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2.王都からの遣い(Gruve Remix)

 それは、どこにでもある物語。
 戦場でしか生きられない男の物語。
 戦いを糧とし、戦いを人生とし、いつしか戦いそのものが目的となっていく……。
 それは、どこにでもある物語。
「今急いでるから! つか追われてるんで!」
 白い翼を持つ少女は、それだけ言って詩人の娘の前を飛び去っていってしまった。
「待てぇぇぇっ!」
 その後にばたばたと続く、男達の群れ。
「……あれが、クラム・カイン……運命の子」
 片方だけの陰気な瞳でその一団をぼんやり見送ると、詩人は砂埃をぱたぱたと払い、どこへともなくふらふらと歩み去っていった。


 一方、スクメギではないここでは、大して驚いている奴がいた。
「オレが乗れる獣機がないって……どういう事だぁ?」
 年の頃は10代も半ば。体にフィットした細身の革鎧を身につけた、黒髪のラッセの少年。
「こんなにあるじゃねーか。補充にゃ獣機はねえんだから、一機くらいくれたって!」
 腕をぶんっ! っと一振りし、少年は目の前に広がる光景を指して見せた。
 そこに広がるのは、林立する木造の櫓と、中に佇む鋼鉄の鎧。20は軽く越えているだろうその全ては、整備中の獣機である。
「どうもこうも……乗れないもんは乗れないんだから、しゃあねえって。おいこらっ!」
 そう言った時には既に少年はいない。いつの間にか櫓の足元に駆け寄って、そこに立つ銀色の獣機を見上げている。
「この銀色の奴は? ちょっとヤワそうだけど、これでいいや」
 指差したのは、直線的なラインで構成された銀色の機体。この部隊には一機しかない、グルーヴェ軍の指揮官用制式獣機『一式ギリュー』だ。
「こら、そりゃダメだって!」
 技師と少年が言い合っていると、頭上から静かな声が降ってきた。
「おいおい。自分の『シスカ』を取られるわけにはいかんのだが、な」
 いや、声だけではなかった。
 男達の前にふわりと広がる、銀色の髪。白銀の華にも見えるその中からすっと立ち上がるのは、真っ白い肌をした人形のような少女、一人。
「ああ、副長。すんません」
 整備兵がそう言わなければ、少年はその娘が軍人と気付いただろうか。ゆったりとした整備服のポケットから髪を結うための細紐を取り出している様は、どう見ても普通の少女だ。
「新顔か……。補給部隊がもう着いたか?」
 銀の少女は自分とほぼ同じ背丈の少年に数歩歩み寄り、顔を覗き込む。
「お、おう。獣機に乗りに来た」
 一歩も引かず答える少年に、苦笑。
「そうか。貴公の乗れる獣機があるかどうかは分からんが……まあ、がんばれ」
 少年がその言葉に反論するより早く、銀髪の娘は少年の前に指を突き出した。
「だが、そんな話の前に貴公の名と報告を聞かせてもらおうか。自分はシェティス・シシル少佐。本隊の隊長代行だ」
「……ロゥ・スピアード、傭兵だ。雅華以下、補給部隊の到着を報告する」
 ロゥの報告に、少女の指先から白い結い紐がするりとこぼれ落ちた。
「な……っ!」
「ボウズ。その雅華って女、赤い髪で眼帯付けたヒョウのビーワナか?」
 結い紐を落とした事にも気付かないシェティスより先に、整備兵はロゥにそう尋ねた。
「ああ。そうだけど?」
 少年はそいつの容姿を思い出し、答える。
「副長。『黒い翼』の雅華っすね。間違いなく」
 それはグルーヴェ軍の暗部。諜報から謀略暗殺、問題部隊の粛正までやってのける闇の集団だ。その一員である雅華の評判は……シェティス達の反応を見れば、説明するまでもない。
「……な、何でそんなおっかねえのが来るだよ! オラ達、そげに悪いことしたか!?」
 隊長は前回の戦いで行方不明。おまけに、深夜入り込んだスパイにそれを知られてしまっている。戦争ではよくある話だが、『黒い翼』の前でそんな失態を演じては……。
「副長。喋り」
「……っと」
 慌てて口元を押さえ、咳を一つ。
 ロゥがやや唖然とこちらを見ているのに気付き、少女は軽く頬を赤らめながらも知らんぷり。
「まあ、腹をくくるしかないだろうな。獣機の補充がない事といい、傭兵中心の補充といい、我々は本当に捨て駒のようだからな」
「……ですね」
「嘆願はしてみるが……自分の努力が及ばなかった時は、その……すまん」
 自信なくそう言って、隊長代理の少女は力なく肩を落とした。


 補給物資は食料と通常装備、傭兵の補充のみ。正規部隊と獣機の補充はなし。
「……諸卿らの奮闘を期待する。以上」
 王都からの作戦指令書を読み上げ、赤い髪の女は優雅に椅子へと腰を下ろした。
 立ったままの銀髪の少女は、やや呆然と。
「……復唱は? シェティス卿」
「は、はい。シェティス・シシル少佐以下、本指令を受領致します」
 立ったまま指令書を受け取り、内容をざっと確認。赤い髪の女……雅華が読み上げたのと同じ内容の文章が、そこにはあった。
「不満そうだね。ま、分かってるとは思うけど、あんたら……」
「本国から切り捨てられているから、ですか」
 状況を冷静に考えれば、切り捨て前提の部隊にまともな補充があるわけがない。おそらく雅華自身も、『黒い翼』から半ば切り捨てられた存在なのだろう。
「分かってるならいいや。同じ捨て駒同士、仲良くやろうや」
「……了解です」



続劇
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