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3.The counterattack of the Sand-lion

 木々の間に響き渡るのは、鋼と鋼がぶつかり合う剣撃の音。
 いや、正確に言えば……鋼の刃とミスリルの戦鎚がぶつかり合う音だったが。
「大丈夫? 陸さん」
 バックステップで間合を取り直した男の左手は、半ばからぶらぶらと揺れていた。駆け寄った女性はその折れた腕を抱き留めるようにして、用意していた魔法を解放させる。
「まあな………。くそ、ルーナの野郎、本気で殴って来やがって」
 骨組織が急速に再生する激痛にわずかに眉をしかめつつ、2008年の陸は右手一本で身ほどもある大剣を構え直す。大剣には飛翔の魔法が仕込んであるから、片手で扱えないこともない。
 もちろん片手で戦える相手でないことは百も承知だが……いかに強力な再生魔法を受けたとは言え、左手が復調するまでにはまだ幾許かの時間が掛かる。
「……本気で殴ったら、アンタなんか形も残らないわよ。これでも手加減してやってるのよ?」
 対するは、身よりもはるかに大きな戦鎚を構える女。
 見かけだけなら少女だが……法律的には既に三十を超えている陸達と同い年だ。もっとも、時の迷宮での調査を任された彼女の本当の年齢は、恐らくは彼女さえも分かっていないだろうけれど。
「けどホントにみんな、あの時代に行けるんでしょうね?」
 右手一本で大剣を構えたままの陸に掛けられたのは、治癒魔法使いの隣で魔道書を開いていた女性の問いだ。
「雀原は心配性だな……。とりあえず今日迷宮に入って南西に二千歩歩きゃ、昔の俺達と合流できるはずだし」
 彼女の息子も過去行に同行しているからか、それとも戦士としての情けなのか。ルーナが攻撃を仕掛けてくる気配はない。
「はずって………そんなので大丈夫なの?」
「信じるしかないだろ。時の迷宮なんて、もう十六年も入ってないんだぜ? そんな俺より、現役で迷ってる昔の俺の方がよっぽど頼りになるだろ」
 ようやく使い物になるレベルまで再生した左手を大剣に添え、陸は大剣を振りかざす。
 その動きに満足そうにニヤリと笑い、戦鎚を構えたルーナも戦闘を再開させるのだった

 向かう先は、やはり南西。
 けれど今は、歩数を数える必要はない。
「地図なんて、そんな便利なモノがあったのね……。南西に二千歩歩くとか、騙された!」
 陸の地図に記されているのは、その時代への出口が集まった領域の位置と、それらの距離が時間で示してある。歩数をそのまま数えるのではなく、掛かった時間がどれほどかで大まかな距離を掴むのだという。
 もちろん出たところで時差が起きるが、迷宮内の移動中に限ればかかる時間はそれほど変わらない。
「南西に二千歩……ねぇ。まあ、元の世界に戻ったら捨てるつもりだけどさ」
「便利なのに?」
「便利だからだよ。悪い奴らの手に渡ったら、大変なことになるだろ。言ってみりゃタイムマシンと一緒だからな」
 時の迷宮を自由に動けるという事は、歴史を好きに変えられるという事に等しい。そうした歴史の改変で何が起こるのかは分からないが、少なくとも大多数の人間にとって迷惑なことなのは確かなはず。
 必要に駆られて作ったものだが、だからこそ必要が無くなれば、そのまま歴史の闇に葬った方が良い物もある。恐らくこれも、その一つだ。
「じゃあ、前にあたし達に2008年への行き方を教えてくれたのも……」
「前に一度行ったことがあるんだよ。あの時は華が丘に出たから、年代を確認してすぐ戻ったけどな」
 未成年の少年少女が現代の街でひっそりと暮らしていくことなど、不可能に等しい。身分の問題もあるし、回りから情報を得ないようにするのは、なおのこと不可能だ。
 それでなくとも狭い華が丘。2008年の自分自身がどうなっているかなど、想像しただけでもぞっとする。
「なるほどなぁ……。色々考えてるんだ」
 やがて陸が足を止めるのは、何もない白い空間だ。
「このあたり……だな。多分、ここを西にまっすぐ行けば……九月頃に出られると思うぜ」
「分かるんだ? そういうの」
 ハークには右も左も上も下も、同じような白い空間にしか見えない。辺りを見回す限り、ルリ以外の誰もが同じような表情をしている。
 きっとハークも、同じような顔をしているのだろう。
「ずっと居ると、何となく分かるんだよ。俺達は正面のゲートから出なきゃいけないから、ここでお別れだな」
 それに陸達は、出発の日よりも前の時代に出てしまえばそれだけで歴史を変えてしまう。彼の直感で回避は出来るだろうが、慎重に動けばそれだけ時間が掛かってしまう。
 ハーク達は急ぎだというし、そもそも裏口からゲートに入った不法侵入者だ。ここからは別行動にしたほうが、互いのためにも良いはずだった。
「おまえ達も十月の十八日だっけ……? 帰りは、そこより前に出ないように気を付けろよ?」
 もっとも、具体的にはどこをどう気を付ければいいのかは、よく分からなかったのだが。


 陸達と別れ。
「なら、もっかい確認すっぞー」
 声を張り上げたのは、列の中程を歩いていたレイジだった。
「さっきの陸との話でもあったけど、とにかくタイムパラドックスだけは起こさないようにな」
「結局そのパラって……何ですの?」
 上がったのはメガ・ラニカの側からだ。半数ほどはマンガや本で概要を理解しているようだが、そういった情報を得る機会の少なかったメンバーは皆同じように首を傾げている。
「要するに、未来の話はしちゃダメって事ですよ。キースリンさん」
「はぁ……。とりあえず、黙っておけばいいんですよね?」
 言われれば当たり前の話なので、パラ何とかの事は置いておいてそこだけ気を付ける事にする。よく分からないが、多分それで問題ないはずだ。
「あと、今回の作戦ははいり先生達の知ってる歴史じゃ成功してるっぽいけど、俺達の作戦で成功するとは限らないからな。そこも気を付けろよ」
 次の言葉に首を傾げたのは、メガ・ラニカ出身者の大半と、華が丘側の半数ほど。
「ええっと……悟司くん………?」
「要するにはいり先生達も、最初から協力してくれるワケじゃないって事」
 頭を抱えている百音に悟司は簡単に説明してみるが……表情が変わらない辺り、よく分かっていないらしい。
「これがあるのに?」
 晶が取り出したのは、2008年のはいりから託された四連の腕環だ。それを見せれば、過去のはいりは事情を察してくれるような事を言っていたはずだが……。
「その腕環がどういう意味を持つのかは知らないけど、腕環があるからって確実に協力してくれるワケじゃないって事だよ。昔の先生達は、僕たちの事を知らないんだから」
 そもそも生まれていない者さえいるくらいだ。
 さっき別れた陸達とは92年では会えないだろうし、メガ・ラニカ生まれの者もゲートの向こう。もちろん、親類縁者に頼ることも出来ない。
「いきなり未来から来たって言う人達に、『未来では協力してくれてたんだから協力しろ』って言われたら、腹が立つでしょ」
「ああ、そういう事か……納得」
 一方的な物言いが嫌いな晶だ。噛み砕いて説明されれば、その気持ちはよく分かる。
「そうだ。それと、魔法携帯は使えないからなるべく出さないで下さいね」
「使えないって?」
 メガ・ラニカや時の迷宮で使えないのは分かる。だが、今度の目的地は16年前とは言え同じ華が丘だ。
 ここ数年でサービスが始まったワンセグは見られないにしても、通話やメールなら……。
「今の通信規格が始まったのが2000年を過ぎてからなんですよ。92年の華が丘では、使える電波が飛んでません」
「圏外って事は、メールも?」
 その問いにも祐希は静かに首を縦に。
「GPSも現在地の地図がダウンロード出来ませんから、使えませんよ」
 要するに、彼らの持つ携帯は魔法の発動体と、せいぜいカメラやゲーム機の役割しか果たさないということだ。もともと体育祭の直後に移動をしたため、バッテリーにもそこまで余裕があるわけではないのだが……。
「じゃあ、連絡は……」
「一度迷ったら大変なことになるから、集合場所を決めといた方が………」
 祐希の後を受け、悟司がそう口にした時だった。
「っ!」
 白い世界に響くのは、耳をつんざく咆哮だ。


 その声を、忘れるはずがない。
「あの声は………!」
 白い靄の彼方、蠢いているだろう巨躯を目にするまでもなく、ハークはその正体を理解していた。
「知っているのかハーキマー!」
「おう……っていうか、晶ちゃんも知ってるでしょ! 良宇くん!」
「おう?」
 リアクションの悪さに頬を膨らませている晶を無視し。ハークは近くに立っていた良宇を呼びつけるなり、ポケットから取り出した物を彼の手に押しつける。
「でっかい怪物が見えたら、これ投げ付けて!」
 良宇の手の中にあるのは、小さなガラス瓶だった。何かの液体が入っているが……フタに貼り付けられているのは、降松にある百円ショップのシールである。
 ラベルを見ると、どうやら香水らしい。
「…………ぶつければええんか?」
 咆哮にどよめく一同だが、いまだ咆哮の正体は靄の中。ぶつけたらむしろ怒り狂うのではないかとも思うが、どうやらハークは怪物の正体を知っているらしい。
「あいつの嫌いな匂いらしいから、時間稼ぎにはなると思う。なるべく顔のあたりを狙って。任せたからね!」
 そして。
 無数に蠢く触手で靄を掻き分け、巨大な影の内からずるりと姿を見せたのは……。
「砂色の……ローゼ・リオン……?」
 ローゼリオン家の薔薇園に住む、巨大な怪物に似た姿。けれど体躯を覆う表皮は艶やかな蔓色の緑ではなく、乾ききった砂色だ。
 ゆっくりと砂色の花弁を巡らせ、確かめるのは子供達の姿。
「あんな大人しい感じじゃないぜ! ウィル!」
 続くのは、全身を貫くような鋭い咆哮と。
 飛翔する、小さなガラス瓶。
 続いた叫びは、先ほどの威嚇の咆哮とは全く別種の物だった。
「逃げて! 薔薇獅子の変種で、とにかくすごく凶暴なんだ!」
 絶叫の合間に聞こえるハークの声に、一同は慌てて走り出す。
「足も速いから、とにかく今のうちに! 飛べる人はみんなを連れて飛んで!」
「お、おうっ! 総員、退避!」
 空間の歪んだ世界が故に、召喚魔法もまだ力を及ぼす事が出来る。ホウキやレリック、天馬や大烏に便乗し、一同はとにかく目指していた方向へと全力で走り出して。
「もし迷ったら、とにかく華が丘高校のモニュメントの所に集まって!」
 誰かの声を記憶に残し、一同はより強い白の中……迷宮の出口へと飛び込んでいく。


続劇

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