14.女の子じゃ、だめですか?
辺りに響くのは、ぱちぱちと爆ぜるキャンプファイアーの音ばかり。喧噪も落ち着き、軽快なオクラホマミキサーも既にない。
どこからか“もえろよもえろ”が聞こえてきてもおかしくない雰囲気だったが、残念ながらこの場にいる誰一人としてその歌を知っている者はいなかった。
「……結構、面白かったわね」
「だねぇ……」
炎を囲む一同の顔は、そのほとんどが穏やかなもの。ただ一人女子役を任されたハークだけが憮然とした表情を崩さなかったが、誰もそれを気にしていない。
そんな中、一人の少年が立ち上がる。
1−Bの委員長、大会の主催者であるレイジだ。
「明日も早ええし、ぼちぼちみんな、寝るとしようや」
輪の一番外には、はいり達教師もいる。彼女たちも楽しんでいたようだし、本音を言えば朝まで踊っていたい所だったが……当然ながら明日も授業。
さすがに徹夜は無理だろう。
「それじゃ、解散の号令は……今回のイベントの発起人にしてもらおうじゃねえか。美春!」
「ふぇ……っ!?」
いきなり振られ、百音は思わず立ち上がるが……。
「解散の挨拶、お願いできますか? 他にも何かあれば、言ってもらっても構いませんが……」
祐希から渡されたマイクにも、咄嗟のことでどう反応していいか分からない。
「え、ええっと…………」
視界が回る。
そして、頭の中は真っ白だ。
ただ、魔女っ子の訓練で鍛えられた意志の強さが、その場で倒れる事だけは許さない。いっそそのまま気を失ってしまったほうが、本当ならば楽なのに。
「……………」
回る視界に、顔が見えた。
大会の実行委員。
同じクラスの、副委員長。
「さ…………」
思わず、言葉が流れ出た。
周囲は沈黙。
「さ、鷺原……悟司くん………」
「………え?」
思わず出た名に、悟司はその耳を疑った。
「パートナーに、なってください……っ!」
解散!
その一言で開放されるはずだった喧噪は、意外な一撃に騒然と。
「………ふぇっ!」
そしてざわめきと同時に向けられる視線に、百音も混濁していた意識を取り戻す。
「え、え………?」
混乱していた間のことも、もちろんちゃんと記憶にあった。
なぜそんなタイミングで言ってしまったのかは、分からなかったけれど。
「え、あ……えっと、その……」
視線の向こう、悟司も驚きを隠せず、向けられた視線に戸惑ったまま。
「悟司ぃ! どうすんだ?」
「あ、いや、その……え? 僕!?」
予告もなく、そんな伏線すらもなく。
唐突に告げられた告白に即応する術や経験を、まだ年若い少年に求めるのは……正直、酷な話だったろう。
「か……考えさせて………」
即答は出来ない。
それは、この一瞬でひたすらに考え抜いた、少年なりの真摯な結論だった。
「…………っ!」
だが、それを聞いた百音は、その場をだっと逃げ出して……。
「ちょっと、鷺原くん!?」
「悟司、あんた……!」
その場に呆然と立ちつくす悟司に向けられるのは、女生徒達のブーイングの嵐。女子だけではない。男子の間からも、様々な声が飛んでくる。
「な、なんでいきなり僕なんだよ……!」
そして。
「鷺原さんっ!」
上空から降ってきた、小柄な影。
「え、ちょ……? 子門さん、どっから!?」
ここは校庭のど真ん中だ。そのはずなのに、真紀乃はどう考えても上空から落ちてきた。さっきまでその辺りでレイジ達の話を聞いていたはずだが、一体いつの間に仕込んだのだろう。
「そんなことはどうでもいいんです!」
だが、そんな考えは一刀のもとに切り伏せられる。
「百音ちゃんのこと、追いかけてください!」
「え………あ、うん」
そうだ。まずは百音を追い掛けるべきだろう。
そこから先をどうすればいいかは、混乱した頭では何一つ思い浮かばなかったが……とにかく、百音に追いつかなければ何も始まらない。
「私がせっかくソーアさんにパートナー申し込もうと思ったのに………先を越したんだから、しっかりキメてくださいね!」
「ちょっと待てい!」
さらりと爆弾発言が混じっていた気がしたが、とりあえず悟司はそれを聞かなかったことにした。
もう一人の副委員長の事よりも、大事なのは自分を選んでくれた少女の事だ。
「目立ちすぎなんですから、目立った分の責任はちゃんと取ってくださいよ!」
「ありがとう!」
そして、悟司は走り出す。
「そうじゃなくって、真紀乃さん!?」
テントに戻ったら、こちらの顛末はレムにゆっくり聞かせてもらおう。
そう考える程度の余裕は、心の内に既に戻っている。
消えた百音を追い掛けて。
「美春……さん?」
校舎の裏手へ走っていけば、その背中を見つけたのは中庭だった。
もう一度少女の名を呼び、ゆっくりと歩み寄る。
「え……? あ、鷺原……くん」
振り向いた少女の瞳は、月光の下、わずかに赤い。
「さっきはその……ごめん」
「ううん。わたしこそ、急にあんな事言っちゃって……ごめんね」
それ以上の言葉は、続かない。
「…………」
二人きりの中庭にあるのは、沈黙だ。居心地の悪い沈黙ではなく、かといって心地の良いそれでもなく。
互いの距離を探るような、そして己の位置を感じさせたいような……もどかしくも気恥ずかしい、明らかに矛盾した想いが悟司の中を渦巻いている。
「聞いて……いい?」
だから。
だから、言葉を絞り出す。
「…………なに?」
百音が沈黙を破るのも、一瞬だ。
「たぶん……美春さんには、すごく失礼なこと」
「うん」
おそらく、百音も悟司の聞きたい事が分かっているのだろう。そもそもこの状況で悟司がすべき質問など、たった一つしかない。
「何で……僕なの?」
失礼だとは、分かっている。
けれど、それが分からなければ、悟司は答えを探せない。
だから、失礼と知っていて、あえて聞いた。
「美春さんなら、水月さんや、四月朔日さんとパートナーになるとばっかり思ってたのに……」
メガ・ラニカに引っ越すまで、百音は華が丘に住んでいた。晶や冬奈、そしてリリとは、その頃からの付き合いだ。
「まだ、三人ともパートナーって決まってないだろ?」
もともと友達だからといって、パートナーになれないわけではない。事実、現在決まっている三組のパートナーは、どれもメガ・ラニカの生徒と十分な面識があった上での契約成立だ。
「……良く、考えてみたの」
ぽつり、呟く百音に、悟司は自然と押し黙る。
「パートナー制度って、晶ちゃんや、冬奈ちゃんみたいに仲の良いお友達となっても、意味がないんじゃないかなって……そう、思ったから」
魔法科の正式名称は、異文化交流科。異なる文化と交流するという意味では、確かに百音の解釈も成り立つだろう。
「で……僕?」
それだけなら、東京から来た真紀乃でも構わないはずだ。それがどうして、悟司のような男子なのか。
「鷺原くんなら……いいかな、って。副委員長の仕事とか、きちんと委員長を助けて、頑張ってるし」
それは任された仕事だからだ。
それは……。
「わたしじゃ………イヤ、かな? 女子とパートナーって、恥ずかしい?」
「そりゃ、イヤじゃ……ないけど」
言いかけ、それ以上の言葉を止める。
進めぬ悟司の問い掛けに、百音はちゃんと答えてくれた。可能な限りの答えをもって。
「……ううん。俺がしっかりしないと、ダメだな」
ならば、今度は自分が決めて、百音の想いに答える番だろう。
「鷺原くん?」
百音の声に背を伸ばし、視線はまっすぐ正面に。
「美春さん」
「は、はいっ」
真摯な声に、百音の背中も思わず伸びる。
「俺をパートナーに選んでくれて、すごくびっくりしたけど……嬉しかった。俺で良ければ、一緒に三年間、頑張らせてもらっていいかな?」
そう堂々と言い切って、差し出した手を……。
「………うん!」
百音は、そっと握り返す。
そしてこの日、今期四組目のパートナーが、成立した。
続劇
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