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3.虚飾のOver Write

 それは、どこにでもある物語。
 無実の罪で賞金を賭けられた娘の話。
 逃げるために嘘を重ね、抗うために罪を犯し、己に自覚のないまま次々と悪業の沼にはまりこんでいく……。
 それは、どこにでもある物語。
「うう。その人大変ですね……」
 だが、そんな話を真剣に聞いてくれる者がいた。
「これ、良かったら食べてください」
 虎族の少女は涙ぐみながら、ボロボロの服をまとった詩人の娘に包み紙を差し出す。
「ありがとう。でも、お姉ちゃんは?」
 娘が包みを開いて中の弁当を確かめた時には、既に虎耳の少女の姿はなく。
「……ちょろい」
 口の端だけを僅かに歪ませ、詩人はぼそりとそう呟いた。


 獣機の整備場はスクメギもグルーヴェも大して変わらない。木造の櫓が組まれ、その中に曲面的なラインを持つ獣機達が静かに納められている。
 ただ、櫓の数はグルーヴェの実に倍。50ほどはあるだろうか。
「作業は順調に進んでおります。先日柩から回収した獣機の記憶書換と疑似契約も、明日の晩までには7割が終了するかと」
 ここの責任者は当然イルシャナだが、現場監督は彼女の補佐役であるリヴェーダだった。
「そうですか……」
「イルシャナさまぁ。ぎじけーやくって何ですか?」
 イルシャナが蛇族の老爺から報告を受けている間も、エミュはあちらこちらを見て回ったり、イルシャナの隣に戻ってみたり、一カ所に留まる気配がない。
「閣下。そちらは?」
「エミュです。イルシャナさまの護衛役兼、お世話係をすることになりましたっ!」
「……護衛、ですか」
 元気よく答えるエミュに、リヴェーダは言葉少なく。じっと見つめてもエミュが動じないのを見て、何か諦めたように「ふむ」と呟く。
「疑似契約とは……エミュ殿、『契約』という言葉をご存じですかな?」
 エミュは迷いなくふるふると首を振った。
「では……」
 本来、獣機は獣機自身が認めた主しか動かす事が出来ない。獣機が認めた相手には獣機自身が名前を告げ、名を告げられた者は獣機の主となる。これを『契約』という。
 だが、獣機の内部データに干渉し、こちらが指定した相手を獣機に主と誤認させる手段がある。
 この調整による契約が、『疑似契約』と呼ばれる技術だ。
「人材のいない今、獣機に主を選ばせるなどという悠長な事はしておれぬのです。お分かりかな?」
「……うん」
 わかってない。こいつわかってないよとその場にいた2人は思ったが、口には出さなかった。
「では、エミュ殿。たとえ話をいたしましょう。あそこに白い獣機がありますな?」
 諦めきれないのか、リヴェーダは近くにあった櫓の一つを指さしてみた。
 そこにあるのは白い重装獣機。大型の矛と盾、分厚い鎧をまとった、イワメツキ型の獣機だ。
「うん。すっごくキレイだねぇ」
「あのイワメツキは今のところ主が見つかっておりませぬ。ですが、指揮官級の強力な機体。此度のグルーヴェとの戦にはぜひ用いたい」
「そこで、ぎじけーやく?」
 エミュの問いに、リヴェーダは頷いた。
「左様。イワメツキのデータを変更して、主を……そうですな。例えば、エミュ殿が主という事にしてしまう。お分かりかな?」
「へぇー」
 感心したようなエミュを見て、イルシャナは小さくため息をつく。
「あのイワメツキは明日の内に疑似契約を施し、傭兵の誰かを乗せる予定です。それが終わった後は、かねてより提案してあったスクメギ深部の調査を行いたいのですが……」
 イルシャナは正直、この技術が嫌いだった。戦力補充という理屈は分かるし、必要性も理解出来る。だが、その話を聞き、承認を下す度に説明出来ない罪悪感に駆られてしまうのだ。
 しかし、これも領主としての仕事の一つ。
「……契約の件は任せます。調査については、もう少し様子を見ては?」
「は……。仰せのままに」
 絞り出すよう、イルシャナはそれだけを呟いた。


「くそ……っ。ワケわかんね!」
 イラついた様子で足元のゴミ箱を蹴りつけ、返ってきた痛さに傭兵の少年は顔をしかめた。
「どうした? 荒れ気味だな、ロゥ」
「……アンタか」
 美少女に自爆シーンを見られた気まずさもあわせ、ロゥの口調も自然と刺々しいものになる。
「聞いたぞ。獣機に嫌われたそうだな」
 対するシェティスは軽く笑み。
 だんっ!
 刹那、打撃音が響いた。
 ロゥが少女の細い体を片手で突き、壁に打ち付けたのだ。ラッセの中では小柄なロゥだが、それでも少女一人を力でねじ伏せる事くらい出来る。
「悪いか! 契約だと!? ふざけんな!」
 結局、『シスカ』を筆頭に、ロゥに名を告げる獣機はいなかったのだ。
「……契約は獣機の都合だからな。が、もう一度チャンスをやれん事もない」
「何……?」
 だが、ロゥに組み伏せられたシェティスは、慌てる素振りも、恐れる気配もなく。
「雅華から提案があってな。スクメギに偵察部隊を送り込む事になった」
 息が掛かるほどの距離の中。娘は荒れ狂う傭兵の少年に静かに囁きかけた。
「主な任務は情報収集と後方攪乱だが、獣機奪取も作戦の内だ……どうする?」
「へっ……面白そうじゃねえか」
 回答は、不敵な笑み。あっさりとシェティスをくびきから解き放ち、道を譲ってみせる。
「そういう所、隊長によく似ているよ」
 少年に押さえつけられてはだけた襟元を直しつつ、乱れた髪を手櫛で軽く整え。
 シェティスは僅かに微笑。
「隊長? ああ、アンタの先任って奴か」
 先日のスクメギ会戦でスクメギ側の指揮官機と相打ちとなったビーワナの祖霊使い。確か、名をドラウンと言ったか。
「グルーヴェで赤い泉から生まれる魔物を狩っていた時も、退く事を知らない人だったからな。獣機からも嫌われていたらしくて、最後まで獣機には乗れなかった」
 だから、彼の居場所はいつも『シスカ』の肩の上だった。シェティスが踏み込み、ドラウンが切り裂く。その連携で戦ってきたのだ。
「退くのは腰抜けだろ?」
「隊長が生きていたら、一度会わせたいよ」
 控えめに見ても素で答えたとしか思えないロゥの言葉に、シェティスはもう一度苦笑。
「まあ、いい。急ぎ故、すぐ出発するぞ」
「おう」


「あ奴がエミュ・フーリュイか……」
 主とその側近が去った後。白いイワメツキを見上げ、リヴェーダは小さく呟いた。
「閣下や我輩の事は覚えておらぬ様子であったが……。我が主も、また厄介な者を……」
 そこまで言いかけ、気配を感じて口をつぐむ。
「……報告致します」
「ミユマか」
 櫓の影から投げられた声に小声で返答。
「運命の子はテント村へ」
 ミユマと呼ばれたのは、若い娘のようだった。姿を隠し、声だけで老爺に報告を伝える。
「で? 捕まえたのか?」
「いえ。かなり消耗していたようなので、その間に報告をしておこうかと」
 声を抑えて誤魔化しているようだが、老練な占術師の前では何の意味もない。
「消耗しているなら、今のうちに捕まえれば良かったのではないか?」
「……」
「…………」
「…………こいつぁウッカリです」
 涙声が空に流れ、それきり気配は断ち消えた。


 テント村から公邸までの道のりは、大した距離ではないはずなのに不思議に長かった。
 気が沈んでいるイルシャナはいつもの事だが、先程まで元気そのものだったエミュまでが黙って歩いている。
「イルシャナさまぁ」
 中程まで来た時、少女がぽつりと口を開いた。
「何?」
「ポク、ぎじけーやくってキライかも」
 寂しそうな言葉に、足が止まる。
「どうして? エミュだって獣機に乗れるかもしれないじゃない」
 さっきのリヴェーダの話には感心していたではないか。それが、何を今さら……。
「ポクね、よーーーっく考えたの」
 振り向いた先にいる少女は顔を伏せたまま。
「ぎじけーやくって、あのコをだまして戦わせるってコトでしょ? ホントはあのコ、エミュじゃない人に乗ってほしいって思ってるのに」
 夕陽の中。埃っぽい道の上に、数粒の雫がこぼれ落ちた。温暖なココ中央ならともかく、辺境のスクメギには雨など滅多に降らないというのに……。
「エミュもあのコに乗ってみたいけど、あのコをだまして乗りたくなんかないよ」
「……エミュ」
 震える肩をそっと抱き、イルシャナは心の中の罪悪感の意味が少し分かったような気がした。


 イルシャナ達が罪悪感の真の理由を知らされるのは、もう少し先の話だったけれど……。



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