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20.ぼくらのウォーゲーム

 飛び込み台に作られているのは、指揮官役用の指揮ブースだ。
「刀磨はいないのか……」
 そこに設えられた床机に腰を下ろし、レムは戦場を見回した。
 こちらの青い陣営にも、敵方の赤い陣営にも、細身の『侍』役の姿は無い。
 二回戦がゲーム研の勝利で終わった後、茶道部の一員としてミスターコンテストに出るとか言っていたから、おそらくそちらに行っているのだろう。
「まあいいや。そっちの方が、集中できる」
 敵にすれば攻めるのに気が引けるし、かといって味方でも無茶な使い方をする時に気が引ける。こういう場合は、知らない顔である方がいっそ踏ん切りが付いて良いのだ。
「ソーア君。用意は良いですか?」
「はい! いつでもどうぞ!」
 傍らに立つ将棋部部長に頷けば、プールサイド中央にある司会席から進行役の生徒が立ち上がる。
 進行役はゲーム研ではなく、手伝いを申し出たコンピューター研だ。もちろんどちらの部に対しても中立の立場を貫いてくれている。
「人間将棋は現在、一対一! 次の中堅戦で、どちらかが勝利にリーチを掛けることになります!」
 もし二敗となっていれば最終防衛戦となる役割だが、現状のスタンスは、勝っても負けても後があるという割に気楽な立場であった。
 おそらくはその辺りも見越して、レムが中堅という位置に置かれたのだろう。
「将棋部側は魔法科1−B、レム・ソーアくん!」
「おう!」
 だが、部長達の思惑は関係ない。
 今のレムの勝率は、部員相手に七割から八割といったところ。相手の力量は未知数だから勝率はアテにならないが、ともかく今までに研究した成果を全力でぶつけるだけだ。
「対するゲーム研中堅は………まさかの助っ人!」
 その言葉に、レムの頭に嫌な予感が駆け抜ける。
「……………まさか!」
 ゲーム研がこの状況で助っ人を頼む相手といえば……たった一人しかいない。
 一学期初めの部活動攻防戦。ゲーム研内部で行われた作戦会議で圧倒的な作戦立案能力を披露し、そのまま姿を消したという……伝説の一年生。
「や!」
 そして今は、さすらいのネコミミ半被娘。
「同じく一年! 水月晶さん!」
 敵陣ブースに悠然と腰を下ろし、そいつはサディスティックに微笑むのだ。
「じゃ、始めましょっか!」


「注文が入っ………うわぁぁっ!」
 料理室に注文を持ってきた刀磨が目にしたのは、異貌の巨漢。
「おう」
「おうって、維志堂くんか……」
 いつもの短い返答に、ようやくそれが人間……それも、見知った友人であることを理解する。
「……ねえ、その格好、どうにかならない?」
 良宇の姿は、いまだに女装のまま。似合うなら放っておいても良いのだろうが、先刻のミスターコンテストでも猛威を振るった異形ぶりだ。
 普段の大柄な体格だけでも、見ようによっては怖いのだ。それに女装が加われば、もはやそれはある種の兵器であった。
「レイジがこのままでいいから、とにかく働けと……」
「確かに、着替えてる暇なんかないけどさ」
 キースリンが決死の思いでアピール作戦を行ったミスコンが終わってから、和喫茶は空前の盛り上がりを見せている。それに加えて、今はミスターコンテストを見たお客さんが軒並み押し寄せているのだ。
 良宇はおろか、ミスターコンテストに参加していたメンバーは、誰一人として女装を解かずに……いや、解けずにいる。
「つか、女装男子が大人気とか、大丈夫なのかねこの学校」
 料理部の材料を運んでいた八朔も、盛り上がっている席を見て苦笑いを隠せない。
「まあ、お祭りですし……」
「ハルモニアは平気な口なんだな、そいや」
 やはり注文を取って戻ってきたキースリンから伝票を受け取り、八朔は手早く抹茶の準備を開始する。
 形だけの経験しかない八朔ですら駆り出される状況なのだ。その忙しさは、推して知るべし……であろう。
「ええ。まあ……」
 まさか、自身も女装経験が豊富などとは……口が裂けても言えない。もちろん今は、女装せずとも女の子なのだが。
「ちょっと、サボってないで仕事してよ!」
 さらに注文を取ってきたハークが、伝票をカウンターにばんと叩きつける。
「お前もノリノリだな……ハーク」
「………男に人気が出ても、嬉しくもなんともないよ」
 女装するのは嫌ではないが、それで男が寄ってくるのだけは勘弁して欲しかった。出来れば結局女装することの無かったセイルのように、お姉様がたに可愛がられるのを期待していたのだが……。
「それより大丈夫なんですか? そろそろ、劇の集合時間なのでは?」
 調理台に並んでいた注文の皿をお盆に並べつつの散切の言葉に、一同は調理室の時計を見上げた。
 劇の開始までにはまだ時間があるが、劇には準備が必要だ。それをふまえれば、確かにそろそろ教室に戻るべき時刻だった。
「おう、そうじゃ! 美春は?」
「着替えもあるそうですから、先に教室に行きましたわ」
 良宇や八朔達は大道具役の裏方だから着替えはないが、侍従長役のハークは百音ほどではないにせよ着替えがある。
「なら俺達も行くか……」
「オレも着替えは……」
 着替えといわれて首を傾げたが、調理室を出るならまず今の格好から着替えなければ、巡回している生徒会に掴まってしまう。
 あの魔女っ子も女装男子狩りに動いているという噂もあるが……。
「もう時間ないし、紙袋でも被って走ればいいんじゃね?」
 どうも、そうするしかないようだった。
「じゃ、悪いけど後は任せるよ」
 茶道部の中核を占める魔法科一年が軒並み抜けるのは戦力的に厳しい話だったが、その穴は玖頼や散切達が頑張ってくれるはずだ。
「はい。もうちょっとで、撫子さんたちも休憩から戻ってきますから……任せてください!」
 力強く頷く散切に後を任せ、良宇達は教室へと移動を開始する。


 魔法科一年A組の教室は、一般に開放された休憩室となっていた。そのため、必然的に舞台の控え室は一年B組に回ってくるのだが……。
「ええっと、ごめん」
 その部屋の真ん中で一同に頭を下げたのは、さすらいのネコミミ半被娘だった。
 いや、今は劇用の衣装に着替え終え、さすらいのネコミミ魔法使いになっていたが。
「…………どんだけ本気でやったんだ、お前」
 レイジが部屋の隅を見れば、椅子に座って燃え尽きている物体がひとつ。
 本日の舞台の主役……勇者様である。
「いやぁ。容赦なくやれって言われたから、面白かったしつい……てへっ」
 人間将棋、中堅戦。
 レムを相手にした晶は……持てる力の全てを注ぎ込み、それこそ全力で敵陣を攻め立てたのである。
 その光景は、見ていた女生徒はあまりの非道さに目を伏せ、子供は泣き出し、男ですら卒倒するものが出た……かどうかは分からないが、そう伝えられるほどに壮絶なものであった。
 無論、見ているだけのギャラリーでさえそのザマだ。
 全弾直撃を喰らったレムが無事で済むはずがない。
 当然ながらその戦いは晶の圧勝。将棋部は副将戦で何とかイーブンに引き戻し、今は大将戦が行われているはずだった。
「てへじゃねえよ……」
 将棋部のイベントはともかく、燃え尽きたレムの復活を期待するのは厳しいだろう。体力的な消耗なら魔法で癒す方法もあるが、精神的な所はそうはいかない。
「おかしいなぁ……。ハークくんには、いつもやってるくらいなんだけど」
「ハークはMだから大丈夫だろ……」
「いやちょっとなんか聞き捨てならない台詞があったよ?」
 教室に入るなり恐るべき話題を耳にしたハークが慌てて駆け寄ってくるが、二人は大して相手にしない。
「事実でしょ?」
「違うよ!」
「ええい。ハークがMでもSでもどっちでもいい!」
「よくないよ!」
 ハーク的には重大な問題だったが、それをレイジは放り棄てる。
「それより、主役だ、主役! 主役が廃人になってちゃどうしようもないだろ」
 復活が効かないなら……。
「代役を立てるしかないんじゃないのか」
 レイジの想いを口にしたのは、彼を見下ろす異形だった。
「どわぁっ! な、何だお前……」
「オレだ、オレ」
「良宇か……」
 言われ、ようやく自身のパートナーである事に気が付いた。
 イベントまで何度も見ていたはずだが、いきなり顔を見せられると流石に誰だか分からない。
「和喫茶も忙しかったし、着替える暇がなかったんじゃ。もうこのまま着ぐるみを被ろうと思ってな」
「手伝えなくて悪いな」
 レイジは放送部と舞台があり、和喫茶にはほとんど顔を出していない。出す時間が取れない……という方が正しかったが。
「構わん。お前はお前の仕事を、全力でやればええ」
 それは茶道部のメンバーも、協力してくれた他の部のメンバーも分かってくれている事だ。もちろん、放送部の仕事の合間に和喫茶のCMをしてくれる程度の折り合いは付けていたのだが。
「ともかく、代役しかないか……台本って、覚えてる奴いるか?」
 レイジの声に手を上げたのは、祐希一人。
「覚えてますが……演技まで初見でやれと言われたら、厳しいですね……」
「それに祐希さんですと……言いにくいんですが、服の調整も少し必要に……」
 傍らのキースリンの言葉に、祐希は苦笑。
「ああ、それもありますね……」
 勇者の衣装は、当然ながらレムに合わせて作ってある。レムと比べれば、祐希はワンサイズ小さくなるのだ。
 応急処置も出来なくはないが、激しいアクションのある勇者役のこと、あまりやっつけの処置では不安が残る。
「なら、他にいねえか? 勇者がやれる奴」
 その言葉に手を上げたのは……。
「僕、覚えてるよ。演技も行ける」
 大道具の調整をしていた、悟司だった。
「そうか。百音ちゃんの練習を付き合ってたから……」
 家での練習では、ずっと悟司が練習相手になっていたらしい。さらに言えば、勇者チームの演技指導は大半を悟司が行っている。他のメンバーとの連携も、十分に可能なはずだった。
「後は代役になれるとしたら、監督くらいじゃない?」
「…………まあ、確かに行けるケドよ。服のサイズはどうだ?」
 問われたキースリンも、静かに頷いてみせる。
「レムさんの身長が、レイジさんと悟司さんの間くらいですから……微調整で済むと思いますわ」
「そうか……百音!」
 カーテンで仕切られた一角から出てきたのは、着替えを終えたアヴァロンの姫君だった。
「レムが見ての通りで、演技が出来る状態じゃなくなった」
 相変わらずの白い物体に、百音は目を丸くする。
「ちょっと! 勇者がいなくてどうするの?」
「で、代役を立てることになったんだが……」
「代役がいるのね。良かった……」
 ほっと胸をなで下ろす彼女の前に引き出されたのは、悟司。
 そして、レイジがその隣へと進み出る。
 不思議そうな顔をしている百音に問われたのは……。
「お前、俺と悟司、どっちがいい?」
「…………え?」


 硬直している百音に掛けられたのは、レイジの再びの言葉。
「勇者役の台詞を覚えてて、演技も出来るのは、現状俺と悟司だけなんだ。代役にするなら、どっちがいい?」
「え、ええっ………!?」
 レイジと、悟司。
 代役である。
 ただの、代役だ。
 レムが出られなくなって、その代わりをやってくれる役。
 それだけ。
 それだけの……はずなのだ。
 が。
「……………」
 百音からの答えはない。
「ちょっと、ホリンくん……?」
 責めるような晶の声に、レイジは台本をぱんと叩いてみせる。
「姫君は百音だからな。演技しやすい方がいいだろ?」
「それは……」
 間違ってはいない。
 間違っては。
 けれど、その選択を……よりにもよってレイジと悟司のどちらかから選ぶというのは、百音にとって……。
「レイジ。君がやってくれ」
 どうにも気まずい空気と答えに辿り着けずにいる百音の思考を遮ったのは、穏やかな声。
「………悟司?」
 そう。
 立候補した、悟司本人だ。
「今回の僕はもともとサポート役だろ。勇者のイメージは、レイジ、お前のイメージで今までやってきたはずだ」
「……ああ」
 それはそうだ。
 企画立案から台本作成、演者決定、そして演技の指導にいたるまで、レイジは計画の中核にいた。
「だから、この舞台で一番勇者を理解してるのは、レムとお前だよな。僕じゃない。違う?」
 そして悟司はその最も側にいた。
 だが、逆を言えば側でしかないのだ。
 勇者の思いを完全に理解できるのは……側にいたものでは決してなく、演者自身と、その勇者を生み出したもの。
「悟司くん……」
 百音の呟きに、悟司は穏やかに微笑むだけ。
 対するレイジは、沈黙を守ったまま。
 ……やがて。
「………分かった。なら、俺がやる」
 差し出した拳に、軽く己の拳をぶつけ。
「任せたよ、監督」
 悟司はやはり、静かに微笑むのだった。


続劇

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