。
「悪いね。ちょっと道具を借りているよ」
 どうやら少女達の姿に気付いたらしい。
「え、ええっと……」
 軽く手を上げこちらに挨拶をしてくるそいつに、柚子はそれ以上の言葉を紡ぐことが出来ずにいる。
 優雅に広がる白いマントに、腰に佩かれた細身の刃。白い仮面に隠されて、その素顔をうかがい知ることは出来なかったが……。
「…………誰だ、お前」
 楽しそうに花壇を耕していた不審者に向けられるのは、柚子を庇うように立ったルーナからの、敵意混じりの誰何の声だ。


 白い世界を抜けた先に広がるのは、背の低い木が鬱蒼と茂る小さな森だった。
「………裏口?」
 振り返れば、山際にぽっかりと口を開けた洞穴がある。戦時中の防空壕かとも思わせるそれは、少年達にとっては見覚えの残るもの。
 つい先日ハルモニア騎士団と攻防戦を繰り広げた、ゲートの裏口である。
「だな。まだここが開いてるって事は、昔ではあるのか」
 ゲートの裏口は、少年達が過去へと向かう直前に封鎖されたはずだった。その封印が解かれるほどの未来でなければ……ここは、過去の世界ということになる。
 覚えのある道のりを辿って森を抜ければ、そこに広がるのは見慣れた華が丘の街並みだ。
「全然変わってないわね。いるのは……大神くんとブランオートくんだけ?」
「だな。みんなで一緒に飛び込んだと思ったんだけど……」
 砂獅子から逃れるため、他のメンバー達もゲートへと飛び込む所は八朔もちゃんと目にしていた。だが、回りにいるのは晶とセイルの二人だけ。
「メガ・ラニカの正規のゲートとは違いますからね。同時に出ても、場所や時間に若干の誤差が出る事があるらしいです」
 掛けられたのは、背後から。
「祐希! ハルモニアと一緒じゃないのか?」
「残念ながら。キースリンさんの事ですから…………大丈夫だと…………信じたいところですが」
 おっとりとしたパートナーの事を思い出し、祐希の声も段々トーンが低くなる。せめて、誰かしっかりしたメンバーと一緒に行動していればいいのだが……。
「けど、ホントに圏外なんだな。こんな街中なのに」
 浮かない顔の祐希の肩に立っているのは、手足の生えた彼の携帯だ。顔を兼ねた液晶ディスプレイのアンテナアイコンは、事前の話通り『圏外』の二文字に覆われている。
「ちょっと飛んでみようか?」
 ワンセブンが動いているという事は、魔法が使える状態にはあるのだろう。圏外でも魔法携帯は発動体の役割を果たすから、晶の飛行魔法も有効なはずだ。
「これ以上別れるのはマズいだろ。とりあえずまだお昼みたいだし、その辺をちょっと回ってみようぜ」
 空を見上げれば、太陽はまだ高い位置にある。
 ここが一行の知る華が丘と同じであれば、余程のことがない限り道に迷うことはないだろう。
 一同は八朔の言葉に頷くと、街へ至る道をゆっくりと歩き出す。


 空を切るのは、身ほどもある巨大な戦鎚の一撃だ。
「我が名はマスク・ド・ローゼ! 怪しいものではないと言っているだろう!」
 花壇を飛び出し、白いブーツが踏むのは裏庭の石畳。軽快なバックステップは、ルーナレイアの容赦ない追撃にも容易に対応してみせる。
「そんな格好した奴の誰が怪しくないって!?」
 白い仮面に白いマント。舞台演劇や王宮の騎士団ならいざ知らず、地上世界の校内で歩き回るにはいささか怪しさの度が過ぎる。
 正直、怪しすぎた。
「ちょっと、ルーナちゃん! やめてってば!」
 ルーナの踏み込みはただひたすらに前へ前へ。わずかにかわしきれなくなった四撃目を、仮面の怪人は持っていた鍬の柄でするりと受け流してみせる。
「こいつ、あたしの一撃を………! やるな!」
「私の知っている一撃は、もっと鋭いからね」
 2008年の彼女の一撃を受けたことはないが、目にしたことは幾度かある。鋭く苛烈なそれからすれば、まだ若い彼女のそれは荒削りで隙も多かった。
 十六年の力量の差をほんの数時間で目の当たりにすれば、人は成長するものだと実感せずにはいられない。
「こいつ………」
 それを挑発と取ったのだろう。
 ルーナは構えた戦鎚から、柄頭に付いていた巨大な鉄球を切り離し。ずしりと足元の石畳にめり込んだそれは、ハンマーヘッドと鋼の鎖で繋がれている。
「なら、本気で行くぜ……!」
 その瞬間だ。
「ルーナちゃん!」
 鋭い声に、振りかざそうとした戦鎚の動きが止まったのは。
 半ばまで持ち上がった鉄球が再び地面にめり込んで、それに対応しようとしていたローゼもわずかにその身を引いてみせる。
「あなた、どなたです? 作業を手伝ってくれるなら、お礼を言いますけど……」
 呟く柚子の手首にあるのは、細い一重の腕環と、細かな金具をいくつも連ねたブレスレット。
 そのうちのブレスレットがばらりと連結を解き、少女の周囲を飛び回りながら新たな形へその姿と大きさを組み替えていく。複雑極まりないその動きは、正確かつ……桁外れに早い。
「不審者なら、警察を呼びますよ?」
 瞬きする間に完成したのは、柚子の周囲に浮かぶ七門の浮遊砲台だ。
「ただの、花と女性の味方だよ。それ以上でもそれ以下でもないさ。………危害を加えるつもりは無いよ」
 照準を定められた七門の砲口に、マスク・ド・ローゼも小さく肩をすくめ、両手を挙げてみせるのだった。


 山の裏手の森を抜け、辿り着いたのは見慣れた駅舎。
 古びた建物に、見上げれば新幹線の高架。
 華が丘という文字が刻まれたホームの駅名標も、2008年のそれと変わりない。
「良かった。駅は変わってない」
 街に一軒だけあるコンビニがあるはずの場所は、まだ一面の田んぼだった。まさかと思い来てみたのだが……。
「時刻表の日付は92年……。やっぱり、92年なのは間違いないみたいですね」
 駅舎から出てきた祐希の言葉に、一同も頷くだけだ。売店でもあれば新聞で日付が分かるのだろうが、残念ながら今も昔も華が丘駅の周囲に売店はない。
 そんな事を話していると、駅舎の中から小さな影が姿を見せる。
「いらっしゃい。……見ない顔だけど、県外の学生さんかな?」
「あ……はい。学校の修学旅行で………」
 現われた顔は、2008年のそれと変わらぬ顔だった。ほんのわずかに若く見える……気はするし、制服のデザインは少々変わっている気もするが、その程度だ。
「そうかい。がっかりしたろう? 魔法都市って言ってもこんな田舎で」
 穏やかな表情も、握られた改札鋏も、過去へ渡ったという事実を忘れさせるほどに変化がない。
 ただ一つ違うのは、顔見知りのはずの駅員が、今の祐希達を知らないというただ一点のみ。
「そうだ、すいません駅員さん。今日って何日でしたっけ?」
「ん? 9月25日だけど?」
「ありがとうございます」
 不思議そうな顔をしている駅員にお礼を言って、晶達はその場を後にする。
「25日の昼か……」
 携帯の液晶に映る時刻は十三時過ぎ。先ほど駅の時計で合わせてきたから、それも間違いないはずだ。
「ねえ。学校は……あるよね?」
「……あるに決まってるだろ」
 だが、晶の問いに答えた八朔の口調は、どこか自信の感じられぬもの。
 華が丘高校一年の柚子を連れてくるための旅なのだから、学校があるのは当たり前の話なのだが……。
「……どした?」
「いや、何でもない。じゃ、学校、行こうか」
 晶が欲しかったのは、そんな言葉ではない。
 今ひとつノリの悪い八朔の言葉にため息を吐き、晶は華が丘高校へと至る道を歩き出す。


続劇

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