21.Dead or ad lib -メガ・ラニカ1xxx-
周囲を焼くのは、黒い雷。
天の気とマナという無限に等しい力を操る竜に対して、対する戦力は人間がたったの三人。消耗しきった今、黒猫の魔女の結界を使ってなお、雷の直撃を防ぎきることは不可能に等しい。
「くっ……。これがあの、天候竜か!?」
天の気とマナより生まれた、魔法生物。
人には干渉せず、こちらからの干渉も受け付けず……。
そう言われていた天候の化身は、もはやいない。いるのはただ、狂ったマナを取り込み、嵐の如き暴力を体現した破壊の権化。
「やれやれ……無害な生物という認識は、改めなければならないようだね!」
ボロボロになったマントを放り棄て、銀髪の剣士も苦笑い。
「そんなこと言ってないで、とっとと片付けなさいよ!」
迫り来る天候竜は高度を少しずつ下げ、近接戦を挑む構え。
圧倒的な質量と体格から繰り出される破壊は、天候竜の攻撃の中でも最強に位置するもの。だがそれは、男達にとっても千載一遇の攻撃のチャンス。
「やれるもんならやってる! ………ちっ!」
細剣の描く無数の薔薇が竜の右翼に破壊の嵐を巻き起こし。
正面から繰り出された力をまとう刃が、竜の左翼に自身の数倍もあろうかという斬撃を叩きつける。
「これで………!」
響き渡るのは咆哮……否、絶叫。
両翼を打たれ、地表を暴れ回る巨竜から間合を取り、男達は剣の構えを解くこともなく。
「っ!」
刹那。
竜の口から放たれた黒い雷光が、男に向かって襲いかかる。
竜としても無意識に放った一撃なのだろう。
それは当然ながら、相対する側にとっては完璧な奇襲に等しいものとなり。
「危ない!」
男の叫びに、剣士の声が重なって……。
黒い雷をその身に受け。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ゆっくりと崩れ落ちるのは、細身の体。
からりと細剣が地に落ちて。
「おい!」
男達が掛けよったのは、青年が大地に伏してから。
「ちょっと、どうするのよ……!」
黒猫の魔女にさえ、いつもの余裕は失われていた。男が慌てて青年を抱き起こすが……。
「ははは………無事かい? 相棒」
紡がれる言葉にいつもの張りはなく。
端整な美貌に浮かぶ笑顔に重なるのは、死を予兆させる暗い色。
「あ、ああ…………お前が盾になって、くれたからな」
紡ぐ言葉が見つからないのだろう。男も途切れ途切れに、そんな言葉を語りかけるだけだ。
その表情は悲しみよりも驚きが先に立ち、どうすればいいのかも定まっていない。
「なら良かった。君に何かあったら、姫様が悲しむからね」
「何かって、お前が死んでも悲しむだろうが!」
出立前、姫君がくれた祝福は、三人に等しく。それは即ち、三人全てに無事戻ってきて欲しいという姫君の願いに他ならぬ。
「そうよ! っていうか、あんたが死んでどうするのよ!」
この先、歴史が正しく紡がれれば、青年には剣を受け継ぐ子孫達が現れるはずだった。それが、こんな所で死んでしまっては……。
「大丈夫さ……僕は……死な………な………………」
男の腕の中。
ゆっくりと持ち上げられ掛けた細い腕が、糸が切れたようにその場に崩れ落ちる。
「この野郎ーーーーーーーーっ!」
男の叫びに重なるように。
幕が、降りていく。
幕が下りきり。
「バカっ!」
大道具舞台の手によってセットが組み替えられていく中、男から掛けられたのはそんな罵声。
「バカっ!」
そして魔女から掛けられたのも、そんな罵声。
「ははは。そう言われると、照れるじゃないか」
唯一穏やかに笑っているのは、天候竜の雷光に焼き殺されたはずの青年剣士……ウィルだった。
「照れなくていい!」
「のぅ。雷……吐いて、良かったんかの」
天候竜を最終仕様に組み替えていた良宇が、不安そうにぽつりと聞いてくる。
「良宇は悪くねぇ。雷で攻撃する段取りはあったからな。っていうか、ホントにご先祖様殺してどうするんだよ!」
レイジの聞いた史実が確かなら、青年剣士はウィルのご先祖様だったことになる。即ち、彼はこの戦いでは死ななかった……というか、そもそも台本では雷光が一同を吹き飛ばすだけで、剣士も死ぬ運命になどなかったのだ。
「ああ、そういえば、考えてなかったなぁ……」
ド派手なアドリブをぶちかましておいて、ウィルは静かに笑うだけ。
「どうせ、盛り上がればいいやくらいに思ってたんでしょ」
同じ考えで本物の勇者を戦闘不能に追い込んだことはキレイに棚に上げておいて、晶はため息を一つ。
「勿論。……盛り上がっただろう?」
「盛り上がったっつーか、青くなったっつの」
緞帳の隙間から客席をちらりと見れば、レイジ達の迫真の演技……本当に頭が真っ白になっていたのだから迫真なのは当たり前だが……と驚きの展開に、すすり泣きやざわめきが聞こえてくる。
確かに、盛り上がってはいた。
「ねえ、これからどうするの? ローゼリオンさん、殺したまんま?」
次は戦闘シーンの大詰めだ。そこでのメインは、戦士と剣士の力を合わせた必殺の一撃が山場となるはずなのだが。
もちろん、剣士が死んでしまっていては必殺の一撃も何もない。
「こいつ死んだら話が進まねえよ。適当に合わせるしかないだろ。……いいな、分かってるな」
「任せておきたまえ!」
レイジの言葉に、ウィルは力強く頷いてみせる。
不安だった。
ものすごく、不安だった。
「幕、開くよ!」
だがどれだけ不安でも、容赦なく幕は上がるのだ。
苦戦する戦士達の前に現れたのは、細剣を構えた剣士だった。
「お前……生きて………!」
「ははは! 愛の力があれば、この僕は死なないさ!」
高らかに笑う剣士の姿に、会場からは再びざわめきが聞こえてくる。まあ、唐突過ぎる復活劇だから、不審に思うのも仕方ないだろうが。
「………なんか、台本関係なくなってない?」
ウィルの強引なアドリブを引き戻すためのさらなる力技なのだから、舞台袖の百音の呟きもあながち間違ってはいない。
「さあ、共に天候竜を倒そうじゃないか、相棒!」
けれど、舞台の上では、最終決戦の山場となる合体攻撃のシーンに移ろうとしていた。
「おう!」
祐希の魔法と他の生徒の浮遊魔法の支援を受けて、天候竜がゆっくりと羽ばたき、ステージの上を雄々しく飛翔する。ここに来ての派手な魔法に、観客席からは再びどよめきの声が上がっている。
このシーンで無事天候竜を倒しきれば、いよいよ次はエンディングだ。
「さ、次のシーンは百音さんの出番だよ」
「う………うん………」
舞台袖に立つ少女は、小さく震えている。
「緊張してる?」
「……だ、大丈夫………じゃないかも」
いよいよ次で、物語は結末を迎えるのだ。その幕引きという大役を引き受けたプレッシャーもあるし、何より……。
「………?」
そんな百音の手が、暖かいものに包まれた。
悟司の、手だ。
「こんなのじゃ、気休めにしかならないだろうけど……」
きゅ、と握りしめる手に、不安が少しずつ消えていく。
「………ううん。ありがと、悟司くん」
穏やかに笑い、幕が下りれば……。
大道具組の八朔やセイル達が舞台へと駆け出していく。
作業が終わり、再び幕が上がったならば。
次の出番は、姫君が再び舞台に上がる、最後のシーンだ。
続劇
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